第23話 対峙

 すでに太陽は真上に差し掛かり始めていた。


「姫路姉さま。来ました! あれです」

 モルモルが馬車の陰から指さす方を見ると、まだ米粒の様ではあるが、確かに二人が、こちらに向かってきているのが分かった。


「それじゃ、お兄ちゃん。

 もう少しひきつけたら、催眠開始よ! あの木の所くらいで……」

「ああ、わかった」


 やがて勇者がモルモルが指定した木のそばを通過し、夢魔兄妹は、そろって催眠を開始した。スズランは、不用意に飛び出さない様、姫路がしっかり抱っこしている。


 しばらくすると、歩いていた二人が、ぺたっと膝をついたかと思ったら、そのまま気を失ったように道に倒れ伏した。

 

「やった!」ジルベルリが歓声を上げた。

「それじゃ、行くわよ。メルリア様!」

「ええ、モルモルさん。お互い頑張りましょう!」

 そう言いながら、モルモルとメルリアが倒れた二人に走り寄った。

 その後をちょっと遅れて、スズランを抱っこした姫路とジルベルリが追った。


「どうだい? 首尾は?」姫路の声に、モルモルが答えた。

「ええ、お姉さま。完璧です。それじゃ早速……擬態!」

 下半身の着衣を全て取ってモルモルがそう唱えると、みるみる立派なモノが、彼女の股間に生成された。


「あらー。モルモルちゃんー。素敵……今度、私にもそれ使ってみない?」

 メルリアがうっとりしながらそう言った」

「ああ、メルリア様。この仕事がうまく行ったら是非!」

「じゃ、約束ね」

 そう言いながら、メルリアは脇に倒れているマジの着衣を脱がせ始めた。


 モルモルも、勇者ヤミーの下半身の様子を伺ってみる。


 ?? あれ、あんまり感じてない? でも、淫夢は効いてるよね……。

 横を見ると、メルリアが、エルフの側付きの太腿にむしゃぶりついている。

 そんじゃ、私も……。

 そう思って、モルモルは、勇者の両膝に手をやって、足を左右に開いた。

「いっただきまーす!」


「うわっ、スズラン。見ちゃダメだ!」

 姫路が、スズランを抱っこしたまま、後ろを向いたとたん、


 ドカッ!! ガツッ!!

 

 鈍い音がした。


 なんだー? 姫路が振り返ると……ええっ!?

 なんと、勇者と側付きが立ち上がり、モルモルとメルリアが道にのびている。


「もー、マジ。ほんと最低! 敵の勢力全体が分かるまで死んだふりとか……。

 危うく、おいしく戴かれちゃうとこじゃない!」

「いやいや、碧。こういう緊張感もたまにはいいでしょ?」


「なななな。お前ら……もしかしてあたいらの攻撃を読んでたのか?」

 さすがの姫路も動揺を隠せない。

「馬鹿な! 僕の偵察が気づかれるはずは……」

 ジルベルリも驚いている。


 その時、動揺して力が緩んだ姫路の手からスズランが飛び出し、碧に向かって、思い切りロッドを振り上げた。


「碧!」一瞬の事で、マジもスズランを捌く事が出来ず、ロッドは碧の頭めがけて思い切り振り下ろされた。


「ダメだ! スズラン。やめろー!!」姫路が叫ぶ。

(ああー。だめだ……あれじゃ死んじまう……)


 ドガッ!!

 大きな鈍い音がした。


 その時、勇者の後ろから飛び出して来た子供が盾になり、身代わりにスズランのロッドを背中でまともに受けたのを、姫路はその目で見た。


「何!」子供は……今のあの子供は無事なのか!?

