高慢に振る舞う姉をもつ、ほどほどの妹の独白。
相有 枝緖
それでも、妹はちゃっかりする。
社交界での評価は、非常に美しいが高慢な姉ヴァランティーヌと、ほどほどに可愛いほどほどの妹リリアーヌ。デュクロ伯爵家の薔薇とクローバー、といつだか聞こえたが、言い得て妙だと思う。
ヴァランティーヌには美しさに寄ってくる男性がいて、パーティでは適当に侍らせていた。
リリアーヌは基本的に壁の花なので、ひらひらと会場を賑やかす令嬢たちや彼女たちを追う令息たちをいつも遠くから見物していた。
小さい頃は赤っぽい近い金髪も緑の目も同じ色合いでよく似ていると言われたが、成長するに従って姉の方は金髪がプラチナブロンドに、緑の目には黄色の星が散ったように変わった。
髪色も相まって、姉は妖精のようだと言われるようになった。
対して自分の色味はそのまま。髪色は少し珍しいものの、金髪は貴族によくある色なので、普通の令嬢だ。
そして細く華奢なのに女性らしい凹凸のある姉に対して、妹の自分はすくすく成長し、背を追い越してスレンダーに育った。最近は特に、顔つきもあってか姉妹が逆だと思われることが増えた。
そうして、姉はますます妖精と称されるようになった。
デュクロ伯爵家は交易の経路ということもあって割と裕福である。子どもは姉妹しかいないが、婿の希望者は少なくないので問題ない。
姉妹ともに領主教育を施されたところ、姉も自分もへこたれずについていった。
どちらかというと、姉の方が優秀だった。そして、姉は自分の容姿と成績を鼻にかけるようになった。
はじめこそ「姉様、すごいです!」と素直に持ち上げていたが、それが当然とばかりに何度も同じことで自慢するものだから、感心は呆れに変わってしまった。
「まぁ。それくらい一度読めば覚えられるでしょう?だって書いてあるとおりなんですもの」
ニッコリと言い切る姉の目には、明らかにリリアーヌを見下す色が乗っている。
自分自慢をしながら相手だけにわかるよう落とすのが、いつもの姉のやり方だ。
一度で覚えるのがヴァランティーヌで、何度も繰り返して理解するのがリリアーヌだった。結果は同じでも、過程が違う。
ドレスについても、リリアーヌはよく姉にダメ出しをされていた。
「あら、だめよ!そんな渋い色。リリアーヌが着ると、おばさんっぽくなってしまうわ。私ならデザインを工夫して年相応に着られるけれど、背の高い貴女には無理よ。そうねぇ、同じ濃い色ならこちらよ。だから、この布は私がドレスにするわね」
それがまた的を射ているものだから、ちくりと傷つきつつも従うほかなかった。
アクセサリーも、リリアーヌが可愛いと選んだデザインのものは取り上げられた。
「この宝石じゃあ、貴女の肌に合わずにくすんでしまうわよ。瞳の色に合わせるか、全く別の宝石にしなさいな。はっきりした色のほうが合うでしょうから、このクンツァイトのネックレスは私がいただくわね。いいこと?好きなデザインと似合うデザインが一致するとは限らないのよ。ちゃんと見極めなさい」
その通りなのだが、それでもその華奢な鎖のネックレスは自分が欲しかったのだ。
この間のパーティでも、別のご令嬢に向かって
「あら、そのイヤリング、お気に入りなんですのね?いつも身につけていらっしゃいますもの。私はいつも多すぎて選べなくて。結局、ドレスの色に合わせたものの中からメイドに選んでもらうんですのよ」
と言ってのけていた。
要するに、相手が数を持っていないことを強調したうえで、自分のジュエリーの多さを自慢しているのだ。しかも毎回のように別のものを使っている。
相手のご令嬢は、素敵ですねと言いながら頬をひくつかせていた。
あるときは、パーティで言い寄ってきた男性をこき下ろしていた。
「まぁ。男爵家の次男でいらっしゃるの。それで?宰相補佐でもなさってるの?いやだわ、役職なしの事務官なの?それはダメよ。私は伯爵家の跡取り教育を済ませているのよ?公爵家に嫁いだってやっていけるわ。それなのに準貴族ですらないなんて、私が嫁いだところで宝の持ち腐れじゃないの」
