第34話 「猛獣」

 山の中、にらみ合うしゃらく達と酒呑童子しゅてんどうじ

 「何だとてめぇ? 聞いてなかったのか? お前ごときに倒せる相手じゃねぇと言ってんだ。それに、俺には勝てると言ったように聞こえたが?」

 酒呑童子がしゃらくを睨む。

 「当たり前だ」

 しゃらくがニヤリと笑い、舌を出す。

 「よし殺す!!」

 酒呑童子が顔を真っ赤にし、刀を振り上げる。すると、しゃらくの前にウンケイが立つ。ガキィィィン!!! 酒呑童子の刀をウンケイが薙刀なぎなたで受け止める。

 「・・・てめぇこそ、うちの大将を簡単に倒せると勘違いしてねぇか?」

 ウンケイが酒呑童子をギロリと睨む。

 「!!?」

 ガン!! するとウンケイが酒呑童子の刀を弾き返す。刹那、ウンケイの背後からしゃらくが飛び上がり、酒呑童子の顔の前で拳を振りかぶる。酒呑童子が目を見開く。

 「“虎猫鼓どらねこ”ォォォ!!!」

 バキィィィ!!! 酒呑童子の顔面に掌底しょうていを繰り出す。まともに食らった酒呑童子は、後方へふらついて尻餅しりもちをつく。

 「ぐっ・・・!!」

 酒呑童子が顔を上げると、しゃらくが再び飛びかかって来ている。

 「この野郎ぉぉ!!」

 酒呑童子が拳を振りかぶる。しゃらくも拳を振りかぶっている。

 「おらァァァ!!」

 バチィィィン!!! お互いの拳がぶつかり合う。その衝撃すさまじく、お互いが吹っ飛ぶ。

 「ゔぅ・・・!!」

 「いででェェ!」

 しゃらくが手をブラブラと振っている。

 「手ぇ貸すか?」

 ウンケイがしゃらくに声を掛ける。

 「いや、いい! 一人で十分だぜ!」

 しゃらくが視線を酒呑童子に向けたままニヤリと笑い腕をまくる。ウンケイはそれを聞き、薙刀に布をき始める。

 「・・・ナメやがって!」

 酒呑童子が顔を真っ赤にして立ち上がる。しゃらくも小柄ではないが両者の体格差は、大人と赤子程離れている。

 「おいチビ野郎! 誰を相手にして一人で十分だって?」

 「お前だよ偽もん!」

 その言葉を聞き、酒呑童子が刀を振りかぶる。

 「真っ二つにしてやる!!」

 ブォォォォン!!! 酒呑童子が勢いよく刀を振る。しかし手応えなく、刀は空を斬る。

 「何!!?」

 しゃらくの姿が忽然こつぜんと消え、驚く酒呑童子。

 「どこへ行きやがったぁ!!?」

 酒呑童子が辺りをキョロキョロと見回す。

 「ここだァァァ!!」

 突然のしゃらくの声に、酒呑童子が目を見開き、自分の刀を見る。すると、刃の上をしゃらくが駆けている。

 「何ぃ!!?」

 驚く酒呑童子。そしてしゃらくが跳び上がり、片足を大きく振り上げる。

 「“影象踏かげふみ”ィィ!!!」

 ドォォォォン!!! 酒呑童子の腕に、しゃらくが脚を振り下ろす。酒呑童子は思わず刀を離し、顔をゆがませる。

 「頑丈なやつだぜ!」

 しゃらくはすかさず、酒呑童子の腕を駆け登っていく。

 「ねずみがぁぁ!!」

 酒呑童子が、もう片方の手でしゃらくを払おうとするも、しゃらくはそれを跳んでかわす。

 「どんなデカい獣でも急所は変わらねェ!」

 しゃらくは酒呑童子の首目掛けて飛びかかる。

 「“豹斑牙まだらきば”ァァ!!!」

 刹那せつな、酒呑童子の首にいくつもの噛み跡がまばらにでき、血が噴き出る。

 「うぉぉぉ!!」

 酒呑童子が慌てて首を抑え、しゃらくの姿を探す。すると突如酒呑童子の眼前にしゃらくが現れ、両手を交差させている。

 「っ!!!」

 「“獣爪十文字じゅうもんじ”ィィ!!!」

 ズバァァァ!!! 酒呑童子の顔面に大きな十字の傷が付く。

 「ぎゃあああ!!!」

