第33話 トラウマ
望兎、アリス、ローズの三人は見事怪物アダムを討伐し、束の間の休息を取る。そんな中、三人の目に映ったのはヴィルと菲針の人知を超えた激しい攻防戦だった。空の雲行きが怪しくなる中、戦況は大きく動こうとしていた。
二人の戦いは目にも止まらぬ速度で繰り広げられている。ヴィルは異名のままに手からの衝撃波で周りの物を破壊しまくる。菲針はそんなことは気にも止めずに対象から目を離さずに追い続ける。そんな二人の攻防戦はヴィルの動きによって変わり出す。
「しつこいなぁ。さっさとくたばってよっ!!」
ヴィルは両手を向けて今までよりも強い衝撃波を放つ。
『
その威力は今までとは比べ物にならない程で。宮殿の石造りの壁や庭に植わっていた木、地面に埋まっていた石畳さえも地面ごと吹き飛ばしてしまった。菲針さんもしゃがんで必死に堪えているが、ズルズルと後退している。助けたい気持ちは山々だけど離れたところに居る俺たちでさえかなりマズい状況。これが「破壊のヴィル」と呼ばれる所以なのか……。
「死にやがれ、ババァァァア!」
このままだと菲針さんが吹き飛ばされるか、その威力でそのまま気絶するかのどちらかになってしまう。どうにかしたいけれど、俺もアリスも理解している。あの戦いに参入しても足で纏いになるだけだ。
「このまま死んどけ老いぼれ!」
「……フッ。先程から黙って聞いていれば、やれババアだのやれ老いぼれだの。まだ私はそんなに老いていない!」
そこ? まぁ女性は年齢気にするか。
「それにだな……。君みたいな若気の至りで行動するような若人に叱責するのもまた、我々大人の役目なのさ。私は君や望兎やアリスに教えられるような知識も教養もない。……それでも! 年上は年上らしく年下を守り、大人っぽく振る舞って、格好つけなければならない! だからこそ、ここで倒れる訳にはいかないんだ。そんな私が教えてやろう……これが火事場の馬鹿力、これが根性だっ!」
菲針さんは衝撃波を浴びる中、地面を強く蹴ると上空へと跳び上がって衝撃波から抜け出した。
「ハッ、バカね。空中こそ避けようが無いじゃんっ!」
ヴィルが上空の菲針さんに向かって衝撃波を打ち直した瞬間、菲針さんが物凄いスピードで地面へと着地する。
「甘いぞ」
見れば菲針さんの左手には、ローズさんがアダムに放った茨の蔓が握られており、その蔓は地面へと埋め込まれている。あの中々硬い棘が返しとなって地面から抜けづらくなり、あの強度の強い蔓が菲針さんの引く力さえも耐えた。あとは上空の菲針さんが地面に埋まった蔓を思いっきり引くことで、その反動で素早く着地出来たという訳だ。
「何よそれっ!?」
「さぁここからが見せ所だ……!」
菲針さんは咥えているグレープ味の棒付きキャンディを勢いよく一噛みで噛み砕くと、まるで瞬間移動したかのような速度でヴィルの目の前まで到達する。あまりの速さに反応出来なかったヴィルはそのまま菲針さんの蹴りを思いっきり食らう。
地面を転がったヴィルは、歯を食いしばりながらすぐ立ち上がると再び両手を菲針さんへと向ける。
『
発せられたその衝撃波は甲高く、あまりの耳を
「ンッ!」
菲針は息を止めて力を入れることで、耳抜きをした。するとそのままヴィルの方へと突っ込んでいく。
「君の攻撃は自分の弱い部分を見せているような物ばかりだな。果たしてそんな弱気な君が私に勝てるのかな!」
「うっさい!」
ヴィルが衝撃波を放つと、しゃがんで躱した菲針さんは低い態勢で足を払う。軽く下向きに衝撃波を打ったヴィルは浮遊して回避するが、そこに剣先が飛んでくる。空中で避けたヴィルが着地すると、休ませる気などない程の手数で菲針さんの攻撃が連続で繰り出される。あんなに早く動いているのに、軸がブレていないしコンパクトにスタイリッシュに動いているからか菲針さんの動きが目で追える。あの人武器無くてもあんだけ強いんだ……。
「くっ……!」
ヴィルが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。その瞬間、大きな衝撃波で距離を取ったヴィルが肩で呼吸しながら血眼で菲針さんを睨む。
「もう……埒が明かない……こんな世界、どうにでもなってしまえェェエエ……!」
ヴィルは両の手のひらを合わせてゆっくり息を吐く。
「何か来るぞ……!」
