41:ダチョウは帰る





「アンデッド、ねぇ?」



デレが奏でる歌を聞きながら、つい呟いてしまう。


獣王国との講和が成った後、私たちがあの町にいる意味が無くなったため現在撤退中だ。私たちダチョウと、マティルデ率いるプラークの兵士たち、そして軍師率いるナガン兵。みんな揃って仲良くお家に帰りましょう、ってワケ。一回王都によって色々と報告を済ませた後、軍師たちはそのままナガンへ、私とマティルデがプラークへと向かう感じ。


正直ウチの子、ダチョウたちはどこでも生活することが出来る。高原でもなんやかんや生き延びることが出来たんだ、比較的安全なこの地域で私たちに勝てる存在ってのは特記戦力以外いないだろう。日々の"ごはん"さえあればどこでも生きていける。暴論にはなるけれど、つまり私たちのいるところがダチョウたちのお家ってワケ。


……けどやっぱりさ? ある程度慣れていて、なおかつごはんも用意してくれる場所。そんなプラークって言う場所があればそっちに住もうと思うのが普通。



(マティルデが領主みたいなもんだし、色々取り計らってくれる。町の人たちも理解ある人が多いし、過ごしやすいのよね。)



獣王国との会談の時。私同様すごく重々しい顔をしていた彼女、けれど確実に頭の中が『?』で埋め尽くされていた彼女。自己申告通り本当に外交関係についてはチンプンカンプンだったようで、なんかこう、ちょっとかわいそうな感じだった。私と一緒に軍師のイエスマンやってる感じだったもんねぇ。



(幸い、獣王国側には全くバレていない。むしろその表情から無茶苦茶恐れを抱かれてたみたいだけど。)



彼女の本業は騎士であり、同時に内政屋だ。プラークの守護を任されてから仕事を覚え始めたようだが、町の人間の声を聴き、一緒に問題を解決していくことが肌に合っていたみたいでね? 武力での限界が見えた後はずっとそっち方面を鍛えていたみたい。実際プラークって魔物素材の販売で滅茶苦茶儲けてるみたいだし、急にやってきた私たちダチョウのごはん代を何とか捻出できるぐらいには有能なワケだ。



「まぁ確かに、いきなり分野違いの所に放り込まれたらヤバいよねぇ。」


「おや、なんの話ですかな?」



数学の研究者が、いきなり古典の研究発表会に放り込まれてもできることは全然ない。多分今回起きたのはそう言うことだったんだろうな、と考えていると、急に軍師が話しかけてきた。……なんやお前。正直お前と話すと必要以上に頭使うからあんま話したくないんやけど。まぁヒード王国っていう雇い主の同盟者なワケだから普通に対応するけどさ……。



「いや、マティルデが可哀想だったな、って話。」


「あぁ、なるほど。確かに外交の経験の無い方がいきなり放り込まれる場ではありませんものね。」



そう言いながら微笑む軍師。



「けれどあちら側からすればかなり評判が良いようですよ? 赤騎士、ドロテア殿にお願いし聞いてきてもらったのですが。私とマティルデ殿、そしてレイス殿を合わせて『三傑』と言われているようです。」


「…………なにそれ。」



ナガン、ヒード、獣王国。この三国の間で一番優れた三人、ということで『三傑』らしい。


なんでも獣王国の人間からすれば私と軍師、そしてマティルデが一列に並んでいる様子がとんでもなくヤバいものに見えたらしくて、そんな風に呼び始めたそうだ。肉体的な強さを尊ぶものが多いけれど、頭脳の明晰さも合わせた総合的な"強さ"を見る者がいる。そんな国が獣王国らしく、模擬戦をひっかけて勝利し、酒盛りまでたどり着いた赤騎士ちゃんが、獣人さんたちからそう聞いたらしい。



