第15話 シンクロ
「え?」
舞台に走り出した私の視界が、暗くなる。何が起きたかわからない。
音が……、音が聞こえない!
何も見えないし何も聞こえない!
——ううん、どこからか……音が聞こえてくる。
これは、
「歌……?」
歌声。
誰かが歌っている。
聞いたことのない、声。
けれど、この歌は……よく知ってる。
「……違う!」
聞いたことのない声ではない。これは……、
——歌っているのは
パァァァッ
瞬間、視界が開けた。
豪華なドレスが舞う、舞踏会のど真ん中。
歌っているのは、
『次の曲は、私の大好きな曲。シンクロ!』
私の義妹である、あの、アイリーン。どうして彼女が踊っているの? 歌っているの?
これは……まさか…、
まさか!
——光が、弾ける!
「乃亜たん、行くよ!」
パン! と視界が割れる。
「あ、」
目の前には五万の観客。
私は、舞台の上にいた。
全身を鳥肌が覆う。
……わかった。
わかったよ、乃亜!
あなたはやっぱりすごい人だ!
歌ってるんだ。乃亜は。
あの世界で、アイドルをしているんだ!
私はグッとお腹に力を入れた。
色とりどりのスポットライトと爆音。
熱狂しながらペンライトを振り続けるファン。
スモークの煙と、モニターに映る少女たち。
迸る汗!
ふわりと舞うスカートの裾。
歌声。
ダンス!
すべてが、キラキラと輝いているこの場所を、ここにいる誰しもが噛みしめている。
「みんなぁ! 元気にしてた~っ?」
マイクでそう問いかけると、会場からひときわ大きな声援が上がる。
「会いたかったよ~っ!」
この言葉は、嘘である。
……いや、嘘であるはずだった。
けれど、この場所で、大勢の人たちの前で光を浴び、歌い踊ろうというこの瞬間、私はこの叫びを、心の底から発することになったのだ。
「それでは私たちのデビュー曲、聞いてください。『シンクロ』です!」
ドォォォォォ、と会場が揺れるほどの声。同時に流れるイントロ。何度も聞いたこの曲を体中で感じる。心の中がこんなにも熱くなるなんて、今までに経験したことがない。
私は、高く、高くジャンプした。
「水城乃亜、いっきま~す!」
それは私にとって、二つ目の名前である。
……そして、今はこれが、私の真実の名である。
。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。
新学期ってさ いつも憂鬱
変化に耐えられない 私たち
繊細だなんて 言う気はないけど
ナーバスな心 隠しきれずに
隣の席で いつもはしゃいでた
君はまるで 少年みたいだ
くだらない話を いつでも
特別みたいに 思っていたんだ
シンクロしたいよ 君の心に
透明な壁なんかもう いらないんだよ
シンクロしたいよ 君の体に
混ざりあって溶け合って分かり合えたなら
季節が行くよ 光の矢みたい
追いかけるだけでもう 精一杯
サヨナラなんてさ 言う気はないけど
どこに向かって 歩いたらいい?
「失恋」とは言うけど、
「失愛」とは言わないだろう?
きっと愛は失ったりしないんだ、なんて
君はまるで 少年みたいだ
シンクロしたいよ 君の心に
離れ離れに いつかなっても
シンクロしたいよ 君の記憶に
同じ風景の中にいたんだって きっと覚えていて
忘れないで
覚えていて
。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。
乃亜!
ああ、乃亜!
私たちは今、きっとシンクロしてるんだ!
世界が違っても、あなたはきっと歌っている。そこで。
私も歌ってるよ。ここで。
あなたの愛したマーメイドテイルを、私も心から愛してるよ!
「続けて次の曲いくよ~! 『ドキドキ密集!』ワン・ツー・スリー・フォー!」
。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。
密集してタイの❤ (あっはーん)
マスク三密ディスタンスだって 全部無視していいでしょう?
あなたの隣に座ってぎゅーして アイスも半分こ(間接きっす☆)
そうね魔法は使えないかもだけど あなたの心に灯をともし
どんなに暗い毎日さえも あっという間に燃え上がる!
火事はだめでしょおとっつあん
そで触れ合ったら縁もタケナワ!
密集してタイの❤ (あっはーん)
密集してタイの❤ (うっふーん)
。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。
くるくると忙しく回る振り付けと、コミカルな表情。恵のキュートな顔、杏里のセクシーなポーズ、こんな時でもカッコいいかえでのダンス! 私も負けていられない。出していかなきゃ! 私の、今のすべてを!
「私たち、マーメイドテイルの歌を聞いてくれてありがとう~! 最後は、つい先日発売したばかりの新曲を、初披露だぁ!」
ワァァァァ!
観客が、声の波を起こす。
初めは遠慮がちだった波は、今、ビッグウエーブとなって私たちを包み込む。
私たちは、その波の中を泳ぐんだ。
どこまでも、どこまでも!
イントロが、始まる。
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