その場の全員が一気に不安に駆られる。合わせた手をゆっくり引いたと同時に大きく息を吸ったヴィルは眼球が飛び出そうなほど眼を見開き、その喉を壊すかのような大声で叫んだ。
『──
放たれた衝撃波はヴィル自身も反動で吹き飛ぶ程の威力で、その甲高い金切り声のような音波は一瞬にして菲針さんを呑み込んだ。流石の菲針さんも耳を塞いでしゃがみ込んでいる。そろそろ俺たちの耳もお釈迦な案件なんですけど? キンキンとした音がずっと頭に響いて頭痛を引き起こす。
「こんな世界なんて、人間なんて滅びてしまえばいいんだぁっ!」
ゆっくりと立ち上がった菲針さんはヴィルに向けて口を開く。
「君の過去に何があったのかは分からない。分かるはずも無いし、理解するつもりも無い……。それ──」
「黙れ! 慰めも罵りも要らない……。汚い大人も、馬鹿な子供も、クソな親も、一番嫌いな情けない自分も! みんなみんなみんなみんなみんな、全て消えて無くなればいいの! こんな世の中なんて、アタシが破壊してやる!」
溜まっていたストレスや感情が爆発してしまったのだろうか。顔も
「アタシは……もう無理。アタシが……全てを終わらせる。アタシ……が……」
ヴィルは震えながらゆっくりと両手を前に突き出す。
『
その技が放たれそうになった瞬間、菲針さんが物凄いスピードで接近し、剣を一振りした。表情をひとつ変えずに避けたヴィルは両手を突き出したまま放心状態で着地する。
「邪魔しないでぇッ!! 終わらせる……終わらせるのッ! 悲劇の!」
またしても菲針さんが剣を一振り。その後も数回同じような光景が繰り返された。そしてヴィルが上空へと逃げようとしたところを菲針さんは剣を宮殿の壁に突き刺して、腕の力だけでヴィルの少し上に飛び上がると、思いっきりヴィルの左頬に一発拳を入れた。パンチを食らったヴィルは落下すると涙を流しながら叫び出した。
「邪魔しないでって言ってるでしょ……。どうして邪魔するのよ! 止めるならさっさと殺しなさいよッ! ギリギリ避けられたり、生きれるような攻撃じゃあ、まだ生きたいって思っちゃうじゃないッ!」
「生きればいいじゃないか」
「違うッ! 生きたくない……でも、死ぬのは怖い! それはみんなそうでしょッ! 自殺したい人も、その手前で怖気付いちゃうことはよくある……。生きるか死ぬかの狭間で焦らされるのが一番怖いのよッ!」
「──それは、まだ君がこの世界で生きるのを完全に諦めた訳じゃないってことじゃないのか?」
「……っ!」
菲針さんは剣を下ろし、ヴィルに対して話し始める。
「先程も言ったが私は君の過去には興味は無い。知る必要も無い。それでも、君のような若い子が死ぬのはもう見たくない」
「もう……?」
「私は今日までいろんな人と会ってきた。その中には私より年下の子も何人も居た。君もその一人だ。みんなそれぞれ性格も目標もまったく違う。でも私が出会った人たちはみんな、頑張って生きていた。まぁ死のうとしていたバカな奴も二人ほど居たんだがな、少し手を差し伸ばしただけで生きていて良かったなんてほざいている」
なんか棘を感じたんだけど。でもそれについては菲針さんの言う通りかもしれない。
「人生は何が起こるか分からない。そして山あり谷あり。だからこそ尊いんだ。だからこそ美しいんだ。今君は絶望していてどん底かもしれない。でも、その谷を乗り越えた先に明るい山があるかもしれない。そうやって人は生きている。君が死ぬのが怖いと感じるのは、まだ君の中にそんな山を期待している気持ちがどこか少しでもあるんじゃないのか?」
その言葉を聞いたヴィルは両手で顔を覆い、その場に崩れる。肩を震わせている彼女の手の隙間からは涙が溢れて零れている。
「はぁ……何とか落ち着いたわね」
「そうだな。にしてもあの若さで妃になろうとしてたりとか菲針さんと張り合えるとか凄すぎない? しかもワンチャンアリスより年下なんじゃないか?」
「何? 私は若さも実力も劣ってるって言いたい訳?」
「いやいやいやそういうつもりで言った訳じゃないから」
「誰がどう聞いてもそうとしか捉えられないと思うんだけど?」
ホントにそんなつもり無かったのに。確かに繋げて文章で聞いたらそうとしか捉えらんないかも……。てかローズさんは横でニコニコしながら見守ってないで止めてくれよ!