それをまた、会場で言ってのけたものだから始末が悪い。実際のところ、身分差的には伯爵家と男爵家出身の平民予定ではかなりの身分違いとなる。しかし、公の場でこき下ろしたものだから、姉の評判はさらに落ちた。
ちょうど結婚できる年頃の王子もいるのだが、王子妃まで言わないあたりが非常に現実的だ。その事実を突きつけるような言い回しがまた、非常に高慢に映った。
今までは男爵家から同じ伯爵家くらいの男性までもが寄ってきていたのたが、今では遠巻きにされてしまっている。
それをまた、姉はポジティブに受け取っていた。
「美しく賢すぎる私に、皆気後れしているのね!」
そうして、高慢な振る舞いを改めようとはしなかった。
◇◆◇◆◇◆
ある日、唐突にリリアーヌ宛に求婚の許可を求める手紙が来た。
驚いたことに、公爵家の嫡男で、今もっとも結婚したい男性として社交界を賑わせている人である。
シメオン・ド・リールと名乗った彼は、艷やかな黒髪に涼し気な紫の瞳を持つ、美丈夫であった。
リリアーヌの目には眩しすぎるし、そこそこ裕福なはずの我が家の応接室が何だか質素に見える。
場違い感が半端なかった。
お茶を出し、扉を開けたまま簡単に挨拶して歓談することしばし。
話すのも上手いシメオンに感心していたが、リリアーヌ的には本題の質問を投げる機会を待っていた。
「ド・リール様。どうして突然、身分的にはギリギリ可能ですが、よりによってデュクロ伯爵家の、それも私にお話を持ってこられたのですか?」
侯爵家にも適齢期の女性はいるし、伯爵家の中でももっと格式の高い家はある。
過去に接点はないはずだし、パーティで口を聞いた覚えすらない。
謎すぎて、シメオンからの求婚は冗談にしか思えなかった。
「あぁ、リリアーヌ嬢は覚えていらっしゃらないかもしれないですね。あれはそう、私が8歳の頃ですから、ちょうど10年前です。王城で、王子殿下と交流を深めるため、という名目で子どもたちを集めたお茶会が開かれました。そこで、私は王子殿下と親しくなれました。そのおかげもあって、現在も側近として、また友として仕えているのです」
「そうなんですね。10年前だと、私は7歳です」
「それくらいでしょうね。そして、お恥ずかしい話なのですが、実は私はお手洗いに言った後、お茶会場に戻れず迷子になってしまったんです」
「はぁ」
ふと、記憶になにか引っかかった。
「うっかり警備の者の視界からも外れてしまったんでしょうね。まったく知らない場所にたどり着いてしまい、当時8歳である程度教育を受けていたとはいえ、誰とも出会えず心細くて泣きそうになっていたところに貴女がいらっしゃった」
「……」
リリアーヌは、ぱちくりと瞬きした。
「『王子様みたいなのに、泣くなんておかしいわ』といったことを言われた覚えがあります。とっても可愛い女の子にそう言われて、慌てて涙を拭ったんでしたっけ」
「あぁ、はい」
「その後、『私は道を覚えているから、連れて行ってさしあげるわ』と言いながら、私の手をひいて一緒に歩いてくれました。あのときに見た、柔らかな赤い金髪が、小さいのに頼もしい背中が忘れられませんでした。でも、私はあのあとすぐに隣国へ留学してしまって」
「はい、伺ったことがあります」
ド・リール公爵家は、主に外交を担っているため、子息には留学して学ばせる方式をとっているらしい。
「最近帰ってきて、何度かパーティに出たときに貴女を見かけたんです。そして、はっきりと思い出しました。貴女こそ、私の運命の人だ」
照れたように笑うシメオンは、少し気弱そうだが誠実そうな印象を受けた。
公爵家の嫡男が、成人を迎えてやっと留学から帰ったという噂は、今季の一大ニュースの一つである。そして、誰がその婚約者におさまるのかという賭けも行われているらしい。
今の所、ベジャール侯爵家の令嬢が一番可能性があると噂で聞いた。そこに、リリアーヌの名前などかすってもいない。
リリアーヌは、その記憶を思い出した。
「あの、」
「なんだい?」