「えぇ、何やってんの……。というか赤騎士ちゃん大丈夫だったの?」


「はい、それはもうおかげさまで。彼女の中で『一度自分で交流して確かめてから』という考えが芽生えたようでしてね? 一応目付として他の兵士も同行させましたが、かなりいい方向性へ進んでいるようです。」


「あぁ、そう。……まぁ良かったんじゃない?」



軍師が目の前にいるせいで反応が淡白になってしまったが、個人的に結構嬉しい話。


私は赤騎士ちゃんのことを結構気に入っているんだけど、残念ながら未だ怖がられているみたいで……。結局そこまでちゃんと話すことは出来なかった。"噴式"のお礼とかお詫びとか色々しようと思ったんだけどねぇ、声かけただけで固辞されちゃったらもうどうしようもない。まぁ私のせいで漏らしちゃったわけだし、仕方ないのだけれども……。



「あ、そうだ。どうせお前がこっちに寄ってきたということは何かあるんでしょう?」


「えぇ、左様です。」


「だったら先に質問させてもらってもいい?」



微笑みを浮かべながら頷く彼を横目に見ながら、疑問を口にする。


獣王国と講和を結んだ際、無条件降伏ってことだから現在の内情とかも色々教えてもらったんだけど、その中に『アンデッドの大量発生』というものがあった。私としては困ってるのなら手伝って上げるのもやぶさかではなかったし、子供たちに色んなものを見せてあげたいから獣王国への旅行の良い理由になると思っていたんだけど……。何故か、あちら側から断られてしまった。


軍師はそのままスルーしちゃったし、マティルデはマティルデで内政屋の血が騒ぐのか、穀倉地域についての質問をしたそうだったから私もとりあえず納得して流しちゃったんだけど……、大丈夫だったのかな? って。



「あぁ、その件ですか。おそらく獣王国の文化や風潮が影響しているのでしょうね。」


「へぇ。」


「あの国家は"力"を尊びます。王の決め方も一番強い人間、ですからね? 彼らは強者に対し強い尊敬の念を持つ様な文化があるのですが……、それと同時に自分たちの強さについても自信を持っております。つまり弱い存在に従ったり、苦労させられることを非常に嫌うのです。ま、通信の魔道具はあの町の領主殿にお渡ししましたし、何かあればあの方を通じて連絡が来るでしょうしね。」



あぁ、なるほど。アンデッドが大量発生して困ってるけど、アンデッド自体はそれほど強くはない。時間を掛ければ確実に処理できる相手。つまり"弱い"。国家として強者である私たちに頭を下げるのは大丈夫だけど、身内の恥みたいなアンデッドは自分たちで処理させてほしい。そんな感じか。



「……それと、未来の獣王にいいところを見せておきたい。そういうのもあるのでしょう、ね。」


「……獣王? 私が? あはーっ! ないない! というか一回誘われたけど断わってるし!」



そう言いながら、軽く笑い飛ばす。


軍師が言うには獣王に勝った存在が、次の獣王になるのは彼らの中で常識のようなもの。すでにその動きが出ていてもおかしくないし、むしろ彼らはそうなって欲しいと思っているとのこと。心情的にも、国家のバランス的にも、そうなるのが彼らにとっての最上。そして私があちら側に入った瞬間、無条件降伏を撤回して侵攻を続けることも可能になる。


……というかなんでコイツ、今。安心した? ……まぁいい、何かあったら吹き飛ばすのみ。



「ないない! というか私に旨味ないでしょうに! 厄介事が増えるのは勘弁。そもそも今回の防衛戦だって出来たら参加したくなかったんだもの!」


「そ、そうでしたか……。」


「それに、この子たちもいるしね。」



そう言いながら、子供たちの方を見る。


いつか私が離れても群れとして纏まることが出来るように、デレは現在リーダーの練習をしている。私のことをじっと見ながらお目目で『やらせて?』って訴えてたからさ、ちょうどいいやと思って帰り道は彼女に任せている。お歌をみんなで歌いながら歩いているんだけど、まだちょっとデレの指揮能力が足りないのか、たまに群れから抜け出しちゃう団体があったりする。私は今それを捕まえて戻してあげるお仕事をしてるってわけ。


