9章 再会と悪魔の足音  02

 無事に宿も取れ、宿の食堂で俺たちは今後の予定を決めることにした。


「とりあえず未踏破のDクラスダンジョンがこのエウロンに一つ、隣町のトルソンに一つある。エウロンが15階層、トルソンが10階層だ。どちらもダンジョン内で最低一泊することになると思うがどうだ?」


 俺が聞くと、スフェーニアが頷いた。


「私たちなら10階層は1日で行くことも可能ですが、無理はしない方がいいでしょう。一泊するつもりでいた方がいいと思います」


「そうだよな。そうするとどちらを先にするかということだが、やはり10階層から行くべきだと考えている。難易度も15階層の方が高いようだからな」


「そこは大丈夫な気もするけど、慎重さは大切だよね」


 ラーニが言うと、フレイニルとスフェーニアも同調する。


「私もそう思います」


「それがいいと思います。焦りは禁物ですから」


「よし、それじゃ明日はトレーニングだけやって後は移動のための準備をしよう。装備は俺のメイスができているはずなので受け取るとして……あと気になるのはラーニの剣と防具か?」


「まだ大丈夫かな。それに10階層以上のダンジョンだと宝箱が出るんだよね?」


「ああ、そうだな」


 そう、10階層以上のダンジョンは5階層ごとにボスがいるのだが、スキルを得られるのは最下層のみである。では途中のボスでは何もないのかというとそんなことはなく、ボス撃破時に宝箱が出るとのことであった。もちろん運がよければそこで強力な武具を得ることもあるという、何とも射幸心をあおるシステムになっているらしい。


「じゃあそこでいい武器が出ることを期待するから。ソウシならいけるでしょ?」


「そうなのですか?」


 ラーニの言葉にスフェーニアが首をかしげる。彼女はまだ俺たちの特性を知らないからな。とはいえ宝箱の中身にまで『悪運』スキルの効果があるのかどうかは分からないのだが。


「宝箱が2つでるということはないのでしょうか?」


 フレイニルが言うと、ラーニの耳がピクッと動いた。


「あ、ソウシならその可能性もあるかも。あ~、なんか楽しみになってきた。トルソンまでは全速力で走ろうね」


「そのようなことが……?」


 スフェーニアがまた首をかしげる。あまり期待させるのも悪い気がするが、まあ俺自身かなり楽しみではある。野宿で楽ができることも分かっているし、せいぜいモンスター相手に油断だけはしないようにしよう。




 翌日俺は一人で武器屋へと出かけた。女子3人は別に服や食料品の買い出しに行くらしい。


 武器屋に行くと、ドワーフの親父が俺の顔を見てニカッと笑った。


「おうあんちゃん、頼まれたもの出来てるぜ。こっち来な」


 後について奥に行くと、そこには一目見て異様なメイスが床に鎮座していた。


 先端に棘付き鉄球がついているのは今のものと変わらない。ただその鉄球が一回り以上大きい上に、メイスの柄の部分が恐ろしく太い。500ミリリットルのペットボトル並の太さである。もちろん長さも多少長く、先端までは1.5メートルはあるだろう。


「注文通り先端にダークメタルをたっぷり仕込んである。ただその分柄を太くしないとすぐポッキリいっちまいそうだったんで太くしといた。おかげで重さもいい感じになったが、正直5人がかりで持ち上げるレベルだ。ちょっと持ってみろ」


 言われるままに柄を握る。普通の人間だと握り切ることもできない太さだが、『掌握』スキルのおかげでがっちり握ることができる。俺はそのままメイスを持ちあげる。なるほどいい感じにズッシリ来る。これは振り回しがいがありそうだ。


「簡単に持ち上げちまうとは、お前さんとんでもない冒険者になりそうだな。振り具合はどうだ?」


 軽く振ってみるとそれだけで恐ろしい威力があることが感じられる。これはちょっとモンスターが可哀想になるレベルかもしれない。


「さすがバランスがいいですね。振りやすいです」


「いやまあ一応気は使ったがな……。それを簡単に振れるってのは本当に驚くわ。どれ、試し斬りってわけでもねえが、こいつを叩いてくんな」


 床の上に置かれたのは、頑丈そうな鎧だ。ただ大きな傷跡があってジャンク品だと分かる。


 俺は軽く振りかぶってその鎧の上にメイスを落とした。何の抵抗もなく、まるで紙細工を潰すかのように鎧が潰れる。


「自分で作っといてなんだが、とんでもねえものを作っちまったな……」


 ドワーフの親父はぼやきながら髭をなでる。これを本気で振るところを見たら、それこそ魂が消えるほど驚くことだろう。


 まあともかく、これでますます俺はパワーアップするというわけだ。次の目標はこのメイスが軽いと感じるまで自分を鍛えることだな。物理特化になるならなるで、とことん追い求めてみるのも面白いだろう。その時自分がどうなっているのか、自分自身ちょっと楽しみではある。




