13章 オーズへ  01

「うむ、やはり旅は自分の足で歩いてこそじゃの。馬車は楽でいいのじゃが、身体がなまる上に退屈でのう」


 王都を出てからのシズナ嬢は始終機嫌がいいようだった。街道を歩きながら変わり映えのない田園風景を楽しそうに見回しては、パーティの女子としきりにおしゃべりをしている。


 俺たちは今、オーズ国への道をひたすらに進んでいる。オーズとの国境はバリウス子爵領の南にあるということで、王都から国境へはひたすら南下することになる。


 つまり王都からまずはロートレック伯爵領都バルバドザへ向かい、そこからバートラン、バリウス子爵領都エウロン、そしてトルソンへと下っていくことになる。俺としてはこの世界に来てから歩いたルートを逆にたどることになるわけだ。


 バルバドザまでは7日間だが、とりあえず6日目の今日までは何事もなく進めている。野宿は俺の『アイテムボックス』とフレイニルの『結界』、そしてシズナ嬢の『精霊召喚』による土人形の警備によって非常に快適で言うことはない。人数が6人になってテントが多少手狭になったが、それくらいは仕方ないだろう。


 ちょっとした問題が起こったのは、6日目の夕方、テントの前で皆で夕飯を食べていた時のことだった。


 いつもおしゃべりの絶えないシズナ嬢が、俺の方を見てこう切り出してきた。


「のうソウシ殿、明日着くバルバドザの周辺にはダンジョンがいくつもあるのであろう? いくつかのダンジョンに入ってみたいのだが、頼まれてはくれんかのう?」


「それは……、我々が請け負った依頼はシズナさんをオーズ国まで無事に送り届けることなので、さすがにダンジョンのような危険な場所へは連れていけません」


「そこをなんとからならぬかのう。わらわも冒険者のはしくれ、できればこの国にいるうちになるべくダンジョンは回っておきたいのじゃ」


「そのお気持ちは分かりますが……」


「ソウシ殿のおかげでスキルレベルも上がっておるが、どのくらい強くなったのか試しておきたい気持もあるでのう。なんとか頼みたいのじゃが」


 王都を出てこの6日間、一日の終わりにトレーニングだけは行っているのだが、シズナ嬢もやりたいとのことで一緒に鍛えてもらっている。そのかいあってシズナ嬢のスキルレベルも目に見えて上がっているので、試したいという気持ちも分からないではない。


 しかしまだシズナ嬢は王家の客人という扱いであることを考えれば、ダンジョンに入るなんてことは到底可能な話ではない。


 俺が眉を寄せていると、シズナ嬢は顔をぐぐっと近づけてきた。和風の美少女顔がいきなり間近に迫ってきて俺はのけぞってしまう。


「実はの、家を出る時に立派な冒険者になってくると啖呵たんかを切ってしまってのう。Eランクのままでは正直家に帰りづらいのじゃ」


「はあ」


「さらに言えば、今の状態で帰ったら母上に門前払いを食らって追い出されるであろう。大きなことを言っておきながら隣国に迷惑をかけた愚かな娘としてのう」


「そうなのですか?」


「うむ。さすればわらわは宿なしの一人冒険者じゃ。Eランクの小娘が一人旅……辛いのう、悲しいのう、寂しいのう」


「えぇ……」


 シズナ嬢は明らかに嘘泣きと思われるポーズをとって俺の方をちらちらと見る。いやこれは想定外というか……そういえば「フォーチュナー」のジールがシズナ嬢はお転婆だと言っていたな。こういうことだとは思わなかった。


 俺が助けをもとめてメンバーの方を見ると、フレイニルもラーニもスフェーニアも俺の方をじっと見ているのに気付いた。マリアネだけが唯一目を伏せているが、ギルド的に口出しできないとかそんな話なんだろうか。


「ソウシさま、シズナさんのお願いを聞いてあげてもらえませんか?」


「Cクラスまでならダンジョンなんて私たちにとったら普通の街道より安全なくらいでしょ。それに私たちもたまには戦わないとなまっちゃうし」


「目的を同じくする者として、シズナさんの強くなりたいという気持ちは大切にしてあげるべきかと思います」


「は……?」


 助けてくれるはずの3人のまさかの裏切り(?)に、俺は言葉を一瞬失ってしまった。いや違うな、シズナ嬢はこの瞬間のためにこの6日間3人を懐柔していたに違いない。コミュニケーション能力の高い人間の強さをここで思い知ることになろうとは。