ニコニコと嬉しそうなシメオンに、リリアーヌはなんとも言えない表情を返した。
「あの、それ、姉ですね」
「えっ?」
聞き覚えのある話だったのだ。
王城でのお茶会に招待されたものの、リリアーヌは前日から熱を出してしまった。だから、お茶会には姉と母だけが行った。
お茶会から帰った姉は、お見舞いと称してお茶会の様子を自慢した。熱でしんどい状態なのに、ヴァランティーヌは非常に嬉しそうに語ってくれたのだ。
とても惨めな気分になったので、よく覚えている。
「とっても素敵な本物の王子様と少しだけお話できたのよ。お菓子も見たことのないものがたくさんあって、どれも美味しかったわ。こんなときに風邪をひくなんて、リリアーヌは本当に可哀そう。あ、そうそう。私、迷子の男の子を助けてあげたのよ。彼、お茶会の王子様よりもずっと王子様っぽいきれいな顔と素敵な黒髪だったわ。なのに、あんなに泣き虫では王子様には程遠いわね。あれじゃあ、王子様じゃなくて守られるお姫様みたい。すっごく素敵な王子様がいたと思ったのに、がっかりよ」
当時はまだ9歳だったはずだが、現在と変わらずキツイ表現で言い放ったものだ。
「っそんなっ……?!」
シメオンは、驚きにソファから立ち上がり、その後ゆっくりと座り込んだ。
「かっ、髪色が違う」
「えぇ、昔の姉と私は、今の私とまったく同じ色でよく似ていたんです。姉は、成長とともに色が変わっていきました」
「う、嘘だ……あの高慢令嬢が、私の初恋の君だっていうのか……?」
はいそうです、という言葉は、なんだかシメオンが可哀想になったので飲み込んでおいた。
しかし、リリアーヌはなんとなくピンとくるものがあった。
叱られた女の子が初恋なのだ。素質があるに違いない。
そこで、この顔合わせに乱入しようとして私室に軟禁されていた姉を開放するようメイドに伝えた。
程なくして、ヴァランティーヌが応接室にやってきた。
「リリアーヌ!お客様ですって?」
何かの使命感に駆られた姉を自分の隣りに座らせ、そして説明した。
「お姉さま、10年ほど前の王子殿下とのお茶会、覚えていらして?」
「えぇ、もちろんよ。お話させていただいたもの」
「あのとき、黒髪の王子様を助けたでしょう?」
「あぁ、そういえばいたわね。でも彼は、王子様っていうより守られるお姫様よ」
目の前に座るシメオンに、その言葉が突き刺さった。
「そのお姫様が、助けてくれた王子様みたいな女性に求婚に来たんですって」
リリアーヌの説明で、ヴァランティーヌはすぐに理解した。
「なんて詰めの甘い方なのかしら!あのとき誰が参加していたかなんて、ちょっと調べれば分かることでしょう?いつだかお会いしたとき、私にお聞きになっても良かったんですわ。確認もなしに求婚して相手を間違えていた、なんて失礼でしてよ」
「いや、リリアーヌ嬢を見て『やっと見つけた』と思ったんだ」
「それでも、先走りすぎですわ。貴方が内密に話を持ってくることもされなかったおかげで、巷ではド・リール公爵家からデュクロ伯爵家への求婚話はもう広がっていますのよ?すでに今朝、私の友人や知人から5通も確認の手紙を受け取ったんですもの」
「そ、そうなのか?」
リリアーヌも知らなかった。高慢な振る舞いをしているのだが、姉の交友関係は意外と広い。
「しばらく留学されていた分、こちらのことは少し疎くていらっしゃるのかもしれませんね。隣国では割と本人同士で結婚の話を進めることが多いようですが、我が国ではまだ基本的には親を通すのが筋ですのよ」
「あぁ、そういえばこちらの文化を改めて見直すつもりだったんだ」
「それがよろしいでしょうね。差し支えなければ、私がご教授差し上げてもよろしくてよ」
「え?あ、いやまぁ、それは自分で教師を探すから」
「さようですか?では、良さそうな教師を後で一覧にしてお渡ししましょう。ところで、すぐにお決めになった方が良いですわ」
ヴァランティーヌは突然話題を変えた。
シメオンは何のことか分からずに眉を下げたし、リリアーヌも唐突すぎて首をかしげた。