この子たちがいなければ私はこの世界を自由に歩きまわっていただろう。様々な文化を知るために、諸国を旅する毎日。異世界に生まれたのなら全てを楽しみ抜いてやろう、という気持ちで。けれど今の私にはこの子たちがいる。自由が制限されるとはいえ、大事な子供で仲間のダチョウたち。……ま、いつかみんなで旅行できる日を楽しみにしましょうかね?



(まだまだ、先は長そうだけど。)


「それで? 私の質問に答えてくれたわけだから、次は貴方の番だけど……、何?」



子供たちを眺めながら、軍師の顔を見ずに問いかける。わざわざ私に話しかけてきたってことは何か用があるのだろう。とりあえず聞くだけ聞いてやるが、いざと成ったらお前への"貸し"を使って無視しちゃるからな……! あとなんか変なことしたら物理的に吹き飛ばしちゃるからな……!



「(さ、さっきから悪寒が)えぇ、そのことなのですがね。実はヒード国王、かのルチヤ殿についてお話が……。」


「ルチヤ?」



あの幼女王?













 ◇◆◇◆◇












場所は変わり、ヒード王国王都。ダチョウが絶対に覚えられない都市名として有名なここ"ガルタイバ"は戦勝に沸いていた。


民にその詳細は明かされていないが、彼らでも風のうわさで知ることは出来る。この国に未だ存在しなかった新たな特記戦力が生まれ、その特記戦力が獣王を打倒した。これ以上ない快挙である。


しかも国家自体の安定度も非常に高まっている。潜在敵国であり続けた西のナガン王国とは軍事同盟を結んだおかげで安全。東の獣王国は特記戦力が倒してくれたおかげで安全。北は元々融和路線を取る国家であるため戦になることはない。高原のある南は何があるかわからないので怖いけど、まぁ安全(違う)。


つまりこのヒード王国が建国以来起きえなかった平和な時代がやってきたのである。これまで戦によって失ったものを取り戻すために費やして来た労力を、単純に国の発展につぎ込める時代がやって来たのだ。民たちの中でそんな難しいことを考えている者は少ないが、ダチョウ程のおバカでない限り平和になって、これから良い時代になることは理解できた。


皆一様に顔を見たことのないダチョウたち、そしてその長であるレイスを称え、彼らの王である幼女王を称える。



そんな様子を、宰相は王宮の窓から眺めていた。



「…………。」



国民や何も知らない貴族は外でお祭り騒ぎを続ける者たちと同じように、喜んでいる。しかしながら彼の顔色は正反対。ひどく暗いものであった。それもそのはずである、彼が王として戴く彼女の様子を知っているからだ。



「陛下……。」



獣王が討伐されたという報が届いた後、幼女王は完全に壊れてしまった。


そもそも彼女はすでにこの世界に興味はない。幼子にとって家族、親と言うのは子供にとっての世界そのもの。彼女の世界は父親と母親、そして自身によって構成されていた。もちろんそれ以外の者へ全く興味がなかったというわけではない。ただひたすらに、彼女の世界にとって両親が占める割合が多かった、ということだ。


そんな彼女から両親を取り上げればどうなるか、答えは決まっていたようなものだ。


世界の大半が空白へと変わり、残ったのは強い違和感と憎しみ。彼女は自身が未だ生きていることに違和感を持つようになり、それが強い希死願望へと変っていく。両親がいない世界に意味など感じられず、自分も愛する父や母が待つ場所へといきたい。そう、考えてしまった。


