第2話Fdim

粗方閉店作業が済んだ頃、再び店のドアが開き数人の足音が聞こえた。カウンター奥の狭い調理スペースに居た俺は、慌てて外へと出る。

「すみません、今日はもう終わりなんです」

そんな俺の言葉を無視するように、柄の悪そうな男達がソファーに勝手に腰掛ける。人数は四人、特に酔っている様子ではないがかなり面倒な人種だとパッと見で分かる。

「あんなぁ、兄ちゃん」

四人の中でも特に柄の悪い金髪の男が俺に話しかけてきた。他の三人は煙草に火を付け、ガンを飛ばしている。

「⋯はい、なんでしょうか?」

「ここにな、若い女こんかったか?」

男の言葉に一瞬、茉由の姿が脳裏をよぎる。だがここで彼女の事を話すのはなんとなく良くない気がした俺は誤魔化すことにした。

「いえ、今日はお客さんはさっぱりで」

「⋯ホンマか?」

男は立ち上がり圧をかけるように俺を問い詰める。

「はい、本当に来てないんですよ」

「⋯ほうか」

男はそう言うとカウンターに置かれているウイスキーのビンを一本手に取り、仲間の男達に手で立ち上がるように指示を送った。俺はもしや瓶で殴られるのかと背中に嫌な汗をかく。

「ほんじゃ、邪魔したの。兄ちゃん、若い黒髪のギター持った女が来たらどこに泊まっとるか聞いといてくれや」

「⋯はい、分かりました」

「これ、貰ってくけぇの。ほいじゃあ、また来るわ」

男はそう言うと代金も払わず仲間を連れて店を出ていった。俺は何がなんやらよく分からないまま、しばらく呆然とドアを見つめて立ち尽くしていた。若い黒髪のギターを持った女、それは確実に茉由の事を指している。彼女は一体何者で、何故男達に追われているのか。俺はこれから良くない事が起こるような予感に包まれながら閉店作業を完了させ店を出た。11月の夜はかなり冷える。俺はポケットからスマホを取り出し電話をかけた。

「もしもし?」

「おう、稔か。こんな時間にどーした?何かあったのか?」

電話の相手は松本奈緒だ。相変わらず彼女は勘が鋭い。

「いや、まあ色々あってな。ちょっと今から会えねぇか?」

「いいぞ、どうせなら凛華も連れてこいよ。皆で一杯やろうぜ」

「分かった、そしたら凛華拾ってそっち行くよ。何か買って行こうか?」

「ああ、今ちょうどビール切らしてるからよ、あと出来ればウチの煙草も買ってきてくれ」

「了解、そしたらまた後でな」

彼女との電話を切り、すぐさま清水凛華へと電話をかける。数コールで凛華も電話に出てくれた。

「もしもーし、先輩どうしたっスか?」

「ああ、今からちょっと奈緒んとこで飲もうと思ってよ、どうせなら凛華も連れて来いって言われてな」

「そうだったんスね、ボクも先月二十歳になったから飲みたいっス」

「じゃあ今からそっち迎えに行くからよ、待ってろよ」

「了解っス」

凛華との電話を切った俺は、店から少し離れた場所にある従業員用の駐車場に向かい、白いプレリュードに乗り込んだ。以前は凛華が乗っていた車は、20年以上前の車とは思えない程状態が良く内張りのワインレッドのシートもとても綺麗なままだ。俺はエンジンを回しゆっくりとアクセルを踏み込むと、凛華の家を目指して車を走らせた。

10分程度で彼女の家の下に到着した俺は、到着した旨を連絡しようとスマホを取り出すが、俺が連絡するよりも早く助手席側の窓をコンコンと叩く音が聞こえた。

「寒いのに外で待ってたのか?」

「えへへ、違うっスよ。エンジンの音で先輩が来たって分かったから急いで降りてきたんス」

凛華はそう言って笑いながら、綺麗な金髪にカラフルなエクステをつけたツインテールを揺らしながら助手席へと体を滑り込ませた。彼女がシートベルトを締めたのを確認し、ゆっくりと車を発進させる。

「先輩、もっと飛ばしてもいいっスよ」

「⋯俺は安全運転派なんだよ」

「でも先輩、この車はタイヤ薄いからゆっくり走ると逆に乗り心地悪いんスよ」

「そんなもんなのか?」

「はい、ある程度スピード出すと飛んでるみたいであんまり揺れないっスよ」

「んじゃ、ちょっとだけ飛ばしてみるか」

俺は彼女の言葉に従い、いつもより強めにアクセルを踏んだ。確かに彼女の言う通り、スピードを出すと一気に乗り心地が良くなった気がする。

そんなこんなで奈緒の家の近くのコンビニに到着した俺は、ビール数本とつまみを適当にカゴに入れてレジへ向かった。店員にレジ袋と奈緒が吸っているパーラメント、そして自分が吸っているセブンスターを注文し会計を済ませる。

車に戻るともう既に凛華は奈緒に電話をかけていて、もうすぐ着く旨を伝えていた。

「あ、そういえばどこに車停めればいいか聞いてくれ」

「了解っス、奈緒ちゃんどこに車停めたら良いっスか?⋯うんうん、了解っス」

彼女はそう言って電話を切る。

「で、どこに停めれば良い?」

「路駐!」

「はぁ?」

「えへへ、冗談っスよ。奈緒ちゃんのマンションに来客用の駐車場があるからそこに停めるっス」

「あいよ、了解」

そうして車を移動させた俺たちは、奈緒にエントランスを開けて貰ってエレベーターへと乗り込んだ。彼女の家を訪れるのはこれで二回目だ。

「よう、二人とも遠慮せずあがれよ」

そう言って金髪をポニーテールにまとめた奈緒が、俺たちを迎え入れてくれた。

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