 姫路が慌てて駆け寄ったが、スズランもその場にぺたんと座り込んで、呆然自失になっている。


「ミュー! しっかりして、ミュー!」

「あっ、碧。あんまり動かさないで! 骨が折れたりしていたら危険です!」

 勇者ヤミーと側付きが心配そうに、子供の様子を伺っている。



「おい! そこの夢魔! さっさと医者を探して連れてこい。

 万一、ミューが死んだりしたら、お前達全員許さんぞ!」

 マジがジルベルリににじりよる。


「あっ、あっ……姫路さん……」ジルベルリが姫路の方を見た。

「ああ。ジルベルリ。さっさと村行って医者連れて来い。早くしろっ!」

「わかりました……」

 そう言ってジルベルリは、村の方へすっ飛んでいった。


「スズラン……」

 スズランは、自分のした事が怖くなってしまったのだろう。 

 失禁して半泣きでガタガタ震えていた。

 姫路は、そのスズランを優しく抱きかかえて言った。


「なあ、スズラン。仇討ちはこれで終わりにしようや……」


 ◇◇◇


 ジルベルリによって、ほどなく村の医師兼ヒーラーが連れて来られ、ミューはメルリアの馬車に運ばれ治療を受けた。


 その見立てによると、あばらや背骨が骨折していたが、それはヒールでなんとかつながったので、ひと月ほど安静にしていれば、命にも予後にも問題はないだろうとの診断だった。


「あー、とりあえずよかったよー。

 でも、マジ。やっぱこれ、あんたの作戦ミスだかんね!」

「はい。相手を舐めすぎました……申し訳ありません。碧」


「あのー。お取込み中済まねえんだけど……」

 近づく姫路に、マジが剣を抜く。


「あー、いや。あたいはあんたらに直接遺恨は無いんだ……ただ……。

 すまねえ! スズラン手放しちまったのはあたいのミスだ。

 詫びてどうこうなるもんでもないが、ケジメは付けさせてくれ!

 手でも足でも、どことなり一本持ってってくれ!」

「ほう……」マジが剣を大上段に振りかぶる。


「こら! マジ。暴力で解決しないの! 

 あの……あなた、もしかして人間?」


「あっ、ああ。宮島姫路ってもんだ。あんたが勇者ヤミーさんなんだろ?」

「ええ。私が勇者ヤミー。山本碧と言います。

 でも、人間がなぜこんなところに……

 しかもあの魔族たち、私の追手でしょ?」


「ああ、話すといろいろ長くなるんだが……。

 とりあえず、事態が落ち着いたらゆっくり話をしないか? 

 こっちもスズランの様子がまだおかしいし、モルモルもメルリアも、まだ目を覚まさねえ。

 明日、改めて話合おうや」


「わかりました。それでは、今の所は、お互いの仲間の心配をしましょう」


 ◇◇◇


 その晩は、馬車を勇者ヤミー一行にゆずり、姫路たちは、集落内に部屋を借りた。


「姫路さん……昨夜の偵察ですが、完全に僕のミスです。

 あの長耳族の子が、二人からかなり離れたところにいたんでしょうね。

 多分、あの子に僕の接近が気づかれていたんだと思います……」

「なるほどなー。それで、あっちも準備してたって訳か……だがジルベルリ。

 こうなったら、このケンカ。あたいに預けちゃくれないか? 

 こっちの手の内もバレてるようだし、あんたが勇者の処女貰うのも、あっちと話合ってからにしたいんだ」


「そうですか……分かりました。僕は、もう少しモルモルについてやります」

「ああ、それにしてもまだ目覚めないとは……奴ら何をしやがった?」

「多分ですが……聖なる処女の力で、精神浄化みたいなものを食らったのかと……」

「はあ……いっそそれで、あの二人が真人間になってくれたらいいんだが……」


 スズランは、身体を拭いてその後もずっと抱きしめてやっていたら、だんだん落ち着いてきた様だ。


 人を傷つける怖さと覚悟ってもんを、少しは分かってくれただろうか。

 でも、明日、勇者と話し合う場には連れて行かない方がいいだろうな。



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