第1部 最初の釣りに至るまで
第1章 記憶覚醒、初心者講習開始、そして釣り場偵察がてら……
第1話 覚醒
農家の次男以降の男子なんて家にいても邪魔なだけだ。
小さい頃はまだいい。一応衣食住の面倒は見て貰えるから。
労働力としてこき使われるけれど。
ただし長男が嫁を迎えて家を継ぐとなるとただの邪魔者になる。
手伝いとして置いて貰えればそれでもまだいい方。
大抵は邪魔者として追い出されて宿も職も無いなんて事になる。
だったら長男が生まれたら子作りをやめればいいじゃないか。
理論的にはその通りだ。
しかし子供が死なないで健康に成長するとは限らない。
だから予備を作るというのはある意味当然。
予備以上に作っている単なる好き者というのも結構多いけれどそれは別問題として。
つまり健康な長男がいる限り、次男なんて立場に先はない。
それは誰もがわかっている。
だから次男以降の男子は12歳の4月か10月に冒険者登録をして、村から出て行くのがお約束だ。
冒険者として才能がある奴なんてほんの一握りしかいない。
しかし冒険者に登録すれば最初の半年は初心者講習を受けられる。
そこそこの規模の街で衣食住を確保して貰いつつ、読み書きその他を教えて貰いながら半年間の猶予期間を過ごせる訳だ。
この半年で才能がありそうな奴は冒険者を。
もっと出来る奴は騎士団なり役人、あるいは商家の幹部職を。
出来ない奴はその辺の商家や大農家の下働きにと人生を決める訳だ。
そして俺、エイダンもそう。
3月31日なんて日付に生まれたばかりに12歳になった翌日の4月1日に冒険者登録をする羽目になった。
初心者講習のある冒険者ギルドがあるドーソンの街までは歩いてまる1日。
早朝に生まれ育ったキヌル村を出る。
今回村を出るのは12才男子合計6人。
村出身のD級冒険者であるクレイグさんとジルさん二人に守られ&案内されつつ一日中歩く。
空が赤くなる頃冒険者ギルドに到着。
冒険者ギルド1階の窓口に書類を提出して確認して貰い、冒険者証を受け取れば手続きは終わり。
ギルド2階にある寮に案内されて初心者講習生用の8人部屋へ。
あとは自分のスペースである二段ベッドの上で、家から持ってきた固いパンをかじって夕食を済ませて寝るだけ。
何せ1日中歩いたのだ。
他の村から来た連中を含め、全員あっさり寝てしまった。
俺もそうやって寝て……
そして思い出した。
エイダンとして産まれる前、神殿技術者だった頃の記憶と、死んだ後の記憶を。
◇◇◇
そう、あの時、俺は白い部屋にいた。
勿論それまで見覚えがない場所だ。
そして目の前には光り輝く女性。
人間でないのは直感的にわかった。これは……もしや……いや、間違いなく……
『貴方が想像した通り、私は神の一柱です。貴方が知っている名では創世と維持の女神シャルムティナになります』
それまでの俺、いや
思わず平伏しようとして気づく。私の肉体が無い!
『申し訳ありません。貴方は過労で倒れ、そのまま亡くなってしまいました。貴方には真摯に仕えて頂いたにも関わらずこうなってしまったのは、全て私の管理不足です。
とりあえず貴方がそうなる原因となった上司や同僚の皆様にはそれなりの運命を与え、本部神殿から放逐致しました。ですので貴方の後輩やまともな同僚、上司の皆様は問題なくお仕事が出来る事と思います』
どうやら私が死んだ状況については神様に把握していただいたようだ。
それが可能なら生きているうちに何とかして欲しかった。
そんな気持ちも無いでは無い。
しかしそう考えるのも恐れ多いというか、気づいて頂けただけでも大分ありがたいというか。
そっちの方の気持ちの方が強い。
『さて、残念ながらあの世界では貴方をもう一度生き返らせる事は出来ません。ですので代わりに次の生、次の世界で貴方に恩恵を与える事が可能です』
恩恵か。そう言ってもなと思う。普通に生活できれば十分だ。
強いて言えば過労死なんてならないような仕事環境であればと思う。
神殿技術者という仕事そのものにはやりがいも誇りも持っていたから。
『たとえば生きている時にやりたかった事とかはありませんか。他人の話を聞いて、自分もやってみたかったと思うような事は』
そう言えば……あるな。私は思い出した。釣りだ。
生活に余裕がある層では優雅な余暇として釣りが流行っていたのだ。
直接的に魚を捕らえるような魔法ではなく、あくまで針と糸を中心とした釣り道具によって。
はまった連中は言っていた。
釣りは知識力と思考力と観察力、そして体力の全てを使う総合的なゲームだと。
自分の知識、魚との知恵比べ、そしてかかった時に感じる手応え。そして更には美味しく食べられるなんて事まで。
そういう話を聞いて思ったのだ。
釣り、面白そうだと。
そう思って釣りの入門書を買って読んでみた。
結果ますますおもしろそうだと感じた。
しかし仕事が忙しすぎて釣りに行くなんて余裕はない。
それでも更なる本や道具を通販でそろえたりもした。
いつか行ける日を夢見て。
しかし神殿技術者としての私にはそんな優雅な余暇は無かった。
死ぬまで、ずっと。
仕事だけでも押せ押せ状態で睡眠時間さえ満足に取れていない状態だったのだ。
結果として深夜、自動祈祷装置の故障に緊急対処している間に倒れてそのまま死んでしまった。
享年31歳で。
そうだ。なら次の人生はのんびり釣りができるような人生がいい。
仕事はそこまで忙しくなく、釣りに思い切り時間と創意工夫がとれるような人生に。
口には出していない。考えただけ。
しかし女神シャルムティナにはそれで充分だったようだ。
女神は頷いて、そして口を開く。
『わかりました。それでは貴方に恩恵を授けましょう。
恩恵の内容は大きく分けて2つ。
ひとつは今までの生で貴方が身につけた神殿技術者としてのもの。手先の器用さから工作系魔法、製造・製作技能全て。
もうひとつは釣りに関するもの。貴方が望む釣りに必要な知識・技術・魔法その他一切。
更には貴方の人生についても考慮しましょう。釣りが出来る位に余裕があって、なおかつ時には神殿技術者並にやりがいを感じられるような人生になるように』
それはなかなか楽しそうだ。
どんな仕事でどんな人生となるのだろう。
『それは後でという事で。
ただそういった知識や技能、魔法を生まれた時から持っているのもバランスが悪いでしょう。ですからこれらの知識・技能・魔法については、貴方が自由に動けるようになった時に思い出せるようにします』
確かに赤ん坊がそんな知識を抱えていては生き辛いだろう。
「重ね重ねありがとうございます」
『いえ、神としてのお詫びだと思って受け取って下さい。それでは次の貴方の人生がよりよいものになりますように』
周囲が光に満ちる。
眩しくて目を開けられない。
そして……
◇◇◇
頭の中が焼けるように熱く感じる。
勿論本当に焼けている訳では無い。
何が起きたのか私、いや俺にはわかっていた。
神殿技術者時代の知識にあったのだ。
知識伝播装置で大量の知識を埋め込んだ場合、こういう反応を起こす人がいると。
そう。俺は全てを思い出した。
前世での神殿技術者時代の知識、魔法、技術を。
そしてそれ以上の何かが眠っている事にも気づいた。
おそらくそれが釣りに関する知識、魔法、技術である事も。
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