だが、すぐ死ぬことは出来ない。父を殺した原因で、母が死ぬことになった原因。獣王を殺さなければ、彼女の気が済まなかった。



「私が、あの時止めていれば……。いえ、すでにもう。終わったことですね。今を、見なければ。陛下が生き残る道を……。」



しかし幼子には戦う力はなかった。あったのは、"統治する"能力。異能でもなんでもない、ただひたすらに早熟であっただけ。自身で恨みを晴らすことを即座に諦めた彼女は、国と言う力で相手を殺すことを目標とした。このヒードと言う国を存続させながら、奴を殺すことだけ考えた。


幸い、ナガンも獣王国も即座に攻め込むような状態ではない。ヒードを緩衝国とすることで、無駄な戦を避けるという方針を取っていた。それを理解した彼女は、即位直後に帝国へと近づき、媚びを売ることに決めた。この南大陸に位置する国家群は常に戦争状態にある。現状ヒード王国に特記戦力がいない以上、獣王を殺すにはどこかから引っ張って来る必要がある。しかしながら周辺国には頼むことすらできない。


つまり、一番力があり、可能性がある帝国を頼ったのだ。


特記戦力の貸し出しである、そう簡単にいくものではない。しかしながら彼女は、自分が死んだあとどうなろうとも構わなかった。自身の死後に残されるモノを交渉材料にし、国が荒廃せぬように整理して交渉材料になる様に努める。


そして、その交渉が実る前に……。




ダチョウが、現れる。




その存在を知った彼女は、即座に方針を変える。西のナガンが同盟を結びたいと言ってきたこともそれを後押しした。獣王とダチョウをぶつけ、ダチョウが勝てばそれで終わり、罠に嵌められたことに気が付いたダチョウたちに殺され、自身も両親の元へといく。


もしダチョウが負けても、軍師がなんとかしてくれるだろう。彼が上手くやった後は、自分は毒杯でも呷ればいい。



「……陛下は、そう考えていたのでしょうね。」



そんな彼女に、獣王が殺されたという報を伝えればどうなるか。



簡単だ、より深く、望みが強くなるのみ。


復讐の相手が殺された以上、彼女にはこの世界に未練はない。その死体を肴に酒でも呷ってみようかと考えてみた幼女王だったが、そも死体が無くなってしまった上に、そもそも酒が飲める年齢ではない。満足げに大声で笑い、狂ったような笑みを浮かべるのみ。後はもう思い残すことはない。


とても人に見せられるような状態ではないと宰相が判断してしまうほどに、彼女は完全に狂ってしまった。彼女はもう、ただ"レイス"によって殺されるのを待つだけの存在になってしまっている。



彼女は"統治"することはできたが、"王"には成れなかった。



国の王であるならば、何が何でも生き残り、子孫を残すのが役目だ。国という体制を残しながら、子孫へと続けていく。それを先達から教わる前に彼女は両親を亡くし、王になってしまった。故に、彼女はこうなってしまったのだろう。








そんな彼女が、ダチョウに脳を破壊されるまで。


あと1日。




















〇ダチョウとアンデッド


生命力の権化みたいなダチョウと、アンデッドの相性はすこぶる悪い。そもそもダチョウたちにとって攻撃するということは"狩りをする"ことに他ならない。つまり死体を攻撃する意味が理解できないのだ。アンデッドがうめき声を上げながら近づいてきても「くちゃい!」「ばっちい!」「あっちいけ!」となってしまう。


大好きなママにお願い♡ されれば頑張ってやっつけに行くかもしれないが、その後ママに丁寧に体を洗ってもらわないと拗ねてしまうだろう。


なお、アンデッド化したダチョウだが、おそらく深刻なバグが起きると推測される。そもそも生命力が走り回っているようなものがダチョウである。そこに正反対の負の力を以って動かそうとするわけなので多分大変なことになる。反発し合って爆発四散するか、奇跡的に組み合って『生と死のはざまに存在する』みたいな無敵化け物ダチョウが生まれるかもしれない。


まぁそんなことをしてるのがレイスちゃんにバレたら多分『死は救い』みたいなことになっちゃいそうですけど。













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