46:ダチョウとアンデッド




「よっ、ほっ!」



噴式、空気を固め足場とする動作を繰り返しながら大空へと羽ばたく。


私たちダチョウの体はそもそも陸上専用のもの。体重とか見た目の割にクソ重いし、翼もその体重を支えられるだけの揚力を得るには小さすぎる。ギリギリ高いところから飛び降りてグライダーができなくもないかもしれない、ってレベルのサイズ。つまりダチョウに空を飛ぶのは不可能と思われてたんだけど……、やっぱり人間社会。試行錯誤の後に生み出された技術ってのはそれを可能にしてくれるらしい。


そんなわけでこの赤騎士ちゃんに教えてもらった(正確には見て盗んだ)、この『噴式』って技術は本当に便利だ。



(お礼ちゃんと言えたら良かったんだけど、結局苦手意識を持たれたままお別れになっちゃったよねぇ。)



まぁヒード王国と彼女が所属するナガン王国が同盟関係にある限り、また会う機会はあるか、と考えながら戦場を俯瞰する。


正確な数は解らないけれど、おそらく先日見た獣王率いる侵攻軍と同じくらいの数。30000そこらのアンデッドが一塊に成りながら、獣王国の町に向かって動いている。アンデッドは生者をそちら側へと引き込み仲間を増やすためにより多くの生き物がいる方に動く、なんて話があるらしいけどマジでそんな感じだな……。全身ぐちょぐちょに腐ってて気持ちわる。



「軽く見た感じ、"盗人"こと相手の頭の姿は見えないね。」



ダチョウの視力でざっと眺めてみたが、あまり強そうな奴は見受けられない。軍師から受け取った情報通り、準特記戦力程度のアンデッドが複数見えるだけ。それ以外は簡単に消し飛ばせそうな雑魚ばっかり。獣王の姿も見えないし、それを操る術者的な存在もない。また魔法で隠蔽とかしてるかもしれないから確証はないけれど、この場に私が警戒するような敵はいないように思える。


……にしても"死霊術師"。ネクロマンサーだっけ? どんな奴なのだろうか。軍師の話によるとまぁ二種類の可能性があるみたいでね、私や獣王みたいな魔法使いだけど、死霊魔法っていうの? そういうアンデッドを操るタイプの魔法に特化している生者の場合。そしてもう一つの可能性が、既に死んでアンデッドになった奴が高度な知性を手に入れて暴れている場合。リッチとかそういうのね? この二つが考えられるらしい。



(獣王を倒して、子供たちの様子を見に行ったあの僅かな時間。その間に獣王やら獣王国兵やらの死体を持って行ったわけだから……。)



どちらにしても結構な実力者であることが見受けられる。


軍師の持つ情報には、死者を操る特記戦力及び準特記戦力の情報はない。この世界において強者の情報と言うのは噂よりも早く広く広まるもののため、強さを持ちながら無名であることはそうそうない、ってコトらしいが……。まぁ私みたいな例外、高原からやってきたが故にこれまで無名だった存在がいるわけだし、同じような存在がいないとは言い切れない。ヤバい奴が隠れていてもまぁおかしな話ではないよね~。



(軍師も言ってたけど、バレないようにする方法はいくらでもある。)



早い話。自分を見た存在を全員殺してアンデッド化して服従させてしまえば情報は伝わらない、しかも行方不明者が出て問題になったとしても野良のアンデッドモンスターがやった、と言う風に騙すこともできる。……まぁ軍師のことだからそんな色んな要素含めて調査とかしてるんだろうけどね。あいつ確実に頭の作り私たちと違うタイプの人間だし。



「まぁいい。私は私のするべきこと、したいことをしよう。」



私がすべきこと、まずはこの戦場にいる厄介なのを消し飛ばす作業だ。まぁこれは簡単で、出力を上げた魔力砲を斉射すればすぐに終わる。早速始めて行こう。常に体内で循環させている魔力をより高速で回し、同時に外部へと放出。体内から外れた魔力を複数に小分けして固め、圧縮を行う。


