14章 魔の巣窟  03

 通路を走り、岩山の切れ目まで戻ってそこから外を見る。


 眼下に広がるのは荒涼たる大地。そこを先ほどの『悪魔』の群が列をなして走っている。


 どこに向かっているのか……と思って群の進む先を目で追うと、はるか遠くに黒い点が見えた。


 それを見た瞬間、俺の背中に電気が走った。あれは間違いなく『異界の門』だ。


 『悪魔』たちはその『異界の門』に殺到する。しかし『悪魔』との対比で見ると、その『異界の門』は直径が2メートルくらいしかないようだ。もちろん最小のものでも幅5メートルはある『悪魔』が通れる穴ではない。


 しかし『悪魔』たちはその穴に無理矢理身体を突っ込んでいく。当然通り抜けられるはずもなく、しかも後から突っ込んでくる仲間にも押しつぶされて、どんどんと自滅して死んでいく。


 もちろん死んだ『悪魔』は黒い粒子に変わるのだが、そこで妙なことが起きた。その黒い粒子が、『異界の門』に吸い込まれていくのだ。


「門が広がっている……?」


 結局ほぼすべての『悪魔』たちは潰れて消えてしまった。しかしその結果として、『異界の門』が微妙に大きくなったように見える。


 まあともかく、『門』が開いているということが俺にとっては極めて重要なことである。


 俺は崖を下りて、その『異界の門』まで走っていった。


 『門』の周りには数体の『悪魔』が残っていたが、特に問題なく粉砕する。


 目の前にある『異界の門』は縦2メートル横1メートルくらいの楕円形で、もちろん俺なら余裕で入ることができるものだった。


 『アイテムボックス』から木を取り出して出し入れしてみるが特に問題もなさそうだ。


 俺は一度先ほどの岩山を振り返って見る。あの『悪魔発生装置』は気になるが、俺にとって重要なのはまずはもとの世界に戻ることである。目の前にある『異界の門』についてはいくつか考えられることはあるが、その考察も後でいいだろう。少なくともこんなイレギュラーな状況で調べることではない。


 俺はふぅと息を吐きだして、元の世界につながっていることを祈りつつ、黒い穴に入って行った。




『異界の門』をくぐった先は森の中のようだった。


 日の光からすると夕方くらいだろうか。周囲の木々や草には見覚えがあるので元の世界に戻ってきたようだ。


 後ろを振り返ると『異界の門』が同じ大きさで開いている。恐らくこれを放置しておくと穴が次第に広がっていき『悪魔』が現れることになるのだろう。


 とはいえ今これを閉じる方法はない。一応メイスで叩いたりしてみるが、何の手応えもなく素通りしてしまう。さっき見た感じだと『悪魔』が通る大きさになるにはまだ猶予がありそうなので、とりあえず放っておくしかないだろう。近くの町に着いた時に対策をすることになると思うが、そもそも今自分がどこにいるかも分からない。


 周囲を見回してみると、どうやら山の中腹あたりにいるようだ。斜面の下りていくほうに目を向けると、木の枝の間から広大な平野が広がっているのが見えた。新緑の中に走る一本の筋は大きめの街道のようだ。俺は安堵の溜息をつきつつ、ひとまずそちらへと歩いていった




 1時間ほどで山のふもとに出た。しばらく平地と歩いてくと、石の敷かれた街道へとぶつかる。


 その街道は南北に伸びているようだった。道を聞きたいところだが、近くに歩いている人間はいない。どちらに進むか迷ったが、目を凝らすと北に城塞都市のようなものが見えた。規模としてはかなり大きそうで、ロートレック伯爵領の領都バルバドザよりは大きいように見える。ただ周囲の景色にはまったく見覚えがないので、やはり俺が今まで行ったことのある都市ではないようだ。


 俺はひとまずそちらに足を向けた。とにかくまず街にいきたいので走りである。しかし走り出してしばらくして、少し妙なことに気付いた。


 前方に見える城塞都市は相当に大きく、いま走っている街道も相応に広いのだが、そこを行き交う人間や馬車があまりに少ないのだ。


 ここまですでに7~8キロは走っているはずなのだが、すれ違ったり追い抜いたりした人間は10人もいない。ヴァーミリアン国ではあり得ないほどの交通量の少なさである。


 俺は城塞都市からこちらに向かってくる旅人風の壮年男性に声をかけた。


「すみません、あちらの街はなんていう街なんでしょうか?」


「あん? あそこはメッケラ、メカリナンの王都だぞ」


 男性はめんどくさそうな顔をしたが、必要な情報は教えてくれた。


「メカリナン? オーズ国の東にあるメカリナン国ですか?」


「この大陸にメカリナンなんて国は一つしかねえよ。アンタ見た感じ冒険者なんだろ、そんなことも知らんでここまで来たのか?」


「ええ、少し事情がありまして……」


 と答えたが、俺は内心かなり驚いていた。まさか『異界の門』をくぐった先が、色々といわくのあるメカリナン国の、それも王都近くだったとは。


「余計なことかもしれんが、この国じゃ下手なことはしなさんなよ。すぐに捕まって奴隷落ちになるからな。ああ、そういや冒険者なら奴隷はねえか。だがまあ気をつけな」


「注意します」


「それとこの国は戦争が近いって話もある。俺もそれを聞いて王都を出たところさ。冒険者ならさっさと別の国に行った方がいいかもしれねえ。まあこの国を出られればの話だけどな」


「国を出るのが難しいのですか?」


「ああ、今言ったように戦争が近いとかでピリピリしててな。それと王都に行っても美味いもんは食えねえぞ。食い物は貴族が独占してて、王都ですら庶民にはロクな食い物がねえ」


「そんな状況なんですか。分かりました、ありがとうございます」


 礼を言って男性と別れ、俺は再び城塞都市……メカリナンの王都へと走り始めた。

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