15章 邂逅 18
「さて……わたくし自身も以前とは違いますのでご注意くださいませ」
ライラノーラが優雅に右手を掲げると、その周囲に血のように赤い槍が10本以上出現する。彼女の特異魔法『血槍』である。
俺は瞬間的に『誘引』スキルを発動、ライラノーラの眉がピクリと動くことを確認する。
彼女が右腕をすうと俺の方に向けると、『血槍』が一斉に俺に向けて滑るように放たれた。どうやら『誘引』スキルは多少効くようだ。
『血槍』が次々と『不動不倒の城壁』に着弾する。前回の時より大きさこそ変わらないが、密度は格段にあがっているようだ。しかしそれでも『不動不倒の城壁』を微かに震わせるのみで穴を穿つことはできない。
「以前より威力があがっているはずですのに、その盾にはまるで効かないようですね。困ったものですわ」
俺が前に出ると、ライラノーラは大きく飛び退きながら『血槍』を連射する。ライラノーラの動きは早く、俺の機動力では追い詰めることはできない。ただこのままでは決定力を欠くのは向こうも同じだ。
「それならこれでどうかしら?」
ライラノーラが手を頭上にかざす。
俺は頭上に気配を感じ、身を翻して横に跳んだ。俺のいた場所に10本ほどの『血槍』が突き刺さる。なるほど『遠隔』スキルによる攻撃か。
ライラノーラは連続で『遠隔』による『血槍』攻撃を繰り出してくる。俺は四方から襲ってくる魔法の槍をあるいはかわし、あるいは盾で受け、あるいはメイスで砕いて防ぐ。とはいえすべてを防ぎきるのは不可能で何発かは食らってしまう。それでも槍が深く刺さらずダメージが浅いのは『金剛体』『全属性魔法耐性』スキルのお陰だろうか。
「直撃しても貫けないなんてどれだけのスキルをお持ちなのかしら。しかも傷がすぐに塞がってしまうのでは……これではどちらがダンジョンボスなのか分かりませんわね」
ライラノーラは楽しそうに笑いながらそれでも攻撃の手を休めない。これだけの魔法を連続して放てるのだから、やはりライラノーラの方がボスにふさわしいだろう。
そのライラノーラを包むようにいきなり竜巻が巻き起こった。スフェーニアの『サイクロンエッジ』だ。どうやら『アデプト』は全滅したようだ。
「少し遊びすぎましたわね」
衣服が多少破れたほかは目立ったダメージがないライラノーラだが、フレイニルの放った『聖光』は身をよじってかわした。そこにシズナの『フレイムボルト』10本が襲い掛かるが、それも手で払うようにして掻き消す。
「ソウシ、前にでるわよっ!」
ラーニとマリアネが『疾駆』でライラノーラに迫る。遅れてカルマとサクラヒメが追いかけていき、ライラノーラを囲むようにして斬りつける。
ライラノーラの両手にはすでに真紅の片手剣が一本づつ握られていた。彼女は舞うように巧みに2刀を操り、1対4でも対等の戦いぶりを見せる。
ラーニの魔法剣を払い、マリアネの
しかし『ソールの導き』も大したもの。連携に慣れてくると次第にライラノーラを追い詰め始める。その身体にいくつかの傷が刻まれ始めると、さすがの女吸血鬼からも余裕の表情が消えた。
「本当に大した方たちですわ。ではそろそろここでの本気を出しますわね!」
ライラノーラが大きく飛び退く。ラーニ達はそれを追いかけるが、彼女らの攻撃は同時に弾き飛ばされた。
ライラノーラは全身から衝撃波のようなものを放ったようだ。ラーニ達は俺がいる場所まで吹き飛ばされて、そこで各々立ち上がった。
「ソウシさん、なんか来るよっ」
カルマが叫ぶ。
ライラノーラの全身から赤いオーラが立ち上り、渦を巻いて彼女を包む。真紅の竜巻となった女吸血鬼はそのままふわりと宙に舞い上がり、空中でいったん停止した。
「その盾で受けきれるか試して差し上げますわ。『
その宣言とともに、今や渦を巻いた巨大な槍となったライラノーラは、空中から凄まじい速度で俺に突っ込んできた。そのまま素直に受ければ全身バラバラになってお終いだろう。だが俺には『不動不倒の城壁』がある。
ギャリイイイィッ!!
真紅の巨大な槍竜巻が、オリハルコンの盾に穴を穿つ勢いで突き刺さる。巨大悪魔を正面から受け止めた俺がズルズルと後ろに押されるほどの圧。『最古の摂理』に従う超自然的存在の攻撃は、確かに俺がいままで受けたどの技をも上回る威力を秘めていた。
しかし――
「おおおおッ!」
俺の口から声が漏れる。歓喜の叫びに聞こえるのは、身につけた力すべてを解放できる喜びゆえか。
下がり続けた俺の足が止まる。両腕で盾を支え、力を溜める。
溜めて、溜めて、そして、
「ああああッ!!」
溜めた力を叩きつけるようにして、『不動不倒の城壁』を一気に押し出す。『翻身』スキルの効果が乗ったのか、盾は慣性の
グシャ!!
