第56話 「ど根性狸」

 「・・・総大将?」

 しゃらくが、自分の上背の3倍はありそうな程巨大な狸を前に、目を丸くしている。

 「あぁそうだ。間に合って良かった」

 八百八狸やおやだぬき総大将のギョウブと名乗る大狸がニコリと笑い、しゃらくの肩をバンバンと叩く。

 「・・・そっか」

 するとしゃらくは、目の前の総大将を前に安心したのか、体の力が一気に抜ける。ギョウブがしゃらくを受け止め、ゆっくりとその場に寝かせる。

 「・・・ギョウブ。久しぶりの挨拶が乱暴過ぎやしないか?」

 背後からの声にギョウブが振り返ると、山の様に巨大な九尾の白狐がニヤリと笑っている。

 「ようジジイ。相変わらず無茶苦茶な事しやがる」

 ギョウブがニッと笑うと、頭に葉を乗せ指を結ぶ。すると、ボォォン!! ギョウブの体が白煙に覆われると、その白煙がどんどんと大きく広がっていく。やがて巨大な白尚坊はくしょうぼうと並ぶ程煙が広がり、煙が徐々に晴れると同じく巨大化したギョウブがニヤリと笑っている。

 「相撲で決着と行こうや!」

 「・・・フン。生意気な」

 ガシィィッ!!! 巨大化した両者ががっしりと掴み合う。その勢い凄まじく、その風圧で周囲の木々が揺れ、足下にいる者達も吹き飛ばされそうになる。



 「・・・おいおい何だありゃあ!? 山みてぇのがもう一匹!?」

 少し離れた所にいたウンケイが、ギョウブと白尚坊を見上げて、目を丸くしている。

 「ありゃ、うちの大将だ。変化の力でも向こうの大将に引けを取らねぇ」

 八百八狸特攻隊長の団二郎だんじろうがニッと笑う。

 「・・・へぇ、そうか。じゃあ加勢して、さっさと終わらせようぜ」

 ウンケイが薙刀なぎなたを持ち上げ、巨大なギョウブと白尚坊の方へ行こうとする。

 「待て。俺達が加勢するのはそっちじゃねぇ」

 団二郎がウンケイを呼び止める。

 「は?」

 「そっちは加勢なんて必要ねぇって言ってんだ」

 団二郎が再びニッと笑う。



 掴み合うギョウブと白尚坊の下、気を失ったしゃらくをおぶった八百八狸参謀の芝三郎しばさぶろうと、いつの間に来たのか、ポン太一郎たいちろうをおぶってブンブクがそれを支えながら、八百八狸の本陣へ駆けて行く。

 「太一郎様、太一郎様」

 芝三郎が駆けながら、太一郎に声を掛ける。

 「・・・芝三郎か?」

 「はい。ギョウブ様と戻って参りました。しゃらく君も無事です」

 芝三郎の話を聞き、太一郎が安心した様にいつもの穏やかな表情に戻る。

 「・・・って言うか芝三郎様! 呑気にしてる場合かよ! こんなとここんな丸腰で走ってたら、狙われちまうよ!」

 ポン太が慌てて芝三郎を捲し立てる。その後ろのブンブクも何度も首を縦に振っている。

 「案ずるなポン太。俺の術は“擬態変化ぎたいへんげ”。外から俺達は見えねぇよ」

 芝三郎がニコリと笑う。キョトンとした顔のポン太とブンブクは、不思議そうに辺りを見渡すと、自分達の周囲を透明の幕が囲んでいるのが見える。

 「・・・す、すげぇ・・・!!」

 ポン太とブンブクが口をあんぐりと開け、目を輝かせている。

 「さあ、ここはギョウブ様に任せて、我々は本陣へ戻ろう」



 一方で、山の様に巨大なギョウブと白尚坊が、激しく取っ組み合っている。

 「・・・くっ、馬鹿力め」

 白尚坊が顔を歪める。

 「はっはっは! 老いたなジジイ!」

 対称にギョウブの方は、余裕そうにニッと笑っている。すると白尚坊が不意に、ギョウブに向けて指を立てる。ギョウブが目を見開く。

 「“かい”」

 白尚坊が呟くと、ボォォン!! ギョウブの体が突如煙に包まれる。すると中から、元の大きさに戻ったギョウブが、地面に落下していく。

 「くそぉ! 老いぼれと思って油断した!」

 落下するギョウブが唾を飛ばす。すると上空から、白尚坊の巨大な足が降って来る。

 「潰れてしまえ!」

 白尚坊が足を振り下ろす。ズシィィィン!!! 白尚坊の足がギョウブを踏みつける。

 「!?」

 しかし、ギョウブの足が少しずつ持ち上がっていく。白尚坊が目を見開く。

 「潰れるかよ! 俺ぁ、ど根性狸こんじょうだぬきの頭領だぜ!」

 白尚坊の巨大な足をギョウブが持ち上げ、ニッと笑う。

 「・・・フフフ。貧乏狸の間違いだろう」

 白尚坊が額に汗を浮かべる。

 「うぉらぁ!」

 ギョウブが白尚坊の足を押し返し、白尚坊が姿勢を崩す。

 「お頭ぁ〜!!」

 すると後方から大声が響く。見ると八百八狸が二人、何やら巨大な物を二人がかりで抱えて駆けて来る。

 「おい遅ぇぞ! はっはっは!」

 「はぁはぁはぁ・・・。お頭達が先に行っちまうからだろ! 俺達ゃ、あんたの馬鹿でかい武器運んでんだよ!」

 「そうか! すまん! はっはっは!」

 総大将であるギョウブが、手下の狸達に叱られ、頭を下げて謝っている。

 「・・・フフフ。相も変わらず、頭領にあるまじき姿だな」

 白尚坊がその姿を嘲笑する。

 「やっと来たぜ相棒がよ」

 ギョウブが、狸達が持って来た巨大な物を手に取る。それは、無数の棘のある鉄球が先に付いた棍棒で、その大きさは人間の大人と変わらぬ大きさの狸達よりも巨大である。しかしギョウブは、それを軽々と片手で持ち上げている。

 「相棒なら自分で運べよ!」

 「すまん! はっはっは!」

 ギョウブが再び叱られる。

 「・・・ギョウブよ。貴様何故、人間なぞに化けてまで関わろうとする?」

 白尚坊がギョウブをジッと見下ろす。

 「あんたこそ、人間を毛嫌いし過ぎだぜ。確かに、昔の事で人間への恨みもあるが、こうする事で仲間を、俺達のこの国を守れてる。・・・それに外へ出てみて分かったぜ。人間が皆、悪い奴だけじゃねぇってな」

 ギョウブが棍棒を構え、ニッと笑う。

 「・・・フン。やはりわしにはわからんな」

 白尚坊がそう呟くと、背後から九つの尾が、目にも見えぬ速さでギョウブに向かう。するとギョウブが白尚坊に向かって跳び上がり、棍棒を振りかぶる。九つの尾とギョウブの距離が近づいて行く。

 「“鬼無骨おにむこつ”!!」

 バゴォォォォン!!!! ギョウブが棍棒振り下ろした背後で、山の様に巨大な白尚坊が血を吹いて倒れていく。すると、白尚坊の体が煙に包まれ、中から元の小さな老狐が落下して行く。白尚坊が地面に落ちる直前に、素早く回り込んだギョウブが受け止める。

 「ジジイが無理すんな」

 「・・・フッフッフ。・・・生意気なガキめ」

 白尚坊がかすかに笑う。ギョウブが頭上に浮かぶを月を見上げる。

 「戦は終わりだ」

 完

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