第37話 騙くらかすのは甘くない!?


「と、東京……?」


 返しつつ瞬きが止まらない。え、え? とと、東京? てっきりこの近所につくるんだと思い込んでいた。たぶん、全員が。


 お父さんはみんなのリアクションに満足したように、ふん、と鼻を鳴らして言う。


「誰が二号店をこの近くにつくるっつったよ?」


 私は目をパチクリ。ガトーさんは呆然と。翔斗は眉間にシワを寄せていた。


「うちの二号店は天下の『稲塚ガトーの店』だよ。出すなら東京に決まってんでしょ」


 どきん。と胸が鳴った。


「つまり俺にやらせる気はないってこと?」


 翔斗が噛み付くと即座に「ない」と斬った。


「なんで」

「最初から言ってる。跡継ぎの話はいちごが先だ」


 バチ、と見つめ合うこの二人を見るのは久々だった。張り詰めたこの空気も。


「出てけって言うのかよ」


 するとお父さんは「は」と笑う。「成長してないね」と。


 翔斗は再び眉間にシワを寄せた。


「二号店で働きたいならいちごに頼んで雇ってもらえよ。どうしてもここの本店がやりたいってんなら俺が死んでから勝手にしろ」


 言いつつ翔斗の真正面に立つ。う。同じくらいの身長のはずだけどやっぱりお父さんの方が大きく見える。


「……なに」

「カネがないなら真面目に働け」


 途端に翔斗の目が見開かれてみるみる顔が赤くなった。え、どういうこと?


 お父さんはそのまま「は。なにが親孝行」と少し笑ってから「くっだらねー」と真顔で吐き捨てて部屋を出ていった。


 残された翔斗は少しの間そのまま呆然と立ち尽くしていたけど、やがて「はーあ」と大きくため息をついてどっかりとそばのソファーに腰を落とした。


「……ほんと嫌いだ、あのジジイ」


「翔斗くん」

 ガトーさんがゆっくりとそばに座る。私も続いた。


「実家を継ぐ……。たしかにいちばん手っ取り早いね。開業資金もいらない、好きに仕事もできる。その上面倒な人間関係の心配もさほどなし。こんな好条件はほかにない」


「……わかってたんすか」

「なんとなくね」


 つまり翔斗は、外国で好き放題してお金がなくなって帰国。開業できるほどの知識や技術は身に付いていたものの、資金がない。それで目を付けたのがお父さんのお店だった。だから突然跡継ぎをやるなんて言い出したんだ。


「あんた、お父さんと気が合わない自覚あるんでしょう? なんでよそのお店でこつこつ働こうと思わなかったの」


 私が訊ねると「だってさ」と子どもっぽくむくれた。


「どこもレベル低いんだもんね。ほかで働いてもストレス溜まるだけだな、って」


 く。そうそう、この子はこういう性格だった。


 するとガトーさんが微笑んで「翔斗くん」と呼んだ。


「いちごちゃんと二号店をやってみなよ」


「……は?」


 私も一緒に驚いてガトーさんを見た。


「たくさん知識を得て実力を付けたキミに、足りないものをいちごちゃんは持ってる。逆もまた然り。キミたち姉弟きょうだいは力を合わせるべきだと僕は思うな」


「いや、それは無理だってさっき──」


「これはキミが義弟だからではなく、これまでオーナーシェフとしていろんな人を見てきたから思うことだよ」


 翔斗はなにか言おうとしたようだったけど結局黙った。


「僕も働くつもりではいるけど、先に言った通り毎日いることは難しい。となればほかに、少なくとも販売員には居てもらいたいわけだ」


 そうして改めて、翔斗の目を見つめた。


「ただ、ひとつ覚えておいてほしい。僕たちが作りたいのは〈日本一の店〉じゃない。キミたちのお父さんの、ここの信念を受け継いだ〈シャンティ・ポム 2号店〉だよ」


 翔斗は少し思案するような顔をして、やがて「考えます」と言って部屋を出ていった。


「大丈夫かな……」

 閉められたドアを心配して眺めていると、「大丈夫だよ」とガトーさんが微笑んだ。


「必ず、来てくれると思う」




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