姪っ子まおちゃんが魔王になったので俺は下僕としてダンジョン配信で強さを布教していきます ~ついでに俺も強くなっちゃいました~

ちくでん

第1話 手からシュークリームが出る魔法

 カメラ、カメラはどこだ? と斎堂和弘さいどうかずひろは慌てた。

 会社の広いフロア、自分のデスク前だ。

 和弘がオロオロしていると、奥で座ったままの上司が彼を怒鳴る。


「なにしてるんだ斎堂! 今日はお得意様巡りの日だろ、とっとと出掛けろ!」

「課長、俺のハンディカムがないんです。デスクの上に置いといたのですが」

「それなら新入社員に持たせたぞ」

「あれ私物ですよ!?」


 しれっとした顔で言いのけた眼鏡課長に不満顔を見せる和弘。そんな彼の苦情など意に解した様子もなく課長は新聞を読みだした。


「そうかそうか、だけどおまえ今日は撮影ないだろ。問題ない」

「ハンディカムを持ってないと俺は落ち着かないの知ってるでしょうに……」

「しらん」


 知らないはずはない、もう和弘も入社二年目。若手とは言え課長とは一年以上の付き合いなのだ。

 過去に頭を打って一時的な記憶健忘に陥ったことのある和弘は、『忘れる』ということを異様に怖がっている。

 なので普段からハンディカムを持ち歩き、なんでもかんでも動画にして取る癖があるのだった。カメラが手元にないと、落ち着かない。


「新人は今日がダンジョン撮影初研修だ、いいカメラ使わせてやれよ」

「先日壊れた備品のカメラを補充してないだけですよね? だから俺が買ってきますと言いましたのに」


 ブツブツ言いながらも、無駄なことを察する和弘。

 まさかこの会社に入る前は、ここが備品の支給すらも渋るブラック企業だとは思っていなかった。伸び伸びとダンジョンの中を撮影して紹介できる会社だと思って就職した彼なのだ。


 この会社はダンジョンを管理している国から仕事を受諾する子会社……の、下請けの下請けの下請け。

 俗にいう実行部隊と言われる、最終的に実務を行う会社だ。

 主にダンジョンの紹介やランク付け品評の手伝いをしている。


 撮影が好きなので、ダンジョン内を撮影しながら歩けるこの仕事を選んだことは後悔していないけど、この会社を選んだのは物凄く後悔している。和弘は溜息をつきながら腹を触った、そういえば朝飯も食べていない。