狙いはなんかツギハギの気持ち悪いアンデッドたち、おそらく獣王国の将軍だったであろう化け物。消し飛ばしちゃうのは可哀想だけど、なんか違う人間のパーツとかを無理矢理つなぎ合わせた感じ、しかもただの糸じゃなくて腸とか生々しいもので結んでてとても気持ち悪い。生き恥とかそう言うレベルじゃないし、殺してあげた方が元の持ち主にとっていい気がする。


というわけで気にせず行こう。




「……『魔力砲』。」




瞬間、視界が白で埋め尽くされる。未だ魔力操作の練度はそこそこ、どんな魔法を使ったとしてもサイズが大魔王レベルになっちゃうんだけど、『魔力砲』は別。獣王みたいに洗練された技ではないけれど、仕組みは単純。おかげさまでこうやってぶっ放すだけでなんとかなってしまう。何も考えなくていいから楽だよね~。


放たれた白い熱線は確実にアンデッド化した獣王国将軍、長いからアンデッド将を消し飛ばし、地面を抉っていく。周りにいたノーマルアンデッドも巻き添えを喰らい、大体合計で2000ぐらいが消し飛んでしまった。うんうん、撃ち漏らしもないね。完璧ないい仕事だレイスちゃん、自分に花丸あげちゃう。


さて、あとは烏合の衆になったわけだけど……。



(こないな。)



相手から見やすいように空に上がって、魔力を見せびらかすように練り上げ、発射する。こうまでしたら相手の大将もそれ相応の動きをすると思っていたんだけど……、特にそう言うのは全くない。アンデッド化した獣王をけしかけて来ることも、空中戦が可能なアンデッドを送ることも、そして逃げ出そうとする動きもない。ただ絶えず、町の方に向かって動くのみ。


もしかしたらマジでこの場にいない感じなのかも。……まぁいいか、捜索は軍師に任せている。アイツなら『見つけられませんでした』みたいなことはないだろう、ここで死ぬか、別の場所で死ぬか。早いか遅いか程度の違いだ。結果は変わらない。


とりあえず危険は排除できたことだし、デレにバトンタッチだ。




私のやりたいこと、それはデレに経験を積ませ成功体験をしてもらうことだ。



(ガス抜きをしながら、彼女を全力で褒めることのできる結果を挙げさせる。)



私がルチヤ、幼女王を身内に引き入れた選択は間違っていないと言える。あの時はアレが正解だと思っていたし、もし私があの子を突き放していたら最悪の事態が待っていただろう。故にあの子を引き入れたわけだが……、まぁウチの子にとっては面白い話ではない。そのあたりは子供たちの反応を見て重々承知している。思いっきり拗ねちゃった子がいて大変だったよ。


その中でも酷かったのはデレで、それはもうルチヤに嫉妬していた。暴力を振るわなかった点に関してはもう全身がもみくちゃになるぐらいに褒めてやりたいのだが、多分デレはそれじゃ満足できないだろう。多分彼女にとってその我慢は"当たり前のもの"に成りかけている。一度思いっきり褒めてやったのだが、喜びはすれど未だ何か燻っているような感じが見受けられた。


昔よりも大分成長した彼女は、褒められるのに理由を欲している。ただ単純に褒められるのだけではなく、その過程もちゃんと見ているのだ。



「ただ褒められたり、いい子いい子してあげるだけでは100。これまでは100が上限だったけど、賢くなって感情の幅も広がった。それ故に自分が頑張った経験、成功したという体験を追加して褒められることで、ようやく上限の200に到達する。みたいな感じかな。」



感覚にはなってしまうが、デレはそれを望んでいるように見えた。


子供が望んでいるのならば私は全力で応援する。そして運のいいことに彼女が選んだ"体験"は群れの指揮。私の負担を減らしてくれるものだった。こりゃもうね、頑張って場を整えなきゃいけないでしょ。運よくそこにアンデッド討伐が流れ込んできて、そしてさらにいいことにデレとルチヤの距離を離すことが出来る場所まで行かなければならない。


ルチヤには悪いけれど、精神年齢を比べればデレの方が幼いし、嫉妬深い。ここでガス抜きさせておかないと悪い方向に進んでしまうかもしれない。



(だからって言うわけではないけれど……、頑張れ。サポートも応援も目一杯してあげるからね。もちろん終わった後も。)