「仲良いんだね」
「「どこが!」」
「うん、そういうとこ」
そんな他愛もない会話を交わしていると。
「いやぁ〜まさか私の護衛を四人とも討ち破ってしまうとは。たまげたねぇ」
そう言いながら宮殿の中から二人のメイドを連れた男が手を叩きながら登場した。濃いめのブラウンのスーツに磨きがかかった革靴。金色の腕時計にペンダント、ピアスを開けて金髪に染められた髪はワックスでお洒落に整えられている。The高貴な見た目をしている男を見て、俺たちは一瞬で察した。
「三国巴だ……」
機械兵器「遊徒」を国から盗み出し、この国を暗黒郷へと変えた張本人。群鳥や四人のプリンセスたちを従えていた親玉。俺たちがずっと追いかけていたターゲット。一気に空気が張り詰める。空気が重くて呼吸をすることさえも一苦労だ。すると三国が空気にも合わない様子で軽快に喋り出す。
「あぁあぁヴィル。幼気な少女がこんなにも憐れな姿になってしまって……。まったく大人気ないなぁ。この人たちに酷い目に遭わされたのかい?」
「……えっと」
「──そうかいそうかい! なんて極悪非道な連中なんだまったく! それに見たまえ諸君。私の素敵な素敵な宮殿が半分くらい壊れているではないか。なんなら庭も含めれば半分以上だ。これでは見てくれが悪い。最低だなぁ」
「いやそれはヴィルの攻撃で──」
「待て待て待て待てぇ。まさか、これ程の大きな被害の責任を全てこんな少女一人に押し付けるつもりなのかい? なんて薄情なんだ君は」
でも事実だし、ヴィルは破壊してやるって言っていた。
「確かに壊したのはヴィルの攻撃かもしれない。だけれどそのヴィルと戦っていた君たちにも非はあるだろう? 連帯責任だよ。なんなら君たちがここへ来なければヴィルが攻撃を放つことも無かった。つまり六四、いや七三で君たちの方が悪いよねぇ。損害賠償を払ってもらわないと」
何言ってんだアイツ。どう考えてもそっちが百悪いだろ!
そんな憤りを感じている俺に歩み寄ってきた菲針さんは手から血が流れていることを気にもせずに冷静な表情のまま話し出す。
「望兎、言わせておけばいい。奴は国から兵器を盗み、国を壊そうとしていたのだからな。奴の方がよっぽどの悪人ということは誰が見ても一目瞭然だ」
それを聞いて三国は不敵な笑みを浮かべる。そうだ、冷静になれ俺。アイツの方が明らかに悪い奴なのは間違いない。兎にも角にも、あの男を倒せば俺たちの旅の目的は果たされる。奴を倒して遊徒の暴走を止め、もう一度平和な世界に戻してみせる!
「君たちが私を倒してこの国を守りたいように、私もこの国を造り変えたいのだよ。さぁ、どちらの方が強いのか。お互いの正義を懸けて正々堂々勝負と行こうじゃないか」
「望むところだ」
とは言っても、菲針さんはシンボルとも言える愛用武器のショットガンを失っている。それに三国の情報は一つも無い。どういう戦い方をしてくるかも未知数だ。
「菲針様、私も加勢するわ」
「ありがとうアリス。頼もしい限りだ」
「グフフ」
下品な笑い方出てんぞ。
「ならばこちらもタッグを組もうか。ヴィル」
いやいや。ヴィルはもう満身創痍で動け──。
「ハイ。トモエ様」
驚いた。さっきまで死にそうな顔をしていたのに、まさに無の表情で立ち上がっている。……いや、あれはヴィルの意志じゃない。あれは完全な
「お前! その子に無茶をさせるな!」
「不要な口出しは止めてくれぇ。彼女は、私の手駒なんだ。私が使いたいように使って何が悪い?」
この男。富も名声も持っているとは聞いていたが、とんだ腐れ野郎だな。
「二人共、ヴィルを助けましょう」
「同じことを考えていたさ」
「あぁ。菲針様は三国の相手をお願い、あの子は私が相手する」
「ならば我も手を貸そう」
そう言ってローズが名乗りを上げた。戦力が増えるのは有難い。
「よし、行くぞ!」
菲針さんの合図で皆が走り出す。これが最後の戦い……。みんなの気も今まで以上に引き締まっていた。
「…………」
「リベンジマッチと行くぞ。破壊のヴィル」
「殺戮対象アリス・レビリアを検知。直ちに遂行します」
本当に心が無くなってしまったみたいね。さっきまであんなにムカつくくらいキャハハって笑っていた貴方はどこへ行ってしまったの……。言葉にも抑揚が無い。
「絶対に貴様を解放してやる。安心してその身を委ねるがいい!」
「戦闘、開始」
ヴィルは勢い良く飛び出すと、いきなり両手を向けてくる。
『
躱したヒーローは飛び立つ。
「こっちだ!」
ヒーローをロックオンしたヴィルは衝撃波を使って飛行しながら追いかけてくる。
速い。直線だと追いつかれちゃう。
ヒーローは得意のアクロバティック飛行でジグザグに進みながら建物の間を縫っていく。分が悪いと思ったのか、ヴィルは追いかけるのを止めて見通しの良い上空へと上がる。そこを目掛けて。
『ジャスティスビーム!』
放たれた光線は真っ直ぐ突き進んで行く。動揺する様子も無いヴィルは背中を反らして両手を振り下ろす。
『
強大な音の爆弾が投下される。間一髪で回避したヒーローは距離を離す。
「菲針様が三国を倒せばヴィルの催眠も覚めるはず。私は逃げて耐えればいい──」
『憤恨の
その瞬間、ヒーローの耳に不協和音の三拍子が飛び込んでくる。身体が突然重たくなる。スーツのエンジンが止まったのか飛行能力が無くなる。
「……っ!?」
ヒーローは落下した。
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