第44話 「八百八狸 対 千尾狐 参」

 八百八狸やおやだぬき千尾狐せんびぎつねの両軍が激しく入り乱れる戦場の中、八百八狸軍の幹部で竹伐たけきり兄弟の長兄ちょうけい竹蔵たけぞうと、千尾狐軍の幹部である梶ノ葉かじのはが激しく睨み合っている。

 「ギャハハハ! やはり楽しいなぁ、戦いは!」

 梶ノ葉が笑いながら、羽織っていた着物の上半身を脱ぎ出す。すると中からは、毛に覆われながらも鍛え抜かれた肉体があらわになる。

 「相変わらず頭がいてるようで安心したぜ、戦闘狂!」

 こちらもニヤニヤと笑う竹蔵が、両の刀を構える。

 「悪いが俺は、百年前とは桁違いに強ぇぞ!」

 梶ノ葉がそう言うと、腰を低く落として右の拳を振りかぶる。

 「あん時ゃ、お互いガキだった。だから決着は付かなかったが、今回は違う。俺らも段違いに強ぇぜ」

 竹蔵がそう言うと、両の刀を持ち梶ノ葉に目掛けて駆ける。梶ノ葉は構えたままニヤリと笑う。

 「“狐空拳こくうけん”!!」

 ブオン!! 梶ノ葉が拳を振ると、その衝撃波が竹蔵に向かう。すると、竹蔵が右手に握った刀を振り、衝撃波を相殺そうさいする。

 「おぉ、やるじゃねぇか! だがこれならどうだぁ!?」

 そう言うと梶ノ葉が、左右の拳を連打する。拳を振った数だけ衝撃波が発生し、竹蔵を襲う。しかし竹蔵は怯まず、両の刀を振り衝撃波を次々に斬っていく。

 「ギャハハハ! さばき切れるかぁ!?」

 梶ノ葉は何度も拳を連打する。

 「チッ! キリがねぇな」

 すると、竹蔵が両の刀を頭上に振り上げる。

 「“竹馬たけうま”!!」

 ブオォォン!! 竹蔵が両の刀を勢い良く振り下ろすと、二対についの大きな斬撃が発生し、地面をえぐりながら梶ノ葉に向かう。梶ノ葉が目を見開く。

 「ギャハハハァ!! おもしれぇ!!」

 すると、梶ノ葉が両の拳を勢い良く振りかぶる。竹蔵の二対の斬撃は、勢い良く梶ノ葉に向かって来る。

 「“狐空甲拳こくうこうけん”!!」

 梶ノ葉が向かって来る斬撃に拳を振る。すると、梶ノ葉の両拳に衝撃波がまとわれる。ガガガァッ!!! 梶ノ葉が衝撃波を纏った両拳で斬撃を止める。

 「ギャハハハ! まともに喰らえば真っ二つだなぁ!」

 梶ノ葉が笑うと、竹蔵の斬撃が消える。

 「馬鹿力め。・・・ははは。くそ、面白くなって来ちまったぜ」

 竹蔵がニヤリと笑う。



 一方、八百八狸軍として戦うウンケイと、子狐のコンきちが身構える前に不気味にたたずむのは、千尾狐軍の幹部コックリである。

 「・・・不気味な野郎だぜ。こいつは幹部だよなぁ?」

 「・・・はいアニキ。この人は幹部のコックリだ」

 ウンケイが薙刀なぎなたを構える。そのウンケイの後ろに、コン吉が冷や汗をダラダラと流して身を隠す。

 「・・・君ハ裏切リ者ダネ。裏切リ者ハ許サナイヨ」

 コックリがコン吉をジッと見つめている。するとコックリがおもむろにコン吉を指差す。コン吉が目を見開く。刹那せつな、ガキィィン!! コン吉の背後で鋭い金属音が鳴り響く。コン吉が恐る恐る振り向くと、そこには誰もおらず、ウンケイの薙刀があるだけ。コン吉が目を丸くしている。

