4章 新たな街へ  02

「おう、これはムーンウルフじゃねえか。これが暴れてたってのかい?」


 翌朝ナイトウルフの死骸を見せると、獣人のガシが驚いたように言った。


「ええ、出てきたのはコイツでした。ムーンウルフって言うんですね」


「ナイトウルフのレア個体ってえ話だ。毛皮が高く売れるはずだけんど、このままだと運ぶのも面倒だな。ソウシさん解体はできっか?」


「いえ、魔石を取り出すくらいしか……」


「よければ俺っちがやるけどどうする? もちろんお代とかはいらねえからな」


「そうですね、お願いしていいですか?」


 というわけで頼むと、ガシは非常に手際よく解体を始めた。どうもそっちでも生計を立てているらしい。手に職はこういう世界だからこそ大切なのだろう。


 俺はその間に村長を呼んで事情を説明し、礼を言われたり報酬を受け取ったりした。


 一応ウルフの肉は食えなくはないらしく、村としては貴重なタンパク源だそうなのでそのまま贈呈した。


「ほいよ、ソウシさんラッキーだな。コイツはオーブ持ちだったみたいだぞ」


「オーブ?」


 ガシに渡されたものは魔石ではなく、水晶の球のようなものだった。虹色に輝いていて妙な力を感じる。レア個体だから特殊な魔石が取れたということなのだろうか。


「オーブも知らないんか? そいつはスキルオーブっつって、使うと冒険者がスキルを身につけられるっていう貴重品さ。ギルドに売ればかなり高く売れっぞ」


「へえ……」


 それはガイドにも載ってなかったな。しかしスキルが身につくなら、売るより自分に使ってしまいたい気もするな。


「これは自分で使ってもいいんですよね?」


「基本的にモンスター討伐で手に入れたモンはその冒険者のものさ。ギルドを通さないで売り買いしない限り誰も文句は言わねえはずだぞ」


「そうですよね。しかし使うってどうやって……」


 試しに強く握ってみると、手のひらから何かが流れ込んできたような感覚があった。


 じんわりとスキルの知識が浮かんでくる。『翻身ほんしん』という、慣性の法則を無視して動くことができるスキルのようだ。あのムーンウルフが使っていたスキルということか。面白いスキルだなこれは。使い方によっては非常に強力な気がする。


「おや、使ったのかい?」


「ええ、どうやら使ってしまったようですね。いいスキルが身につきました」


「そりゃよかった。しかし一人でコイツを倒しちまうなんて、ソウシさんやっぱ強えんだな」


「う~ん、相手も一匹でしたしね。接近戦すれば腕力がものを言うので」


「ははっ、そりゃそうだな。よし、皮も剥げたし持ってってくんな。少ししたら出発すっけど大丈夫か?」


「ええ、今日中にエウロンにつけるように急ぎましょう」


 というわけで、運がいいのか悪いのか分からない謎の現象によって、俺は新たにスキルを身に着けることができた。初見の敵にも冷静に対応できたし、いい感じで強くなってる気がするな。





 村を出発した俺たちは、その後は特にトラブルもなく、夕方にはエウロンの街が見えるところまで来ることができた。


 街道の向こうに見えるのは城壁で囲まれたいわゆる城塞都市のような町であった。壁の向こう側は背の高い建物の屋根しか見えないが、結構な密度で建物がひしめきあっているようだ。真ん中あたりの一際高い場所に見える立派な館はきっと領主であるバリウス子爵の邸宅なのだろう。


 ちなみに城壁の外側にも家や小屋が無秩序に立っていていかにもスラム街的な雰囲気を醸し出している。ガシの話によると、町には入れない貧困層や前科もちの居住地ということらしい。この国では『壁外地』という言葉を使うとか。


 バリウス子爵がかなり厳格に取り締まりをしているため、彼らが表立ってこちらになにかをしてくることは少ないようだ。ただし裏に回れば……ということは注意された。「もっとも冒険者に手を出すバカはめったにいねえけどな」とも言われたが。


「ああ、やっと着いたな。ソウシさん本当に助かったでよ」


「いえいえ、私は仕事をしているだけですから」


「それでも期日通りについたのはソウシさんのおかげさ。礼はきちんとさせてもらうかんな」


 などと話しながら『壁外地』の間を通り抜け、城門の前まで来た。検問をやっているらしく40人ばかりが門の前に並んでいる。明らかに冒険者風の人間がいるが、冒険者専門の検問があるとのことで、彼らはそちらから門の中に入って行く。


 ガシにいい宿の情報などを聞いているうちに検問の前まで来た。俺が冒険者カードを見せ、ガシたちが商人ギルドのカードを見せると特に厳しい検査もなく通された。ギルドに所属しているというのはそれだけで信用があるのだろう。


 エウロンの町は、トルソンとは比べ物にならないほど栄えていた。今いるところは中央の通りらしいが、左右には民家や店が所せましと並んでいる。


 建物の造りや看板などもかなり立派で、トルソンではあまり見られなかったガラス窓もこちらでは普及しているようだ。


 町全体はどう見ても見渡しきれるレベルではなく、道案内がないと迷ってしまいそうなくらいである。


 それはともかくまずは荷車を商人ギルドの倉庫まで運ばないとならないので、俺もそこまでは手伝うことになる。


 中央の通りを一本外れて少し行くと、倉庫らしい飾り気のない、3階建てほどの高さの大きな建物が見えてくる。


 大きな入り口は開放されていて、何人もの商人や運び屋が出入りしている。


 その入り口の少し中まで荷車を運んだところで俺の仕事は終わりのようだった。


「ちょっと一緒に来てくれっか」


 ガシの後をついていくと、倉庫の事務所のような部屋に案内された。ガシがその事務所の事務長のような人物に話をすると、その事務長らしき中年男性が俺のところに来た。


「ああどうも、商人ギルドのパオロです。どうやらウチの者がお世話になったようでありがとうございます。冒険者さんとうかがってますが本当ですか?」


「ええ、Eランクのソウシと申します。通りがかりにガシさんがいらっしゃいまして、困っていたようなので手助けをいたしました」


 俺の言葉遣いが丁寧だったせいだろうか、パオロは少し驚いたような顔をした。


「そうでしたか。本来なら冒険者ギルドを通して礼をするところですが、面倒を避けたいので個人的に助けてもらったっていう形にさせてもらえませんか。お礼は同等にお支払いしますので」


「ああ構いませんよ。好意でやったものということにしてください」


「ありがとうございます。ではこちらを……」


 ということで、80,000ロムを受け取った。高いか安いかはよく分からないが、ゴブリンの大討伐のEランクの日当が50,000ロムだったから、二日でこれはおかしな金額ではないだろう。


「確かにいただきました。何か受取のようなものは必要ですか?」


「いえいえ、あくまで個人的なものですので結構ですよ」


 と言って、パオロは愛想笑いをした。


「分かりました、では私はこれで」


 と言って立ち去ろうとすると、ガシが慌ててやってきて「今回は本当に助かったよ。この町で落ち着いたらまた酒でも飲もうや」と言ってくれた。


 社交辞令にしても、初めて訪れる町で知り合いができたのは幸運だったかもしれないな。


 俺はそう思いながら、まずは宿を取るべく中央通りの方へ戻るのであった。





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