「お姉さま、何をお決めになるんですか?」
「あら、私かリリアーヌ、どちらを娶るかをお決めいただかなくてはいけないってことよ」
「え?いや、今回は間違ってしまったし、その、そういうつもりは」
「まぁ!それでは、我が家は期待はずれだったと評価されろとおっしゃるんですのね?会ってみたら違ったと求婚を取り下げられたなんて、婚約破棄よりも酷い醜聞ですことよ」
それを聞いて、シメオンも理解したのか顔を青くした。
姉の言葉を理解してうなずくリリアーヌをちらりと見るので、リリアーヌは先手を打った。
「私、できればデュクロ伯爵家を継ぎたいんです。交易に興味があるものですから。それに、公爵家は荷が重すぎます。姉の方が、きっとド・リール公爵家でやっていけますし、ド・リール様のサポートもしっかりやってのけますわ」
「そうなんだね。いや、でも、……そうか」
「私でしたら、覚悟を決めて嫁ぎましてよ」
退路を絶たれたシメオンは、結局姉に求婚しなおすことになった。
なんやかんやあったが、相性がいいらしくヴァランティーヌがシメオンをがっつり尻に敷く形でのおしどり夫婦になった。
あまりきつく言うとシメオンがきれいな顔をへにょりと歪めて涙ぐむもので、さすがのヴァランティーヌも良心の呵責がどうにかなったらしく、結婚してから姉の物言いが柔らかくなった。
とても良い変貌だ。
シメオン自身は、きつい言い方だが事実を並べるヴァランティーヌを良い方に評価していたし、なんなら自分の足りないところを補ってくれると褒めてもいた。
キツイ物言いも実はちょっといいらしい。
「ドSとドMの相手なんかしてられませんわ」
姉と義兄が並ぶのを遠くから見て、ない汗をぬぐうリリアーヌであった。
◆◇◆◇◆◇ おまけSS:姉の対応が変わった裏側の話 ◆◇◆◇◆◇
「シメオン様。バルべ子爵様との取引、うまくまとめられてようございました」
とあるパーティ会場で、ド・リール次期公爵夫妻がシャンパンを片手に休憩していた。
「うん。ヴァランティーヌのおかげですんなりまとまったよ」
「シメオン様は相手のことを考慮しすぎです。もちろん配慮は必要ですが、公爵家としての立場もあるんですから」
へにょりと笑うシメオンを、くどくど叱りつけるヴァランティーヌという図式は、こういったパーティではしばしば見受けられるものだった。
「ねぇヴァランティーヌ」
「なんですか?」
不満そうな表情で、シメオンはヴァランティーヌを伴ってテラスへと出た。他の人は見当たらない。
「そうやってキツく言うのは、君にとって好ましい人だからだよね?なんだかんだ、聞き入れる人は懐にいれるんだから。そうして交友関係も広がってるし」
「え?いえ、意識しては」
「そうなんだよ。義妹さんも、ご友人も。だから」
シメオンは、ヴァランティーヌを月明かりから隠すように抱き込んだ。
「ヴァランティーヌ。厳しい物言いは、僕だけにして?他の人がヴァランティーヌの思考を占めるなんて嫌なんだ」
ヴァランティーヌは、息を呑んだ。シメオンの紫色の宝石のような瞳が、月の影でどろりと淀んだように見えたからだ。
ゆっくり瞬きしたあと、にっこり微笑んだときには、その淀みは消えていたので、きっと気のせいだとヴァランティーヌは自分に言い聞かせた。
「で、ですが、私は特に意識してはいなくて」
「ねぇヴァランティーヌ。僕だけにして?」
覗き込んだ紫が、今度はしっかり淀んだ。
「……っ、わ!わかりましたわ。わかりましたから、離してくださいまし」
「約束だよ?」
そう言って、シメオンは新妻の唇を深く奪った。
どうやら、奪ったつもりが捕まったのはヴァランティーヌのようである。
後日、そのやり取りを姉から聞かされたリリアーヌは「ドMで執着強めとか属性がややこしいですわ」と呆れたとか。
高慢に振る舞う姉をもつ、ほどほどの妹の独白。 相有 枝緖 @aiu_ewo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます