第35話 「男前」

 地面に沈んだ酒呑童子しゅてんどうじが、白目を剥いて伸びている。そばには元に戻ったしゃらくが、パンパンと手を払い、倒れる酒呑童子を睨む。

 「しゃらくさん!!」

 おちょうがしゃらくに駆け寄る。

 「お蝶ちゃァァん!!」

 しゃらくがニンマリと笑い両手を広げる。それを見てお蝶は歩調を緩める。顔は苦笑い。

 「あ、えっと、ありがとう!!」

 お蝶がしゃらくと間合いを取り、手を振る。

 「お蝶ちゃァん!? その距離感は何だい!!?」

 すると、しゃらくがその場でバタリと大の字に倒れ込む。

 「あァ腹減ったァ!!」

 盛大にしゃらくの腹が鳴る。それに笑うお蝶。その後ろからウンケイがブンブクを肩に乗せて来る。

 「負けるかと思ったぜ」

 ウンケイがニヤリと笑う。

 「負けるかおれが!」

 すかさずしゃらくが言い返す。

 「そうだ! 私たちの村に来て? ご馳走ちそうするわ!」

 お蝶がニコリと笑う。

 「本当かよォ!!? やったァァ!!」

 しゃらくが寝たまま大騒ぎする。


  *


 山を降りた小さな村の村長の家に、にぎやかな明かりが灯っている。

 「いやはや、貴方あなたたちは私たちの恩人だ。ありがとうございます」

 村長が深々と頭を下げる。周りの村人達も頭を下げている。

 「やめてくれ。俺達はただ売られた喧嘩けんかを買っただけだ」

 ウンケイがニコリと笑う。その背後ではしゃらくとブンブクが、目の前に出された飯を物凄い勢いでき込んでいる。

 「お前らわきまえろ!」

 ゴツン! ウンケイがしゃらくに拳骨げんこつを浴びせる。

 「いってェェ!! 何すんだよウンケイ!」

 すると、ウンケイがしゃらくの傍に寄り、耳元でひそひそ話す。

 「この村はあいつらに占領せんりょうされてたんだぞ? 食い物だって僅かしかねぇ筈だ。俺達が食い過ぎたら・・・」

 「どわァァァ!! そうじゃねェかァ!!!」

 しゃらくが大声を張り上げる。ウンケイが耳を塞ぐ。

 「そうだぜ何してんだおれァ! おいブンブク食うのを止めろ! おれも食ったもん吐き出すぜ!」

 しゃらくが大声でわめきながら、ブンブクをパシっと叩き、自分も口の中に指を突っ込んでいる。

 「やめろ馬鹿野郎ぉ!!」

 ウンケイがしゃらくを殴る。倒れ込むしゃらくの腕にブンブクが噛み付く。

 「ぎゃァァァ!!」

 「わっはっは。面白ぇ人たちだ」

 村人達が賑やかな喧騒けんそうに笑顔する。久々の賑わいに村人達は楽しそうにしている。

 「しゃらくさん達、本当に賑やかね」

 お蝶がニコニコと笑いながら、お茶を持って来る。

 「お蝶ちゃ〜ん♡ こいつらがいじめるんだ。助けてくれよォ〜」

 しゃらくが、鼻の下を伸ばしてニマニマと笑っている。お蝶は苦笑いする。

 「にしても夜烏組やがらすぐみの奴ら、あんたらが酒呑童子を倒してくれた後にのこのこ来て、まるで自分達の手柄みてぇに。今まで何を言っても助けてくれなかったじゃねぇか!」

 村人達が文句を言っている。

 「そうなんだよ! あいつらいつもだぜ!」

 しゃらくも顔を真っ赤にして文句を言っている。

 「それにしても、多分俺達は奴等やつらに監視されてるな」

 「えェ!? でもあいつらの匂いしねぇぜ?」

 ウンケイの言葉にしゃらくが驚く。

 「常に付いて来てる訳じゃねぇんだろ。俺達の通る道を先読みされてるって感じだな。それに多分お前の神通力じんつうりきも把握してる。匂いも残さねぇように対策してるんじゃねぇか?」

