13章 オーズへ  19

 その尾根まではやはり特になんの問題もなくたどりついた。かかった時間は3時間ほどだろうか。


 山道であること、倒木を処理しながらだったことを考えるといいペースである。


 尾根に立ってその先を見下ろすと、少々奇妙なモノが目に映った。


「あれはなんなのであろうかのう」


「『アイテムボックス』を使う際に現れる穴のようにも見えますね」


 シズナに答えたのはマリアネだが、その言葉通り、尾根を下りた底のあたりに黒い縦長の穴がぽっかりと、空間を切り取るように開いていた。もちろんそこは暴走悪魔の道の終端部であり、いかにもその穴から『悪魔』が現れたと言わんばかりである。


 穴の大きさは、周囲の樹木との対比で言うと縦に20メートルはありそうだった。


 ただ横幅は2~3メートルしかない。もしあの穴から『悪魔』が出てきたのであれば横幅も20メートルは必要だろう。そう考えると眼下の黒い穴は今閉じつつあるのかもしれない。


「とりあえずあの穴の前まで行ってみるか。フレイ、なにか感じるか?」


「あの穴から邪な力が漏れている感じがするだけです。他はなにも感じません」


「ラーニは?」


「特に強いニオイはないかな~。『悪魔』のニオイはかすかにするけど、それは前に倒したやつらだと思う」


「分かった。気は緩めずに行こう」


 その穴の前までは20分ほどで着いた。


 近づくにつれて嫌な気配が強くなるのが感じられたのだが、今目の前にそそり立つ縦長の黒い穴を見上げていると、その気配が穴の奥から流れてくることがよく分かる。


「これはダンジョンとは違うよな。似た現象の話を聞いたことはあるか?」


 俺が聞くと、まず答えたのはフレイニルだった。


「教会の経典には、『悪魔』は『地獄の淵』から現れると書かれていました。その『地獄の淵』については確か『闇より暗き穴』という表現もあったと思います」


「この穴を表す表現としてはありえそうだな。スフェーニアは?」


「エルフの里では聞いたことがありませんが、記録をたどれば出てくるかもしれません」


「やはりエルフの奥里に行く必要がありそうか。マリアネ、『鑑定』はできるか?」


「先ほどからやっているのですが、『異界の門』という名前しか分かりません」


「『異界の門』……いかにもそれらしいな。しかしこれをどうするか。雰囲気としてはこの穴は閉じている途中にも見えるが」


 再度穴を見上げてみるが、特に先程と変わったところはない。


 俺は近くに落ちている倒木を拾って先を穴の中にねじ込んでみた。何の抵抗もなくスルッと入る。引き抜いて見ても特にどうにかなっている雰囲気もない。もし向こうに別の空間や世界があるとしても、この穴さえ開いていれば自由に行き来できるということだろうか。


「ちょっと中を覗いてみるか……?」


 俺のつぶやきを聞いて、フレイニルが俺の腕をつかんできた。


「ソウシさま、それだけはおやめください。とても危険なもののように思えます」


 見ると好奇心の塊みたいなラーニすら首を横に振っている。確かにこの穴の奥から流れてくる気配は相当に不気味ではある。


「分かった、やめとこう。だが少し様子を見ておいたほうがいいかもしれない。今日は少し離れたところで一泊しよう。当面の問題はここから『悪魔』が出てくるかどうかだ」


「わらわはあまりここには長居はしたくないのう。『精霊』がおびえているように感じるのじゃ」


「それはやはりよこしまなものということか?」


「そういうことになるのう。『精霊』は神に近いと言ったが、それが恐れるとなれば神と対立する存在が関係しているのじゃろう。『悪魔』とはよく言ったものじゃの」


「神と対の存在か……」


 シズナたちオーズの人間が『神』というのをどうとらえているかは分からないが、『悪魔』が実在する以上『神』に相当する存在も実在するということなのだろうか。やはりこの世界は俺の常識からするとかなりファンタジックなもののようだ。


 まあどちらにしろ『悪魔』が人間にとって害となるなら対応はしないといけない。いつかはこの穴の向こうにいかないとならない気がするな……と考えた時、黒い穴がいきなり目に見えるスピードで縮み始めた。しかもそれと同時に、穴の周辺の土や枝などを穴の奥に吸い込み始めたのだ。俺自身も穴の方に引き寄せられる力を感じる。


「ここから離れろ!」


 俺が叫ぶと全員が来た方向に走り始めた。もちろんリーダーたる俺は最後尾だ。


 俺の前を走るフレイニルがどうやら吸い込む力の範囲外に出たようで、穴の引っ張る力からいきなり解放されてつんのめるように前に倒れた。


 俺はその身体を起こしてやろうとしたのだが、なぜかフレイニルの身体が離れていく。


 いや、俺が後ろに下がっているのだ。俺の立っている地面ごと、穴の方向へと引きずり込まれていっている。


「くっ!」


 踏ん張って前に飛ぼうとしたが、足元の地面がすでに崩れ始めていた。


「ソウシさま!?」「ソウシ!」「ソウシさん!」「ソウシ殿!?」


 フレイニルたちの悲鳴が離れていく。


「必ず戻る! 街で待っててくれ!」


 それだけはなんとか叫ぶことができた。一瞬の後、俺の身体はそのまま『異界の穴』へと吸い込まれた。

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