第2話 軍神としての知識

 俺は言われたとおりに、一時間で家を出る支度をして、玄関まで向かうと、そこにはすでに紗雪の姿があった。


「ようやく来たわね、ほら行くわよ。」


 紗雪が約束事で、人より遅れてくることは無かった。彼女は、人を待つことは嫌いだが、待たせるのはもっと嫌いだったからだ。


 町に出ると、多種多様な種族が行き交っていた。この町はかつての軍神と呼ばれていた俺が、はじめに降り立ち、拠点としていた土地であるとされ、その縁起の良さから、商売が盛んだった。そのため、世界各国から色々な人がやってきていて、こうした多様性を生んでいるのだ。


 また、軍神ゆかりの土地であることから、今なお軍神信仰が残っているのも、この町の特徴の一つである。


 しばらく町を歩いて視察を行っていると、通りで大きな声で言い合っている声が聞こえた。自然、領主として紗雪はそれを確認しに行き、俺もその後をついて行った。


「これは、かつての軍神が愛用し、世界を平定するのに用いられたといわれる宝剣です。」


 言い争っている内の一人である、商人らしき風体をした人物が、剣を掲げそう言葉を発した。


「そんな貴重なものを、どうしてあんたが持ってるんだよ。信用できないから買い取れないと何度言ったら分るんだ。」


 もう片方は、この町で一番大きい質屋の主人だった。どうやら、売る売れないで言い争っているようだ。商人の男が中々引き下がらないため、質屋の主人も困った様子だった。


「こんな所に、領主様ではないですか。領主様はこの宝剣をどう見ますか?」


 商人の男は、目ざとく紗雪を見つけると、問いかけた。俺は、その問いかけの瞬間、商人の口元が少しだけ歪んだのを見過ごさなかった。


 おそらく、この商人は今日領主が町を視察することを知っていたのだろう。だから、わざと争って見せて、領主が近づいてくるように仕向けた。


 領主がこの宝剣に価値を見いだせば、例えその宝剣が偽物だったとしても、良い値がつく。見た目だけなら価値のありそうなものに見える宝剣を、領主は価値のないものだと見抜けないと踏んでいるのだろう。


 紗雪はその質問を受けて、しばらく黙っていた。紗雪ならば、俺が伝えずともこの卑しい商人の考えが分っているに違いないが、それはそれとして、本当にこの宝剣に価値がないのかを見抜かなければならないと考えているのだろう。


 商人は、宝剣が偽物だと決めてかかっているが、商人が知らないだけで、この宝剣が本物である可能性はないかを検討しているのだろう。


 つくづく、真面目で聡明な少女だ。だから、俺は彼女が納得できるように、助け船を出すことにした。


「紗雪、この宝剣は偽物だ。本物の宝剣は今なお誰の手にも渡ってない。」


「これは、これは食客どの。その根拠は?」


 商人が尋ねてくる。もちろん、根拠はその本物の宝剣を今なお俺が所持している事なのだが、それを言うわけにもいかない。なぜなら、今の俺は軍神ではなくただの食客なのだから。


「根拠は俺の知識だ。俺は、膨大な知識を持っていることを領主に認められたから、領主に食客として召し抱えられてる。その俺の知識を疑うことは、領主を疑うことになるが、それで良いのか?」


 商人は、それでも何か言いたげな様子ではあったが、結局何も言い返すことなく、この場から去って行った。


「よくやったわ。ありがと、京介。」


「いや、大したことはしていない。これこそまさに食客の仕事だ。」


 時折やらされる、山の中に薪を取りに行かされたり、風呂を綺麗に掃除させられるのに比べれば、知識で解決できる分食客らしいと言えるだろう。


「で、今の話は本当なんでしょうね?まあ、京介の事だから嘘じゃないと思うけど。」


 一応は確認しておかないといけないことのように、紗雪は尋ねてきた。


「間違いなく本当だ。」


「相変わらず、どこでそんな知識を手に入れてるんだか。」


 紗雪は疑わしげな目でこちらを見ると、大きくため息をついた。

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