 「そうか! てことは、おれ達が強ェって分かったって事だな!」

 しゃらくが鼻息を荒くする。

 「・・・まぁそんなとこだな」

 しゃらくの前向きさに、ウンケイの表情が緩む。その後も村は一晩中賑やかで、村は久しぶりに笑顔に溢れた。

 

   *

 

 明け方、村には温かな朝陽がキラキラと差し込んでいる。村を出たしゃらく一行とお蝶が山を登っている。

 「お蝶ちゃんありがとな。山案内してくれて」

 「ううん、いいのよ。この山の楽な道は複雑だから」

 軽快に進むお蝶の後ろをべったりと付いて歩くしゃらく。その後ろを肩にブンブクを乗せたウンケイが付いて行く。

 「しゃらくさん達がここに来てくれて、本当によかった。ありがとう」

 お蝶が嬉しそうに後ろを振り返る。

 「もういいって。礼なら昨夜ゆうべに山ほど受けたぜ」

 最後尾のウンケイがニコリと笑い返す。しゃらくは相変わらずニマニマと笑ってお蝶を見つめている。

 「ふふ。確かにそうね」

 お蝶が笑って再び前を振り返る。

 「前の時は、酒呑童子が逃げたからまた戻って来たけど、今度は捕まったからもう来ないよね」

 「ああ。もう来ねぇだろう。そういえば気になってたんだが、前に酒呑童子を追い出した旅人ってのは、何者なんだ?」

 ウンケイが尋ねる。するとお蝶がビクッとする。

 「・・・あの方の事は私達もよく知らないの。酒呑童子を追い払ってくれたお礼をしたいと言ったんだけど、村で少し休まれただけで、すぐに行ってしまって」

 お蝶が背を向けたまま話す。

 「へェ、おもしれェ。強いのか? そいつは」

 しゃらくがニヤリと笑う。するとお蝶が足を止め振り返る。

 「ええ。凄く強かったわ。それに強いだけじゃなくて・・・」

 お蝶が顔を赤くし、両手を頬に付ける。

 「・・・男前だったか」

 ウンケイがニヤリと笑ってつぶやく。するとしゃらくが勢いよくウンケイの方を振り向く。

 「そんな事言ってねェだろお蝶ちゃんはァ! 何言ってんだウンケイ!」

 しゃらくが肩で息をしてウンケイを怒鳴る。

 「じゃあ聞いてみろよ」

 ウンケイとブンブクがニヤニヤと笑っている。しゃらくはお蝶の方を振り返る。

 「お蝶ちゃんすまねェ。こいつらが変なこと言って」

 「・・・ううん、その通り。あの方、凄くかっこよかった」

 お蝶が顔をさらに真っ赤にする。しゃらくは膝から崩れ落ちる。ウンケイとブンブクはゲラゲラとお笑いする。

 「うおォォォォ!!!」

 「しゃらくさんどうしたの!? 大丈夫?」

 絶叫するしゃらくに驚き、お蝶が心配する。するとしゃらくがお蝶の手を取り見つめる。

 「お蝶ちゃん! そいつにホレてんのか!?」

 するとお蝶は再び顔を赤くし目をらす。

 「うおォォォォ!!!」

 しゃらくが再び絶叫する。ウンケイとブンブクは腹を抱えて笑っている。

 「・・・だから男前は嫌いなんだぜ。よし決めた! そいつ探して一発殴ってやる!!」

 「天下はどうすんだ?」

 「どっちもやる!!」

 皆が笑う。賑やかな笑い声としゃらくの悲鳴は、山のどこまでも響き渡る。


 「はっくしょん!!」

 とある城下町の団子屋で、一人の男がくしゃみをする。男の両隣には町の娘が男にピッタリくっついて座っている。

 「大丈夫ですか?」

 町娘達がうるうるとした瞳で男を心配する。

 「ああ大丈夫。誰かが僕の噂でもしてるかな?」

 完

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