凄まじい圧壊音とともに竜巻をまとっていたライラノーラの身体が吹き飛んだ。その身体は一瞬で赤い霧に変わり、空中に広がって消えていった。
『ふふふっ、またもや見事な戦いでした。まさか『血牙穿山』が正面から力だけで破られるなど思ってもみませんでしたわ』
響くのはライラノーラの美しい声。そういえば彼女には『最古の摂理』がなんなのか聞こうと思っていたのだった。だがさすがに今は無理か。
「ライラノーラさん、もし次に会うことがあったら『最古の摂理』とはなんなのか教えていただけませんか?」
『あら、そのようなものに興味がおありなのですね。いいでしょう、次にまた会うことがあれば少しお話いたしましょう。その時を楽しみにしておりますわ。それではごきげんよう』
その言葉と共に、不思議な女吸血鬼の気配は消えていった。どうやらこれで依頼の一つは解決だな。
メンバーが俺のところに集まってくる。フレイニルが慌てた様子で命属性魔法を使ってくるのだが……どうやらライラノーラの技の余波で全身が傷だらけになっていたようだ。まったく気付かなかったが、やはり恐るべき技だったのだと再確認する。
「ソウシさまのお力は素晴らしいと思いますが、無理はなさらないでください」
「ありがとうフレイ。でも皆を守るのが俺の役目だからな。フレイがいれば傷は治るし、皆のフォローもあるし問題ないさ」
頭を撫でてやるとフレイニルは目を細めて嬉しそうな顔をする。
その後ろで、虎獣人のカルマが大剣を背中に背負い直しながら肩をすくめた。
「やれやれ、このパーティに入っていると驚くことに事欠かないね。あんな強力なボス、ソウシさん以外じゃまったく歯が立たないんじゃないのかねえ」
「そうですね。いたずらに被害を出さないためにもギルドのグランドマスターに対応をお願いしたほうがいいのかもしれません。戻ったら話をしておきます」
「マリアネさんの言う通りだね。下手な奴が突っ込んでもさっきの技で簡単に全滅だよ。『彷徨する迷宮』ってのは恐ろしいね」
「でもスキルは強力なのが手に入るから、見返りは十分にあるんじゃない? そろそろ来ると思うけど……」
ラーニの言葉に反応したわけでもないだろうが、スキル取得の感覚があった。
俺は『超爆』という、『重爆』の上位スキルを得た。攻撃に重さを加えるというスキルだが、これでさらに破壊力が上がるはずだ。ただ現状でもすでにオーバースペックなので、逆に効果が分からない気もするが……。
フレイニルが得たのは『神霊魔法』で、こちらは『神属性魔法』の上位スキルのようだ。『神の戒め』という強力な攻撃魔法が使えるらしいのだが、フレイニルのイメージ通りのようなそうでないような微妙な感じである。
ラーニは『大切断』、これも『切断』の上位スキルだ。名前の通り切断力がさらに上がり、ラーニの攻撃担当としての能力に磨きがかかりそうだ。
スフェーニアは『混合魔法』という、異なる属性を合わせて魔法を発動できるスキルを得た。2属性を合わせると威力が跳ね上がる反面、体力を大量に使うらしい。使いどころには注意が必要だろう。
マリアネの得た『隠形』は姿を消すスキルで、『隠密』と合わせることで気配を完全に断つことができる。レベルが低い内は持続時間が短いようだが、使ってもらうと本当に姿が見えなくなって全員が驚いた。完全にファンタジー忍者である。
シズナは『精霊進化』というスキルを得たが、これは精霊を召喚できる冒険者のみの特殊なスキルらしい。シズナが召喚する『精霊』が強化されるというもので、『精霊』を再召喚したところ、岩人形の一部分が鉄製に変化していた。もし全身が鉄製になるならば恐ろしく強力になるだろう。
カルマもラーニと同じ『大切断』を得て攻撃担当としての能力がアップした。『大切断』持ちはAランクでも少ないとのことで、『ソールの導き』の攻撃力上昇はとどまるところを知らないようだ。
「それがしもスキルを得てしまったようだ。命を助けていただいた上に強力なスキルまでいただいてしまうとは……」
女武者のサクラヒメもスキルを得られたらしい。彼女の話によると『幻刃』という一度の攻撃で複数のダメージを与えるスキルのようだ。かなり強力なスキルではないだろうか。
「ところでサクラヒメさんはこの後どうするの? さっきの話だと、ほかの3人に見捨てられたっていうか、囮にされたみたいな話だったけど」
ラーニの無遠慮ぶりに少し慌てるが、しかし重要な話ではある。サクラヒメは少し考えた後、なにかを振り払うように首を横に振った。
「……とりあえずは王都の教会に戻ることにいたす。それがしはいまだ『至尊の光輝』の一員であるゆえ、好きに動ける身でもない。それに先程の話も、それがしから『見捨てて逃げよ』と言ったゆえの行動なのだ。3人を責めることはできぬ」
「ふ~ん、サクラヒメさんも大変だね。あんな連中のお守りなんて。でもまた同じようなことがあっても助けられるとは限らないから気をつけてね」
「『ソールの導き』にはすでに3度助けられている上に、今回は『エリクサー』まで使っていただいた由、それがしも十分に理解しておる。一生をかけても返さねばならぬほどの恩であるが、機を見てそれがしの家にも相談をして必ず返すゆえ、どうかしばらくの猶予をいただきたいっ」
土下座をするような勢いで頭を下げるサクラヒメに俺は少し戸惑うが、確かに列挙されると相当の恩を彼女に売ってしまった形になっている。
「サクラヒメさんのお気持ちは分かりました。こちらとしてもなにもいただかないつもりはありませんので、家の方と相談の上でお考えください。今はとりあえずこのダンジョンから出ましょう」
「かたじけない。この恩は必ず、必ず……っ」
俺の手を両手で握って頭を下げ続けるサクラヒメ嬢はやはり真面目な娘さんのようだ。しかし『至尊の光輝』に所属し続けるなら、また彼女は危機に見舞われるのではないか。どうもそんな気がしてならない。
しかしそこまで何度も危機に陥るというのも特異な話だ……と思った時、ふとピンとくるものがあった。その特性は、俺が持っている『悪運』スキルの特性そのものではないだろうか、と。
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