第62話 目的
「やはり貴方でしたか、モリオン」
どうやらこのダークエルフ、クリスタさんの知り合いのようだ。
あまりいい知り合いという感じでは無いけれど。
クリスタさんが隠蔽を全て解いて、臨戦態勢になっている。
先程まで感じなかった凶悪な魔力はそういう意味だろう。
神様にチート付与されている俺より数倍凶悪だ。
一方、モリオンと呼ばれた男の方は自然体に感じる。
魔力も一見普通人と変わらない程度の大きさだ。
ただしその魔力と存在感に微妙な違和感を覚える。
なぜそう感じるのか、まだ今の俺にはわからない。
「此処の仕掛けは割と自信があったのだが。まさかあんな方法で
どうやら魔魚カンディルーも、このモリオンという男の仕業のようだ。
何者で何を企図しているのだろう、こいつは。
「世界と人のコントロールだ。人が増えすぎ、産業が活発になることは国家や地域間の争いを招く。かつて古代文明が陥った愚を繰り返さぬ為にも、人はこれ以上広がり、進むべきではない」
読まれたか。一瞬警戒するが、言語化した表層思考を拾うのはそこまで難しい事では無い。
クリスタさんが臨戦態勢になる程の相手なら、それくらいは出来て当然だろう。
「既に今の人とその世界は歪んでいる。いずれ技術を捨て、法を捨て、自然の一員へと還るべきだろう。その為に、我は問い続ける」
今すぐにこちらへ攻撃してくる事は無さそうだ。そう俺は判断する。
そのつもりなら、とっくにやっているだろうから。
だから確認するべきなのは一連の言葉の真偽と、この言葉にない真意、そしてこの場に現れた意味。
そう思った時、予想外の所から言葉が響いた。
「5年ぶりにまた出たのニャ。でも今回
ミーニャさんだ。
ミーニャさんは一見普通に立っているだけに見える。
ただ熟練の戦士は自然体こそが、全ての動きに繋がる最高の構えだと聞いた事がある。
そうだとすればミーニャさんも、紛れもない臨戦態勢だ。
「ほう、わかるか。そういえばそちらの戦士は見覚えがある。出会ったのはこれで……3度目か」
「そうニャ。カリギアやノボスクでも同じ話を聞いたニャ」
「あれもまた、我としては予想外だった。ならば問おう。ここで考え直す気はないか」
「ミーニャは難しい事はわからないニャ。ただ、人がよりよい明日を求めるのは当然だと思うのニャ」
なるほど、ミーニャさんの言った事は正しい。
「なるほど、理解した上でそれでも進むと答えるか。それもまた答であることは認めよう。その進歩への盲信がかつての破滅に繋がったとしても」
「貴方はまだ世界を留め、そして引き戻すつもりなのですか」
これはクリスタさんだ。
モリオンは頷く。
「然り。この世界と人を長く続かせる為には、作為を捨て自然のままに生きる事こそ肝要。かつての古代文明は進み過ぎ広がり過ぎた結果、滅ぶべくして滅んだ。その愚を繰り返さぬ為にも、エルフの叡智の書にもある通り、人は素を見にし樸を抱き、私を少なくし欲を寡からしむべきであろう。クリスタよ、主こそが
俺はエルフにとって、
あくまで書物上の知識で、実際の
クリスタさんが口を開いた。
「別の道を往く
「何度目かはわからぬが、その質問には答えよう。この世界は既に歪んでいる。正すには歪みを起こした力を使う事もやむを得ない。故に私はこの世界に力を行使する。世界のもう一度の破滅を防げ、あるべき世界に導く為に」
「なら私は今度も指摘致しましょう。そうやって世界を留め、引き戻そうとする行為こそが無為自然たる教えに反すると。進む事が人にとっての自然なら、進む事で道を見つけることこそが自然なのでしょうと」
緊張感をはらんではいる。
しかし様式美的な雰囲気を感じないでもない。
おそらくこれは、今までに何度も繰り返された問答なのだろう。
俺にはそう感じられる。
「なるほど。今回もまた答は同じか。ならば我はこの場における負けを認めよう。しかし我はこの世界を諦めない。故にまた会うことはあるだろう。その折にはまた別の答を導かん事を望む」
モリオンの姿と魔力が薄れた。そう思った次の瞬間、姿形ともに消え失せていた。
これは移動魔法の類いでは無い。魔法の気配が違う。
「投影魔法ですか、今のは」
クリスタさんは頷いた。
「その通りです。モリオンにとっては単なる挨拶くらいのつもりでしょう。気にしなくても問題はありません」
「しかし今ので、敵として認定されたのではないですか?」
これはジョンだ。
クリスタさんは首を横に振る。
「モリオンにとって、全ての人間は保護対象です。ですから個々の人間を攻撃対象にするという事はありません」
「しかしここに魔物が出るように仕掛けたのは、そしてダグアルで魔魚が繁殖したのもあのモリオンの仕業なんですよね、今のやりとりからすると」
「その通りです。ただそれらは
クリスタさんはそこで溜め息をひとつついて、そして。
「取り敢えずドーソンに戻りましょう。依頼完了報告作業が待っています」
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