「デレー! 準備ー!」


「はーい!」



そんなことを考えながら、下でずっと私のことを見てたデレにそう声を掛ける。すでに指揮権の移譲は完了済み、さっきまで上にいる私を見ながらパタパタと自分も翼を羽ばたかせていた子供たちが、デレの声によって意識を戦場へと向けていく。やはりまだ300全員を指揮下に入れることは難しいようで、三割ぐらいが違う方向を向いたり私の方をじ~っと見ている子がいるが、それは後で私が対処しよう。


何かあった時のために、デレの背中にはいつも通りアメリアさんが騎乗している。デレのサポート以外にも色々お願いしているし、私も後ろから援護する。


さ、デレや。思う存分経験を積みなさいな。












 ◇◆◇◆◇










「…………んぁ?」



真っ黒な部屋の中で、一人の女がまどろみから覚める。


彼女が感じたのは、自身の中で何かが減ったような感覚。これまでの経験から考えるに、これは自身の操るアンデッドが減ったことを意味していた。単純に考えれば悪い知らせではあるが、彼女にとっては自身の計画がまた一歩進んだことを示す合図。思わず口角を上げながら、ゆっくりと寝台から降りる。



「灯りと服を、お願いしますねぇ。」



素肌を晒しながら、傍に控えていたアンデッドの一体にそう指示を出す。大きな体を持つ獣人の死者は恭しく礼をした後、行動を開始した。


死霊術師にとって、自身の所有下にあるアンデッドの減少は決して悪いことではない。彼女たちにとって死体はただの媒介でしかなく、その本質は生物が死すときに発する純粋な負の力。それをやり繰りすることによって死体を強化し、アンデッドへと変え、術者の望む未来を選択していくのだ。



「まぁ、いい死体があるに越したことはないですけどぉ。」



そもそもアンデッドというものは、死者を媒介に新たな魔法生物として生成し直すものである。死という純粋かつ強力な負の力を宿す死体、それを媒介とするため術者本人の魔力はそこまで大きくなくても良い。必要なのは復活させるのに必要な小さな火種、魔力だけ。それを起点にし、強力な負の力を燃やし続ける。死んでいるが、生きている。その矛盾した状態が延々に動き続けるアンデッドの動力となるのだ。


そして一度死んだアンデッドがもう一度死んだとき、その瞬間発せられる負の力は一度目よりも更に大きくなる。せっかく生き返ったのに殺されてしまう、そんな肉体の無念の思いが強い発露となって現れるのだ。そしてその更に大きく発露したエネルギーを活用し、より強固な化け物を生成する。死霊術師の常套手段だ。



「ま、見た目が悪いですしぃ。研究者も基本知識を独占します。私たちからすれば基本の"き"ですが、もしかしたら一般の人からすれば全く知らない情報かもしれませんねぇ~。」



彼女は楽しそうに、自身の知識を何も知らぬ民に見せつける様に、大きく笑いながらもう一度寝台へと体重を預ける。


彼女がこうしているうちにも次々と配下のアンデッドとのパスが消えていく。だがそれでいい。そもそもあそこにおいてあるアンデッドたちは、彼女にとって不用品。30000も集まっている上に自動的に生者を回収して増えてくれるのだ。運よく負の感情がかみ合ってより強大なアンデッドにでも進化してくれれば御の字。そんなレベルでしかなかった。


なにせあそこに放置しているアンデッドは、要らない部品の寄せ集めである。獣王国の死した将軍たちから使える部品、または優良な部品を採取し、一つの体へと組み上げていく。出来上がったのは優秀な兵士たちと、余ってしまった残骸。彼女は人間社会における倫理を持ち得ていないが、余ったものをただ捨てることは良しとしなかった。


その結果、完成したのがアレ。無理矢理人間の形に押し込めたものだ。



「やっぱりぃ、素材は大事に使わないと、ですからねぇ。」



不用品の寄せ集め、そして素材にすらならないただの労働力である獣王国の兵士。要らなくなったものを次の布石のために放置する。あとは勝手に獣王国やヒード王国、運が良ければナガン王国の人間が処理しに来てくれる。本来なら自分で処理するのが製作者の務めなのかもしれないが、勘違いした国の人たちが勝手にお掃除してくれる。こんなにらくちんなことはないだろう。



