14章 魔の巣窟 04
王都の城壁は、高さが10メートル弱はあるかなり堅固そうなものだった。周囲を堀で囲み、城門前には跳ね橋がある。メカリナンは小国ながら軍事力には優れていると聞いたが、この城壁を見ればなるほどと納得できる威容である。
王都へはBランクの冒険者ということもありすんなりと入れた。ちょっと気になったのは、門を守る守備兵たちの顔がかなり険しい、というかむしろやつれているように見えることだ。戦争前ということなら仕方ないのかもしれないが、それにしては少し生気もない気がする。
城門をくぐってすぐ目の前に現れたのは広い中央通りであった。幅は20メートルはあるだろうか。石畳の道がはるか奥まで続いていて、その突き当りには第二の城壁がある。その城壁の向こうに城の尖塔が見えるので第二城壁の中は貴族の住む区画なのだろう。
ともあれまずは冒険者ギルドに向かった。近くを歩いていた冒険者パーティに声をかけて場所を聞くと、中央通りから一本西にあるとのこと。やはり冒険者ギルドは中央通りにはないようだ。
ひとまず通りを歩いてみる。初めての街ではあるが、おかしいというのはすぐに気付いた。
王都の中央通りに関わらず、閉まっている店がやたらと多いのだ。道行く人もまばらな上に、ほとんどが背を丸め、あるいは肩を落として歩いている。しかも皆が明らかに痩せ気味で、満足にものを食べていない様子がうかがえる。ヴァーミリアン国の王都と比べると、これが王都かと目を疑うような雰囲気であった。
一本わき道にはいると、すぐに冒険者ギルドが見えてきた。
相応に大きな建物だが、入っていくと異様な雰囲気があることに戸惑った。人は100人ほどいるのだが、その多くが黒を基調とした同じデザインの服を着ているのだ。兵士のようにも見えるが一応は全員『覚醒者』であるようだ。ただ顔つきを見る限り一様にガラの悪い人間たちである。冒険者というよりも犯罪者集団と言った方がしっくりくる。
一方で見慣れた冒険者風スタイルの者もいるのだが、彼らはロビーの端で小さく固まっていた。
俺は彼らの脇を抜け、カウンターの受付嬢に声をかけた。その若い受付嬢もかなりやつれた顔をしている。
「すみません、Bランクのソウシといいます」
「はい、ソウシさんですね。どのようなご用件でしょうか?」
「ええとですね、可能ならばオーズの冒険者ギルドに連絡を取りたいのですが、そういうことは可能でしょうか?」
「連絡ですか? 転話の魔道具のことをおっしゃっているのなら、許可されることはありませんが」
『転話の魔道具』とは電話のような機能を持った道具のことだ。ギルドの支部などに設置されていて、マリアネはそれをつかって帝国のグランドマスターと連絡をとっているらしい。
「ああ、そうですよね。ちなみにここからオーズまでは歩いてどのくらいかかりますか」
「冒険者の足でしたら国境までは2日ほどです。ただ現在国境を越えるのは難しいと聞いています」
「それは冒険者でも、ですか?」
俺がそう聞いたのは、冒険者には移動の自由がギルドによって保証されていたはずだからだ。
だが受付嬢は、目を伏せて首を横に振った。
「残念ですが冒険者でも自由に越えられないと聞いています。ギルドとしても抗議はしているのですが、改善がなかなかされず……」
「グランドマスターには話はいっているのでしょうか?」
「ええ、ギルドマスターの方からいっているはずです」
ふうむ、そう言われてしまうと一冒険者としては打つ手なしだな。
しかし連絡がつかないのは仕方ないとして、国境を越えられないというのはマズい話だ。正直冒険者の力を使えば国境破りは不可能ではないだろうが、その場合冒険者カードの謎機能によって有罪判定されかねない。
そう言えばここのギルドは王家に抱き込まれているんじゃないかとう疑惑もあったな。するとギルマスがグランドマスターに連絡しているかどうかも怪しいものだ。
「ふうむ……ところで依頼を受けたりダンジョンに行ったりはできるんですよね?」
「はい、もちろんです。ただし魔石や素材の買取額などはかなり低いので、他のギルドと同じようにはなりませんのでご注意ください」
