プロローグ 最初の釣り

第0話 前世から数えてうん年目にして

 狙い目は夜の満潮時。

 そして潮汐観測魔法によると今日は大潮で、満潮は19時50分頃。

 だから俺は午後5時の鐘が鳴る前に現場へ。

 ポイントに仕掛けを投げて待つ事2時間ちょっと。


 ガサガサガサガサ、ガサガサガサガサガサ……

 不意に草むらを中型獣がかき分けるような音が響いた。


 魔物が出たかと咄嗟に周囲を見回し、そして気づく。

 獣ではない。狙っていた魚が草を食む音だ、この音は。


 水面を確認。魔法で暗視も透視も可能な俺の視界に魚が映る。

 1m位はありそうなでっかい魚が水面まで垂れ下がっているアシの葉を囓りつつ泳いでいた。


 こいつだ、この魚こそ今回のターゲットだ。間違いない。

 さあ来い! 針を仕掛けた葉までもう少しだ!

 

 待って、待って。そして……

 竿先が動いた。食ったか! 

 俺は咄嗟に竿を立てる。竿先から糸が張る。

 確かな手応え、間違いなくかかっている!


「フィッシュ、オン!」※


 前々から練習していたとおりそう呟いて竿とリールを操る。

 今日の竿はこれほどの大物をぶっこ抜けるほど強くない。

 糸についてもそこまで信頼できる程の経験を積んでいない。

 だから出来るだけ急激なテンションを掛けず、ゆっくり巻いたり竿で寄せたりして、徐々に魚を引き寄せる。

 

 もちろん魚もなかなか素直に寄ってくれない。

 寄ったかなと思うとすっと岸を離れてしまう。

 このリールのドラグは10kg程度に調整してある。

 けれど気を抜くと一気に引っ張られる。


 焦って引っ張って糸を切られたらそこで終了だ。 

 慎重に、寄せられる時に寄せてと。

 

 5分位戦って、ついに岸辺すぐ近くまでやってきた。

 そろそろいいだろう。電撃魔法を起動する。

 

 パン! 

 少し気の抜けたような音がして水面に火花が散った。

 でっかい魚が腹を浮かせた。

 死んではいない。気絶しただけだ。


 一気に寄せて右手でタッチし魔法収納アイテムボックスへ。

 よし、無事に収納成功、釣り上げに成功だ!


 魔法収納アイテムボックスに入った魚を俺は確認する。

 全長105.4cm位、重さ17,852g。

 コイに似ているけれどひげがない。

 間の抜けた幅広い顔に分厚い唇。結構円筒形な胴体とでっかい鱗、すらっと伸びた背中。


 前世で言うところのソウギョだ。間違いない。


 こちらの魔法収納アイテムボックスは生物用・時間停止タイプ。

 だから入れておけば釣り上げた状態そのままだ。

 数日後に川にリリース(生きたまま放流する)なんて事も可能だ。

 そんな事せずに食べる予定だけれど。


 記憶を取り戻してからここまで3日。

 前世で釣りをしたいと思ってからは何年になるのだろう。

 前世今世あわせてようやく第1匹目を釣り上げる事に成功したのだ。

 それも1m以上の大物を。


 確かにソウギョ、釣りのターゲットとしてメジャーではない。

 それでもこれだけの大きさの魚を、最後の収納直前まで魔法を使わずに自分の手で釣り上げたのだ。

 気分はもう最高。

 誰も見ていないのにガッツポーズを取るくらいに。


 使用した仕掛けや竿、道具類を全て生物用ではない方の魔法収納へ放り込む。

 家へ帰ってじっくり観察して、そして明日にでもさばいて食べるとしよう。


 鼻歌交じりで家路を辿りながら俺は思い出す。

 記憶を取り戻してからこの1匹に至るまでの、僅か3日だけれど結構色々イベントがあった俺の足取りを。


■■■■■■


※ 『フィッシュ、オン』

   釣りをしていて魚がかかった時に叫ぶ定番のかけ声。

   他に、

  『ヒット!』

  『ガットイット!』

  等と言う人もいる。

   勿論言わない人&言わないケースの方が絶対的多数だけれど、今回は大物がかかったし、まあ気分という事で。

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