 外出てなにか食べつつ行くか、とエレベーターに向かって行く。


 扉の前についた途端、エレベーターがチンと鳴った。

 このフロアに止まった音だ。


 入ってくるのを邪魔しないようにと正面から横に避けた和弘は、開かれた扉の向こうから出てきた『子供』を見て、目を丸くした。


「和弘おにいちゃーん!」


 フロアに飛び込んできたのは、和弘の姪である女の子だった。

 セーラー服に似た小学校制服に身を包んだ彼女は、現在地元私立小学校の二年生。8歳。

 薄い栗色の髪の毛を高い位置のツインテに結び、目はぱっちりとクリクリした二重で力強い。名は斎堂真央さいどうまお、真央ちゃんと呼ばれている。


「真央ちゃん!? どうしたのこんなところに。学校は?」


 真央の後ろに居た会社受付のお姉さんが代わりに応える。

 なんでもとても困ってしまったことがあって、学校を抜け出して和弘の元へとやってきたのだそうだ。

 受付のお姉さんは、あとはよろしくお願いしますね、と言ってエレベーターで降りていってしまった。


 ――困ったこと? と聞いて和弘は改めて真央を見た。

 言われてみると、真央の様子はどうも変だ。というか格好が変だ。


 背負いリュックを両手で胸に抱え、すがりつくような目で自分を見ている。

 和弘は訊ねた。


「困ったことってなにかな?」

「シュークリーム」


 と目を潤ませる真央。

 ……んん? と和弘は真央が抱えているリュックを改めて見た。


 リュックの口は開いたままだった。大きく膨らんだそのリュックの中には、大量のシュークリームらしきもの。なんだこれ? いったいどうしたんだろう。

 彼が首をかしげる間もなく、真央ちゃんは言った。


「シュークリームが止まりません!」

「ど、どういうこと?」


 シュークリームが止まらない。

 うーん、と和弘は唸る。日本語としてよくわからない。


 まあ小さな子供が言うことだし、と思っていた彼なのだが、次の瞬間、正確な日本語であったことを思い知る。

 真央はリュックから片手を外し、和弘に手の平を見せた。

 すると手の平の上に、ポコン、と。


 ――シュークリームが現れた。


「止まりません!」


 ぽこ、ぽこ、ぽこ。

 見ている間に手の平から湧いて出てくるシュークリームの山だった。

 真央の手から零れそうになるシュークリームを慌てて手に取る和弘。

 シュークリームが止まらない。それは文字通りの現象だったのだ。


 真央がぎゅっと手を握り込むと、シュークリームは出なくなった。和弘は目を丸くしながら呆然と。

 思わず食べてみるが、普通に美味しい。


「ちょうどお腹空いてたんだよ。嬉しい差し入れだな」


 つまらない冗談を言ってしまう和弘だ。

 真央が少し笑った。


「それにしても、いったいこれは……」

「魔法の授業中、先生の話を聞いていたら急にポコポコ手から出て止まらなくなりました」


 先生も驚いてしまい、学校中がてんやわんわになったという。

 それもそのはずで、触媒もなしに無から有を生み出す魔法なんてものは、少なくとも今の魔法学では存在できないことになっている。地水火風の元素魔法を操るときでさえ、触媒としてそれらの元素を詰め込んだ『マテリア』という結晶を使うのが現代魔法の常識なのであった。


「どこか不調はないの真央ちゃん?」

「別にありません」

「まさか本当に触媒もなしに……?」


 先生も和弘と同じことを聞いてきたらしい。

 無から有、とても信じられることではないからだろう。


 しかし結果として、授業は中断。

 背広を着た知らない大人の人がたくさん来て、真央に色々と質問したり検査をし始めたのだという。いくらシュークリームを出しても体重や背丈の変化はなく、彼らはこのシュークリームが触媒なしの『魔力』だけで生成されていると結論付けたらしい。


 授業そっちのけで、ひたすら続く検査。

 怖くなった真央は、トイレに行くと言って学校から逃げてきた、という次第だった。


「ふはぁぁあっ」


 話を聞いた和弘は緊張から大きな息を吐いた。

 これ、やばいな。と思ったのだ。

 これまでの魔法学が覆ってしまう。


 なんといっても絵面のインパクトが凄い。手の平からポコポコと無限に出てくるシュークリームの山。これがトリックでないと知ったら、誰しもが『無から有を生み出している』であろうことを理解してしまう。


「とりあえず戻ろ? きっと先生たちも心配してるし、他の人らも困ってるんじゃないかな」

「真央ちゃんは戻りたくありません!」


 真央ちゃんは思いっきり頭を振った。

 和弘が理由を聞いてみると、背広の大人たちがなんかイヤな目で自分のことを見てくるのだと彼女は言う。和弘は腕組みをした。


 なるほど考えてみると、この『真央ちゃんの魔法』は特殊すぎる。

 背広大人たちがどこかの魔法機関の人らだとして、彼女を胡散臭いという目で見ていたのかもしれない。いや、それくらいならまだいい、最悪、それこそ実験動物を見るような目で見ていた可能性だってあるのだ。


「仕方ないな、それじゃあいったん――」


 ウチに帰ろう、と言おうとして留まった。

 家はきっと真っ先に待ち構えられてるはずだ。


 真央ちゃんが怖がっている以上、今すぐ彼らに真央ちゃんを預けるわけにはいかない。もし怖がらせたのが誤解なりなら、それを解く時間を設けるべきだろう。

 だがしかし、どこにいくべきか。と和弘が悩んだ、そのとき。


「ね、課長あの子……」

「うむ、この動画の」


 近くで課長と同僚がひそひそ話しているのが聞こえた。

 その横のパソコンでは、動画サイトが開かれたままだった。


 なんだろう、と注目してみると、それは真央ちゃんが手からシュークリームの山を出している動画だった。背景は教室、クラスの子がこっそりスマホで撮ってアップロードしてしまったのだろうか。

 コメントの量も凄い。どうやら絶賛バズっている最中だ。


”なにこれ、手品?”

”魔法、って書いてあるけど”

”手からシュークリームを出す魔法?”

”ありえねー”


 そんな気楽な書き込みから、


”いやまて、魔法省の伏見立夏ふしみりっかも映ってないか?”

”え、じゃあガチなのこれ?”

”触媒なしっぽいなこれ、ありえなくね?”


 なんか真剣な書き込みまで。


”慌ててる幼女イイ!”

”大正義!”

”かわいいからヨシ!”


 さらにこんなのも。

 思わずコメントを眺めてしまっていた和弘だ。だがそれらに混ざって、ときおり不穏な書き込みがあることにも気がついた。


”ヤバいだろこれ、魔法学ひっくり返るぞ”

”この子を国に持っていかれるなんて勿体ない”

”研究したい! ウチの会社なら手付で億出すけどなー”


 生臭いコメントだ。そう彼が思ったとき、課長が彼の名を呼んだ。


「さ~いど~う、くぅ~ん」


 猫なで声で。


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現代ダンジョン配信モノ、幼女が無双します。主人公も、横でカメラ持って無双。

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