15章 邂逅  19

 その後外に出ると、やはり『彷徨するワンダリング迷宮ダンジョン』は消えてしまった。


 その場にいたエルフの警備兵や冒険者たちに事情を説明して、俺たちは奥里アードルフへ戻ることにした。


 地上にはすでに『至尊の光輝』の3人はいなかった。サクラヒメ嬢によると、彼らが使った『ダンジョンから脱出するアイテム』は、あらかじめ設定した場所に転移するものらしい。今回人目につかないように離れたところに転移場所を設定したらしく、恐らく彼らはそこから王都へ帰っていったのだろうということであった。


「里には入れぬ身ゆえ、それがしはこのまま王都へ向かおうと思う。ソウシ殿たちには本当に世話になった。恩については家の方に手紙を送り事情をしらせるつもりゆえ、もし今後それがしに会うことができなければ、家の方に出向いていただければお礼をすることができよう。その場合は御足労を願うことになるのが申し訳ないが」


「いえ、そこまでしていただかなくても……というわけにもまいりませんか。サクラヒメさんのご実家はどちらなのでしょう」


「北のアルデバロン帝国の東の端にあるザンザギル家がそれがしの家になり申す」


「帝国の東、ザンザギル家ですね。承知しました」


「うむ。ではひとまずこれにて」


 サクラヒメ嬢は深くお辞儀をすると、そのまま走って去っていった。


 ちなみに彼女は『アイテムボックス』持ちなので1人旅でも問題はないらしい。むしろ問題なのは先に王都に向かった3人の方だとか。彼女が走っていったのも3人に追いつこうとしているからだろう。


 彼女の姿が見えなくなると、俺は皆の方に向かって頭を下げた。


「すまん、勝手な判断でパーティの『エリクサー』を使ってしまった」


「ソウシさま、どうして謝られるのですか? 正しいことをなさったのですから誰も責めたりはいたしません」


「あの状況じゃ確認する余裕はなかったから仕方ないんじゃない?」


「そう思います。それにむしろあそこで見捨てるリーダーだったら信用できなくなりますよ」


 フレイニルとラーニ、そしてスフェーニアがそう言ってくれる。マリアネとシズナ、そしてカルマもうなずいているから同じ意見なのだろう。


「ありがとう。だがエリクサーはパーティ共用の財産だからな。どんな理由があっても断りなく使うのは問題だ。今後はそういうことがないように気をつける」


「リーダーやってた人間としてはソウシさんの考えは立派だと思うけどね。でもそこまで固くなんなくてもいいような気もするよ」


 カルマは俺の背中をバンバンと叩くと、口を耳元に近づけてくる。


「だってパーティは家族なんだろ? そこはアタシたちのことも信用してもらわないと、さ」


「あ、ああ、確かにそういう考え方もあるが……。一応けじめとして謝らないと気持ち悪くてな」


「ソウシ殿のことじゃから、エリクサーはどうせまたすぐに手に入るのではないかのう」


 シズナの言葉を受けて、マリアネが意味ありそうな目を俺に向けた。


「再度エウロンのダンジョンに潜ってみるのもいいと思います。ギルドとしてもエリクサー入手の検証は重ねてお願いしたいところですので」


「いざという時用に複数持っておいたほうがいいだろうし、エウロンに行ったらそうするか」


「なんか手に入るのが当たり前みたいになってるよねっ」


 ラーニの言葉は確かにその通りだ。今のところあのダンジョンでは取得率100%だから仕方ないのかもしれないが。


「でもこれでサクラヒメももうソウシから逃げられない感じになったかな~。さっさとあのパーティ抜けてくれるといいけどね」


「俺から逃げられないってどういう意味だ?」


「えっ? 別にそのままの意味よ」


「?」


 よく分からないが、ほかのメンバーが神妙な顔でうなずいているのでなにか意味はあるらしい。その後いくら聞いても具体的なことは教えてもらえなかったのだが……やはり『エリクサー』を勝手に使ったのがマズかったんじゃないだろうか。




 奥里アードルフに戻り、ギルドへの報告はマリアネに任せて俺たちはスフェーニアの家へと戻った。


 もちろんそこでスフェーニアの父、サランドル氏にダンジョン調査の結果を報告する。


「いやなるほど、まさかアードルフの近くに『彷徨する迷宮』ができていたとは驚いたね。ライラノーラという女吸血鬼に『最古の摂理』か、これは久々に楽しくなってきたよ。しかしそうすると『悪魔』と並行して調べないといけないね。アーランダにも書物のピックアップを頼むとして、レイファントにも頼んでみるか。いやしかしこれは僕が調べたい気もするし……」


 一通りの話を聞くと、サランドル氏は丸眼鏡をしきりに触りながら興奮したようにまくしたてはじめた。後半はほとんど独り言だが。


「あなた、それは後にしてください。ソウシ様が困っていますよ」


 妻のアーランダ女史にたしなめられ、サランドル氏は丸眼鏡を直して向き直った。


「ああ済まない。それでその『彷徨する迷宮』は消えてしまったんだね?」


「はい。前回もそうだったのですが、ライラノーラを撃破すると消えてしまうのだそうです。今回も同様に消えてしまいました」


「ふむ、そうするとまた別の土地に現れるということかな」


「ライラノーラは消える間際に『また会える時は』と言っていたので、出現するのだと思います」


「ふむふむ。しかし2回ともソウシさんたちが踏破したというのも面白い話だね。もっともさっきの話だと相当に強いパーティじゃないと勝てないみたいだから、そのせいもあるのかな」


「そうですね……。私も上位ランクパーティの力を知っているわけではないのでなんとも言えませんが、少なくとも王国の親衛騎士クラスのAランク冒険者が揃っていなければ倒すのは難しいと思います」


「親衛騎士か。彼らは相当な手練れだと聞いているけど、そのくらい強いボスということだね。ソウシさんの話だと『彷徨する迷宮』は人間に力を与えるためのダンジョンじゃないかということだったけど、力を与える相手を選別しているのかもしれないね」


「ライラノーラの強さを考えると自然とそういう形になると思います。しかも彼女とは普通に会話ができますから……なるほど、選別するためにあえて会話ができるボスになっているという可能性もあるわけですね」


「ふふふ、さすがにAランク以上と言われる冒険者だね。鋭い着眼点だと思うよ。いやいや、これは本当に楽しくなってきたぞ。ソウシさん今日は助かったよ。もう一つの案件の方も報告を楽しみにしているよ」


「そちらは相手次第ですが、きちんと調査はいたします」


 さて、残るもう一つの依頼は『正体不明の何者かの調査』だ。自分としては『悪運』スキルの暗躍を感じるので、また妙なイベントが待ち構えているのだろうな。

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