 「厄介やっかいな能力だな。普通なら、何が何だか分からぬまま勝負が着いちまうんだろう」

 ウンケイがコックリを睨む。

 「・・・へ? アニキどうゆう事だ?」

 コン吉がウンケイの顔を見上げる。

 「今の攻撃は、あいつの傍にいる奴の仕業だ」

 ウンケイの言葉に、コン吉はコックリの方を向くが、そのわきには誰もいない。

 「・・・? 誰もいないけど・・・?」

 コン吉が目をまん丸くしている。

 「あぁ見えねぇか。・・・多分あれは霊だな」

 ウンケイが顔色一つ変えず淡々と話す。コン吉の全身の毛が逆立ち、冷や汗が流れる。

 「・・・霊って、もしかして・・・」

 「ああ、おばけだ」

 コン吉が今にも気を失いそうになっている。

 「君ハ見エルノ?」

 コックリがウンケイを見つめる。

 「あぁ。俺は元坊主だからな。破戒僧はかいそうだが」

 ウンケイがニヤリと笑う。

 「ソウカ。ソレハ厄介ダネ」

 コックリが自分の傍を見る。ウンケイの目からは、コックリの傍に鋭く長い爪と牙を持ち、目はきつく釣り上がった恐ろしい風態ふうていの狐の幽霊が、こちらを睨んでいるのが見えている。

 「霊と戦うのは初めてだが、どうやら攻撃は当たるみてぇだし、勝機は充分だ」

 ウンケイが薙刀をコックリに向ける。コックリはウンケイをジッと見つめる。



 「・・・ハァハァ、くそったれ!」

 肩で息をしているしゃらくと、その視線の先で千尾狐軍の幹部イナリが、涼しい顔でニヤニヤと笑っている。そのイナリの周囲を、数枚の笹の葉が浮遊している。

 「ハハハ! さっきの威勢はどうした!?」

 「ハァハァ・・・あいつに近づけねェ。どうする・・・」

 しゃらくは、イナリの周囲を浮遊する笹の葉を睨んでいる。

 「来ないならこっちから行くぜ?」

 そう言うとイナリが、左手の人差し指をクイっと動かす。すると、周囲を浮遊していた笹の葉が、一斉にしゃらくに向かって勢い良く飛んで来る。しゃらくはそれをかわす。しかし笹の葉は止まらず、しゃらくを追いかけていく。

 (このままじゃアらちが明かねェだろ!)

 すると、しゃらくがきびすを返し、追って来る笹の葉の方を向き、顔の前で両手を交差して構える。笹の葉は物凄い勢いでしゃらくに向かって来る。

 「“獣十文字じゅうもんじ”!!」

 ガキィィィン!! しゃらくが鋭爪えいそうを振り、笹の葉を弾く。鋼鉄の刃と化している笹の葉は、そのまま地面に突き刺さる。するとしゃらくが、すかさず地面に刺さった笹の葉を、次々に地面に踏みつける。踏まれた笹の葉は、地面に深く食い込んでいる。

 「・・・何してやがる?」

 イナリが首をかしげている。すると、しゃらくがイナリの方を振り返り、勢い良く向かって来る。

 「馬鹿め。何度やっても・・・」

 イナリが笹の葉を動かそうと指を動かすが、地面に深く刺さった笹の葉は抜けずにいる。

 「小癪こしゃくな」

 イナリが懐に手を入れる。しゃらくは拳を振りかぶる。

 「“無爪猫拳くろねこ”ォ!!」

 「“笹盾ささだて”!!」

 イナリがしゃらくの拳に向かって笹の葉を三枚投げると、笹の葉が重なり盾のようになる。しゃらくは構わず拳を振る。ガァァン!!! しゃらくの拳を鋼鉄の笹のたてが受け止める。しかし、しゃらくの勢いは凄まじく、イナリの方も負けじと両手を出して笹の盾を操る。互いに押され負けないよう力を込める。

 「うあァァァァ!!!」

 「おぉぉぉぉ!!!」

 すると、バキバキバキィィ!!! 笹の盾が割れ、しゃらくの拳が突き破る。イナリが目を見開く。バキィィ!!! しゃらくの拳がイナリも顔面を殴り飛ばす。イナリは後方へ吹き飛んでいく。

 「どうだこの野郎ォ!!」

 しゃらくが唾を飛ばす。すると、吹き飛んだイナリがむくりと起き上がり、口から垂れる血を手で拭う。

 「・・・畜生、生意気な。殴られたのは久しぶりだぜ」

 イナリがニヤリと笑う。

 「わはは! じゃア負けんのも久しぶりだなァ!」

 しゃらくがニヤリと笑って構える。



 一方の激し戦場の中、静かに立っているのは、千尾狐軍の幹部、八尾はちおである。無口で静か気な表情ながら、その巨体から溢れる圧迫感は凄まじいが、その後ろにある更に巨大で太い尻尾は、独特の存在感を放っている。

 「・・・」

 その涼しい顔をしている八尾の前には、竹伐り兄弟の次男、竹次たけじが血だらけで倒れている。

 完

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