 俺がポカンとしていると、マリアネがぼそっと言った。


「ソウシさん、これは例のスキルの効果を検証する機会かもしれません」


「え……ああ、あれか……」


「例のスキル」とは俺が持つ『将の器』スキルのことだろう。ボス部屋に入れる人数を増やせると思われるスキルだが、確かにシズナ嬢がいる今ならその検証が可能ではある。


「なんの話か知らぬが、精霊に誓って秘密は守るゆえ、その検証とやらにわらわを使ってくれても構わぬぞ。のうソウシ殿、このとおりじゃ、頼む!」


 両手を合わせて頭を下げるシズナ嬢。そのポーズもなんとなく日本的で元日本人の俺としては微妙に断りづらい。3人の視線も強く、どうやらこれはシズナ嬢の作戦勝ちのようだ。


「……分かりました。しかし私の指示は絶対に従うことが前提ですよ」


「もちろんじゃ。リーダーのソウシ殿の命令には従うゆえ、よろしく頼む」


 シズナ嬢がフレイニルたちと両手ハイタッチを始めたのを見て、俺は久々にリーダーの悲哀を知ったのであった。




 バルバドザに到着した俺たちはまずロートレック伯爵のもとを訪れた。もちろんそうせよとの国王陛下の指示があったからである。


 目的は単純に安否確認で、そうすることで伯爵から国王陛下に我々が無事到着したとの連絡が送られるわけである。


 なので伯爵との対談はすぐに終わり、その日はそのまま伯爵に紹介された宿へと泊まることになった。


 なおシズナ嬢の疲れを考えて3日ほどバルバドザに逗留すると伯爵には伝えてある。裏の理由であるダンジョン攻略についてはむろん秘密である。


 ちなみにマリアネは伯爵邸には行かず、冒険者ギルドへ情報収集をしに行った。このあたりの動きが同時に行えるのも専属職員付きのありがたさだ。


「例の『悪魔』がバルバドザとバートランの間に現れたようですね。『黎明の雷』を中心とした討伐部隊で倒したようです」


 夕食の場でマリアネがそう報告すると、シズナ嬢が不思議そうな顔をした。


「その『悪魔』とはなんぞ? 普通のモンスターとは違うのかえ」


「そうですね。我々も以前戦いましたが、人間の身体をバラバラに組み合わせたような不気味なモンスターです。アーシュラム教会でいう『悪魔』に似ているらしいので仮に『悪魔』と呼んでいます」


 俺が答えると、シズナ嬢は少し目を見開いた。


「そのようなモンスターは見たことがないのう。エルフの里からこちらへ来る途中で出会った巨人のモンスターとはまた違うのじゃな?」


「あれはゴーレムでしたが、『悪魔』はそれとはだいぶ異なる見た目をしています。普通のモンスターと違って動物に近い見た目ではないので」


「ふうむ……。見てみたい気もするが、討伐の部隊が組まれるということは強いということよのう?」


「我々が戦ったものはBランク相当でした」


「なんと」


 とシズナ嬢が感心していると、ラーニが話に入ってくる。


「ねえソウシ、王様とお話したときはそういう話題はでなかったの?」


「まったくなかったな。『彷徨する迷宮』についても『聖獣』についても特に話はなかった」


「王様のところに情報は行ってるんだよね? 対処しないってことなのかな」


「いや、まだ情報を精査している段階なんだろう。中央には膨大な情報が入ってくるからな。同じ情報が複数入ってきたり裏がとれたりしなければ動かないはずだ」


「ふ~ん、大変なんだね王様も。そういえば獣人族の族長も似たようなことを言ってたかも」


 ラーニが族長の娘ということはまだ本人から語られていないところなのでそこは突っ込まない。


「ソウシさま、明日のダンジョンはどのように回るのですか?」


「FとEを回ろう。俺たちは一度踏破しているしな」


「そうですね。Dクラスは確か10階でしたよね。こちらは私たちもまだ踏破してませんから楽しみですね」


「宝箱もあるしな。できればそこも1日で行きたい。シズナさん、ちょっと急ぎになりますがそのつもりでいてください」


 フレイニルに答えつつシズナ嬢に確認を取ると、シズナ嬢は少し驚いたような顔をした。


「一日で二か所回るのかえ? しかも10階層を1日でとは……それは相当にハードじゃのう」


「そうですね。それから朝と夕はトレーニングをします」


「なんと、それが『ソールの導き』の強さの秘訣というわけかのう。あいわかった、リーダーに従うと言ったのはわらわじゃしな、謹んで従おうぞ」


 どうやらシズナ嬢はやる気は本当にあるようだ。まあ自分からダンジョンに入りたいというくらいだからな。この程度で腰が引けるようでは問題外……というのはかなりブラックな思考だろうか。

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