 酒呑童子が顔を抑えて後方へふらつく。

 「て、てめぇ・・・! 俺の顔によくも!!」

 酒呑童子がギロリと睨む。しゃらくは着地し、酒呑童子を見上げる。

 「傷がなんだァ! 負傷は戦いの勲章くんしょうだぜ!」

 「くそがぁぁ!!!」

 酒呑童子がしゃらくに向かいながら刀を拾い、再び振りかぶる。

 「来い!!」

 しゃらくがニヤリと笑い、獣のごとつんいになる。ブオォォォン!!! 酒呑童子が再び刀を振るうが、その刃は再びくうを斬る。しゃらくは脱兎だっとの如く跳び上がっている。すると酒呑童子がニヤリと笑う。

 「かかったな!!」

 酒呑童子が刀の向きを変え、そのまましゃらく目がけて振り上げる。

 「ははは!! 所詮しょせん獣の力、空中では動けんだろ!!」

 巨大な刃はしゃらくへ猛然と向かっていく。すると今度はしゃらくがニヤリと笑う。

 「なっ・・・!!?」

 酒呑童子が目を見開く。

 「おれァ猛獣もうじゅうだァ!!」

 しゃらくが両腕を広げ、鋭い爪を構える。

 「“虎枯こがらし”ィィ!!!」

 ガガガガァァァ!!! しゃらくが、目にも止まらぬ速さで鋭爪を振り回す。すると、酒呑童子の刀の刃は端微塵ぱみじんに砕け散る。酒呑童子は目を点にし、開いた口が塞がらない。しゃらくは着地し、再び四つん這いで構える。

 「・・・ち、畜生ちくしょおぉ!!!」

 酒呑童子が今度は拳を振りかぶる。すると、しゃらくが片足を上げまるで牛のように地面を足で掻く。シュッ! そしてしゃらくの姿が消える。酒呑童子が目を見開く。

 「“猛牛弾もうぎゅうだま”ァァ!!!」

 次の瞬間、ドォォォン!!! 酒呑童子の鳩尾みぞおちに凄まじい衝撃が走る。酒呑童子の鳩尾に、しゃらくが目にも止まらぬ速さで頭突きをしたのだ。

 「ぐえぇっ!!!」

 酒呑童子は両膝を着き、鳩尾を抑えながら口から吐瀉物としゃぶつを吐く。

 「げっ汚ねェ! み過ぎなんだよバカ野郎!!」

 しゃらくが酒呑童子に怒鳴りつける。すると酒呑童子が口を手で拭いながら、しゃらくをギロリと睨む。

 「この野郎ぉ。ハァハァ。・・・よくも酒を吐かせやがったな。ハァハァ・・・許さねぇ」

 酒呑童子がゆっくりと立ち上がる。

 「俺を本気で怒らせたなぁ! 殺してやるぁぁ!!」

 酒呑童子がしゃらくに拳を振る。しゃらくは身軽に側転しそれをかわす。すると酒呑童子の拳は後ろの大木に当たる。しかしその力は凄まじく、大木が折れて倒れる。

 大木が倒れる衝撃にそばで隠れているおちょうとブンブクが頭を抑えて怯えている。その前に立っているウンケイは仁王立におうだちで微動だにしない。

 「ちょこまかと! ねずみめ!!」

 酒呑童子がくるりと振り返り、今度はしゃらくを蹴ろうと横から脚を振る。しゃらくはピョンと跳び上がり、再び躱す。脚がかすれた地面は大きく抉れている。

 「おいおい! 山を壊すんじゃねェよ! 獣たちの家なんだぞ!」

 宙に跳んだしゃらくを酒呑童子が見上げる。

 「ハハハァ! ここは俺の山だ! 俺の家だ! 谷の村も俺の物! あの女共も俺の奴隷どれいだ! 勝手にここへ入り、更には俺の物を奪おうとするねずみは俺が駆除する!!」

 酒呑童子の言葉に、お蝶はハッとし顔を上げて戦いを見つめる。

 「ここにお前のもんなんてねェ! この山から出てけ!!」

 しゃらくが拳を振りかぶる。酒呑童子もしゃらくへ拳を振るう。

 「“無爪虎猫拳くろねこ”ォォ!!!」

 しゃらくが酒呑童子を殴り飛ばし、酒呑童子の顔面が地面に叩きつけられる。

 完

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