「それにぃ、キャパシティってのもありますからねぇ。整理整頓、不用品は廃棄。大事ですねぇ。」


「オマタセイタシマシタ。」


「おぉ、ありがとうですぅ。」



そんな風にアンデッドが減る様子を楽しく感じていると、先ほど命じた獣人の一体が彼女の服を持って来ていた。真っ黒な黒のローブ。獣王の死体を漁っていた女のものと、同じもの。


彼女はローブだけを受け取り、軽く羽織りながら寝台から降りる。この場所には彼女以外生者はいない、羞恥など感じる必要はなかった。



「ん~、でも。ちょっと思ったより消されるスピードが早いかもぉ。あんまり被害が出ずに討伐されちゃうのも面白くないですし……、ちょっとだけテコ入れしましょうか。うんうん、いい考ぇ~。」



そう言いながら、強くアンデッドとのパスを意識し、魔力を送り込む。送った対象は、なんでもない獣王国兵の死体。あのダチョウに蹴られれば腐肉をまき散らし、火に焼かれれば焼失、聖の魔法に触れれば存在ごとなかったかのようにされてしまう弱い個体。けれど、いやだからこそいい。アンデッドがもう一度死ぬことで発生する強い負の力を利用するのだから。



「30000ものアンデッドの群れ。それが一斉に死した時に集まる負の力。この眼で見れないのは少々残念ですが……、確実に特記戦力クラス。それも上位に届く……、は言い過ぎですかぁ。良くて中位ぐらいですかねぇ。」



そんな考えを浮かべながら、彼女は作業を終わらせる。後は放っておくだけ。


おそらくこの処理速度からして特記戦力級の相手がいることは確かだろう、それこそダチョウだったり、レイスだったり、軍師だったり。あの地で生まれるであろうアンデッドではおそらく相打ちすら難しい相手達。けれどその場にある程度押さえつけられれば、それでいい。



「あ、そうそう。確認だけしときませんと。"軍師"くんと頭脳戦なんか、ただの自殺行為ですからねぇ。」



彼女は体の中のパスの一つを強く意識し、獣王国に集まるアンデッドたちの一体と視界を共有する。その瞬間彼女の網膜に映るのは、消し飛ばされていく"ペット"たちの様子。すぐさま視界を共有したアンデッドも破壊されてしまうが……、その一瞬のうちに必要な情報は手に入れることが出来た。



「う~ん、いいですねぇ。ちゃ~んとヒードの軍旗がありました。それに軍師の姿も。うんうん、動くのには絶好の機会です。さっそくやりましょ。」



そう言った死霊術師は、配下のアンデッドたちを引き連れゆっくりと歩き始める。


彼女が求める強きアンデッドを作るには、二通り。特記戦力のようなとびきり強き者の死体か、国丸ごとアンデッドの材料にしてしまうかの二択。けれどどちらもそうそう手に入る機会はない。戦乱の世と言えども特記戦力は死ににくく、死んだとしても碌な死体が残っていないことが多い。そして国が消滅するような事件も彼女が生まれた後はそうそう起きなかった。



「ならば、起こしてしまえばいい。かぁんたんな、話ですよねぇ。」



死者を従えながら、彼女は巨大な魔法陣を起動する。転移の魔法陣だ。


一人の転移ならまだしも、彼女のように複数人。それも数多くの人間を運ぼうとすれば、起動するだけでも数百人の魔法使いを必要とする。しかしながら彼女は死霊術師。必要な魔力をアンデッドに担保させ、起動後にその全てを捧げさせることで転移を可能とする。生贄になってしまうアンデッドたちはその後灰となり消え去ってしまうだろうが、それでいい。



行先は、ナガン王国。



死霊術師に掛かれば、情報戦に長けたあの王国であれど丸裸。常人であればあるほど、屋内を走り回る鼠が生きていようが死んでいようが気にしない。屋根に止まる鳥が何をしようとも、気に掛ける存在などいない。


かの国の情報、そして特記戦力たる軍師の弱点はすでに見抜いている。


ナガン王国を利用し、この大陸で大戦争を引き起こす。


そして死した者たちを次々アンデッドへ変えていき、最強へと至る。



「楽しみ、ですねぇ。」





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