ある一幕

廃色世界

ある悲劇の一幕

ある少年の一幕

トラジディ大陸南方の大陸にある三大主国が一つ、フォーブ帝国の西方の辺境にある農村でファザーフィアは生まれた。


その村は周囲を深く鬱蒼うっそうとした森で囲まれていて、他に何もなかったが,どこか豊かで、誰一人として辛そうな顔をしていない、この戦乱の時代には珍しい村だった。


ファザーフィアもそれにもれなかった。彼には物心ついた時から親は無かったが,あまり手が掛からず、周りの村人も気にかけて世話を見たので、食うに困ることもなく豊かに少年と言える歳となるまで育ってきた。




それがファザーフィアの前に予兆を見せたのは、ある冬の雪の日だった。この時期農村では、作物が育たないため、男たちが森に狩りに行き、冬を越すための食い扶持を稼いでいた。ファザーフィアは、まだ子供だったが自分が村人に養ってもらっていると分かっていたため、せめて自分も冬の食糧集めに協力すると毎年それについて行っていた。


その日もファザーフィアは男たちの列に混ざり森を歩いていた。彼は少年だが、獲物を見つける目は大人顔負けで、最初こそ,まだ小さな彼を森に連れて行くなどといった声もあったが、今ではすっかり狩りの一行に馴染んでいた。


森に入ってしばらく経った頃、男達とファザーフィアは違和感を感じていた、森に入ってから一度も獲物どころか鳥や虫の声すら一向に聞こえないのである。


「ファザ坊、この森に入ってから何か少しでも動物の姿を見かけたか?」


「ううん、何にも見てないよ? ノルドおじさんは何か見た?」


「いや、俺も何も見ていない。他の連中も見てないといってる、やはりどうにもおかしいな 嫌な予感がする、一度みんなを集めるか」


この一行の長である、ノルドは森に入ってからずっと嫌な予感がしていた。だが、この狩は村の今後の食糧事情を左右するもので、自分の予感だけで中止には出来ないとここまでやってきた。だが、森の様子が明らかにおかしいとなれば話は別だった。念の為一行で一番目の効くファザーフィアに確認も取ったがやはり彼も何も見ていないと言った。


(今回の狩りが絶対成功しないといけないわけでもない。村にはまだ当分持つ蓄えがあったはず、やはりここは日を改めるべきだ。)


そうして一行を集めたノルドは、村に戻ることを提案した。反対するものもあるかもしれないと思ったが、皆今日の森はおかしいと感じていたのか存外スムーズに話は進み、一行は村に引き返した。


もし、ここで一行がこの異変を重大視して犠牲を払ってでも調査をする、或いはこの異変を聞いた村長等の村の上役が国または多額の金を払ってでも秘境調査隊にでも依頼すればもしかしたら悲劇を避けることができたかもしれない。


だが、それは起こらない。この村の上役はそんな傑物ではなかったし、一行も本業は農家で冬に狩りを必要に応じてするだけの言わば素人の集まりだった。唯一ノルドだけは本職から指南を受けたことがあったが、彼が教わったのは通常の狩りの仕方であり、森の非常時の判断の仕方など教わっていない。それどころかノルドの判断は確かにこの時点では最良と言えたが、後々から見れば最悪とも言えた。なぜなら彼らは自分たちがつけられていると気付かず、わざわざ自分たちの住処を教えてしまったのだから。



鬱蒼とした深い森の奥、降り積もった深雪の白を食い潰すように黒い影が走っている。黒き影の正体は漆黒の毛並みの狼だった。狼は先程まで森に入ってきた獲物達の監視をしていたが、その途中でより多くの餌のある場所がわかったため、群れに報告するために走っていた。


黒き影は森を更に駆け、やがて最奥辺りにある群れの棲家にたどり着く。一匹のもたらした情報は瞬く間に群れに共有された。そうして惨劇の条件は深く静かな森の最奥で整った。深雪で白き地が幾つの赤で染まるのか、それはきっとまだ誰も知らない。ただ冬の森が一層冷たい獣の殺意で溢れ始めた。




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