 武器屋の帰りにギルドに寄り、マリアネに明日トルソンへ向かうことを告げた。


 マリアネは討伐任務の台帳をペラペラとめくり、とあるページで指を止めた。


「トルソンの近くで一件討伐依頼が出ています。『ギガントバイパー』、Dランク上位のモンスターですね。ソウシさんのパーティなら対応できると思います」


「『ギガントバイパー』? 大きなヘビのモンスターですか?」


「はい。大きいものだと全長20リドほどになりますね。皮も肉も素材として有用ですので、可能なら納品してください」


 20リドは約20メートルだ。とんでもない化物ヘビだが、先日倒したワニ型ゴーレムもそれくらいはあったはずだ。正直物理属性のモンスターなら新しいメイスの餌食にしかならないだろう。


「分かりました、受けます。詳しい情報を教えてください」


 話を聞くと街道からは少し離れた場所で目撃されたようだ。目撃したのは以前ムーンウルフを討伐した時の村の人間らしい。あの村もなかなかにツキのない村だ。


「討伐した場合、素材などはトルソンのギルドにもっていっていいんでしょうか?」


「できれば皮に関してはこちらにお持ちいただいたほうがありがたいですね。結局はエウロンで扱うことになりますので」


 無茶ぶりにも聞こえるが、俺が『アイテムボックス』持ちだということ前提の話だろう。俺は了承してギルドを後にした。


 


 宿の前まで来たとき、フレイニルたち3人の姿が見えた。


 それはいいのだが、その3人の前に若い男性3人の冒険者パーティがいて、なにかをしきりに話しかけているのが目に入った。前にでて相手をしているラーニの尻尾がピンと立っているので、あまりいい感じのやり取りをしているわけではなさそうだ。


 外から見ると非常に目立つ美少女3人だからなにを言われているのかはだいたい察せられる。フレイニルが俺に気付いてすがるような目つきをするので、俺は早足でその場に向かった。


「済まない、俺のパーティメンバーになにか用だろうか?」


 俺が声をかけると、その若者たちは「なんだよ、おっさんはお呼びじゃ――」と言いかけて、俺が肩に担いでいる異形のメイスを見て目を見開いた。


「あ、いや、別になんでもねえよ。ちょっと可愛いから声をかけたんだ。それだけさ、じゃあな」


 そう言って若者たちは逃げるように去って行った。なるほどこのメイスにはそういう使いみちもあるのか。言われてみればギルドにいた冒険者も俺の方をチラチラ見ていたが、そういうことだったかと納得する。


「ソウシさまが来てくれてよかったです」


 フレイニルが近寄ってきて腕を握ってくる。


「あーもう、今日は半日言い寄ってくる男を相手にするのに疲れちゃった。次からはソウシも一緒ね」


 ラーニがふくれている横でスフェーニアが苦笑いしている。スフェーニアも自分が面倒の半分くらいは引き寄せているのは分かっているだろうが、さすがにそれを認めるのは自意識過剰っぽくなるから謝ることもできないだろう。


「俺が見ても3人は目立つからな。悪いのは男の方なんだが、こればかりはな」


「弱い男に興味なんてないんだけどね。いっそのこと3人とも顔隠して歩く?」


 ラーニが不貞腐ふてくされたように言うが、場所によってはそれも必要かも知れないな。人権意識が強い世界ではないようだし。


 スフェーニアも頷きつつ、俺の方にあるメイスに目を向けた。


「ところでそれがソウシさんの新しい武器ですか? とても人間が扱える武器には見えませんが、見ただけで冒険者が逃げるのも分かる気がしますね」


「本当にすごい大きいです。ソウシさまはますます強くなられるのですね」


 フレイニルの目は少しキラキラしている。


「まあまだ簡単に振れるわけでもないけどな。でもいいお守りになりそうだ」


「ホントね。今度からソウシは町を歩くときは常にそのメイスを担いで歩いてね。いい虫よけになるから」


 辛辣しんらつな言葉だが、確かにラーニの言う通りかもしれない。いちいち相手をするのも面倒だし、これを見せるだけで彼女たちを守れるならそれもいいだろう。


 しかしこのメイスを常時持ち歩いて練り歩いていたら、それだけでさらに悪目立ちする気がするな。それはそれで別の問題を引き起こしそうだ。

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