「買取額が低いのはなにか理由があるんですか?」
「ええそれは……流通が滞っているのが理由と聞いておりますが……」
受付嬢は眉を寄せて困ったような顔をする。なるほど言いにくい理由があるということか。どうもメカリナンの王都はギルドも含めて色々と問題があるようだ。
「分かりました。それとかなり重要な情報があるんですが、メカリナンでは奇妙なモンスターが出現しているという話はありますか? こう、人間の身体をつなぎ合わせたようなモンスターなんですが」
「『悪魔』と称されているモンスターですね。確か北の街で1度出現したと聞いています」
「実はそれが現れそうな穴が南の街道近くに開いてるんですよ。実はですね――」
俺はこの街にたどり着くまでのいきさつを受付嬢に話してみた。彼女の態度は半信半疑といったところだが、まあこれは仕方ないだろう。いくらファンタジーな世界といってもかなり荒唐無稽な話ではある。
「とりあえずお話はギルマスに伝えておきます」
「ええ、よろしくお願いします」
このギルドの雰囲気だとギルマスに伝わっても対応できるかどうか微妙だが、さすがに王都であるし上位ランクの冒険者もそれなりにいるだろう。俺がいればもちろん対応はするつもりだが、それまでにこの街にいるかどうかは分からない。
まあどちらにしろ、俺ができるのはここまでだ。俺は掲示板の依頼を一通り見て、大した依頼がないことを確認してギルドを後にした。
その日はギルドの近くの宿を借りて一晩過ごすことにした。
来るときに旅人が言っていたように宿の食事はひどいものだった。固いパンが一つと具の少ないスープだけというのは、この世界で最初にとまったトルソンの安宿ですらなかった。もしこれが首都全体で同じだったら……というより、通りを歩いていた人々を見るとどこも同じなのだろう。
情報が欲しいと思い、食堂で目に付いた冒険者パーティに酒をおごり少し話を聞いてみる。
「この国がどんな状況かって? そりゃ最悪の一言に尽きるわな」
リーダーの青年は饒舌な男であった。もちろんそういう人間を選んだのだが。
「食べ物がないのは分かるんですが、他になに起きてるんですか?」
「まずは自由に出歩けなくなったことか。俺たち冒険者はまだマシだが、商人とかが自由に動けねえんだ。だから物が流通しねえ。素材も売れないってわけだ」
「なるほど」
「まあ実際は貴族子飼いの商人だけが動いてて、不当に買取の値段を下げてるって話もあるが……っと、これは秘密な」
「気を付けます」
「あとは奴隷だな。一般市民ですらちょっとなんかするとすぐ奴隷落ちだ。そいつらは一部の連中にこき使われてひどいことになってるらしい。だから誰も外を歩かないし歩けない。冒険者は守られてるから今のところは大丈夫だが、どちらにしろトラブルは避けた方がいい」
「それは面倒な話ですね。ところで自分はパーティがオーズにいて、そちらに戻りたいのですが……」
「今は無理だな。南の反対派貴族と戦いがあるってんで国境沿いも厳重に守ってる。王様もオーズにはそのうち攻め込むみたいなこと言ってるしな」
「困りましたね。しかしそうすると、しばらくはどこにも行けない状態になるということですか」
「そうなるわな。南の侯爵様が頑張ってくれないとずっとこのまま……っと、今のも秘密な」
「なにも聞かなかったことにします」
なるほど相当に面倒なことになっているようだ。
その後もいくつか話を聞いたが、どうやら今の国王がかなりの暗君、もしくは暴君ということらしい。それにおもねっている貴族や商人が富を独占し、下々は苦しい生活を強いられているという。そこに関しては街の様子を見ただけでその通りなのだろうと肌で感じるところではあった。
しかし話の通りだとすると、様子を見てなんらかのアクションを起こさなないと年単位でメカリナンにいることになりそうだ。それだけは避けたいのだが、しかし何をするべきかと言われるとなにも思いつかないのが悩むところであった。
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