第30話 松永の要求

 嘘だ……。

 松永が、学年一位……!?

 何度瞬きしても、目を擦っても、俺の目には松永の成績が「1/233」と映っている。

 俺が狼狽えていると、松永に駆け寄った大勢のクラスメイトに押しのけられて尻もちをついてしまった。



「あ、ゆうちゃ」


「すげー! 松永さん一位じゃん!」


「容姿端麗、性格よし、頭もいいとか凄すぎねぇ!?」


「今度俺にも勉強教えてくれよ!」



 座り込んだまま、みんなに囲まれた松永を見上げる。

 松永は、心配そうな表情で見下ろしてきた。



「っ……!!」



 余計自分が惨めに感じた。これ以上ないほどの敗北感を味わった。


 たったの、三点。


 松永とは、たったの三点差。なのに、俺には……とても高い壁に見える。

 俺が追えば、松永は同じ距離だけ先に進むんだろう。

 俺と松永は隣の席。机と机の距離、たったの50センチ。

 その距離が、果てしなく遠い……。



「ゆうちゃん、大丈夫!?」



 わざわざ群衆を押しのけて、俺の心配をする松永。屈みこんだ松永が、俺に手を差し出す。

 ああ、こういうやつが勝者なんだろうな。少しも威張らない姿。


 ――俺も、こんな風になりたい!!


 俺は、松永の手を掴まずに立ち上がった。



「次は、絶対負けないからな!」



 そう言うと、松永は目をぱちくりさせた後、ふふっと笑って立ち上がった。



「次も負けん!!」



 そしてライバル同士、健闘を称え合う握手を――



「あ、そうだ。今年の夏祭り一緒に行こ〜」



 しようと思ってたのは俺だけだったみたいです〜。

 教室の空気一瞬で凍りついたんだけど。ついでに俺も凍りついたんだけど。

 えっ? こいつ、今なんて言った? ちょ、因数分解してみよう(彼は混乱しています)


「今年の」「夏祭り」「一緒に」「行こ〜」


 うん本当に何言ってんの? なんでこのタイミング? バカ? バカなのか!? 学年一位なのにバカなのか!?

 するとすかさず、クラスの過激派グループたちが文句をつけて詰め寄ってきた。



「ああん? 飛鷹てめぇ……」


「庶民の分際で調子乗ってんじゃねえぞ? コラァ」


「いや誘ったの俺じゃn」


「言い訳だと!? いい度胸だなぁ!?」

 


 ガッと胸ぐらを掴まれ、数センチ体が宙に浮く。

 り、理不尽!

 その時、松永が言った。



「元からうちが勝ったら一緒に夏祭りに行くって決めとったけぇ!」


「「「なっ……」」」



 すると、クラスメイトが「そういえば……」と口にする。



「テストが始まる時に猿岡が『中間テストで高い点を取った方が勝ちなこのゲーム! 松永さん! 毎回学年一位の飛鷹裕也に勝てる自信は!?』とかなんとか言ってた気がする……!」


「「「嘘……だろ……」」」



 ようやく手を離してくれたかと思いきや、膝から崩れ落ちていく過激派クラスメイト。

 え……なんかごめん……。


 微妙な空気になった教室に、声が響く。



「じゃあさ、夏祭り、みんなで行けばいいんじゃない?」



 それはクラスのリーダー的存在である神澤椛の鶴の一声。

 甘いものと恋バナが大好きな、コミュ力おばけである。

 私服を見たことはないが、きっとおしゃれで、毎日違う服を着てそうだ。



「それでいいんじゃない?」


「みんなで行くと楽しいし!」


「いやお前らの浴衣とか興味な」


「あん?」


「ななななんでもないでーす」



 結局こいつらは、松永の浴衣姿が見れたらそれでいいんだろうなぁ……。 

 そう思い、松永を見てみると「うーん……まあいいかぁ……」とつぶやいていた。

 こいつはこいつでなんなんだろう。

 すると、突然「あっ、そうだ!」といいことを思いついたかのように顔を上げる。

 悩んだり嬉しそうにしたり、忙しいやつだな。



「じゃあこりゃあ夏祭りお願いに入らんってことで!」


「は!? それはなんていうか、とんちじゃね!?」


「だって神澤さんが提案したんじゃけぇ、うちじゃないじゃろ?」


「いや……」



 そう、なのか? 判断基準がわからん……。



「じゃけぇさ! あ……」



 そこまで勢いのあった松永が、急に自信を無くしたように言葉がしぼんでいく。

 クラス全員が次の言葉を今か今かと待ち構える中、松永は笑顔で



「なんでもない!」



 と言い、そこで担任が「授業中に話しすぎだお前ら!!」と怒号を飛ばし、お開きになった。


―――――


 放課後。



「松永さーん、クラスのグループRAINに入れたいからRAIN交換しよー?」



 えっ、俺その神澤の言うグループRAIN入ってねえしそもそも存在自体知らなかったんだけど……。

 クラスメイトたちが「俺も俺も!」「もー、後でグループRAINから繋げばいいでしょっ」と騒ぐ中、俺は一人疎外感を感じながら一人でトボトボ帰ろうとする。

 その時、奇跡が起きた。



「あ、飛鷹もグループ入るー?」


「!」



 神澤、お前……! 今だけは後光が差して見える……!



「い、いいのかっ?」


「クラスメイトなんだもん、当たり前じゃん?」



 待って、今まで誘ってこなかったのに?

 少し複雑な気持ちだったが、とりあえずグループに入った。


 ……絶対一人はこう思ってそう……。

(チッ、飛鷹の連絡先とかマジでどうでもいいんだよ)

 

 そして十分後、ようやく騒ぎは収まって各々帰路へ着く。



「ゆうちゃん、一緒に帰ろー!」



 いつもなら「飛鷹てめぇ……」と烈火のごとく怒り狂うクラスメイトたちだが、今日は



「ま、松永さんの連絡先ぃぃいい!!」



 と歓喜している。よかった。

 そして、グループに入れた俺も機嫌がよかったので、頼みを了承した。


 帰り道、松永が意外なことを言ってきた。



「あのさ、夏祭りの代わりのお願いとして、もしよかったらでええけど今度ゆうちゃんちに遊びに行ってええ?」



 俺は本日二度目の、因数分解を始めるのだった。

(特に断る理由はなかった&機嫌が良かったので、OKした)


△▼△▼


 今週から土曜、日曜の週二更新になるので、明日も投稿します!

 いつもお読みいただきありがとうございます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る