第18話 「火付け役」

 ビルサ城内、地下へウンケイと子狸が落ちていく。すると子狸が、落ちていく中、頭の上に前足で葉を抑える。そしてボンッと全身が煙に包まれる。煙が晴れると、子狸の体が薄く広がり、下からの気流を受けて気球のようになる。そしてウンケイを掴み、二人はフワフワと落ちていく。二人の下には、無数の針先が連なっている。

「ふん!」

 バリィィン!! ウンケイが薙刀なぎなたを振り、針先が砕け散る。そしてウンケイが着地し、子狸の体は再びボンッと煙に包まれて元の姿に戻り、ウンケイに抱き止められる。

 「ありがとな、助かったぜ。お前の変化の術は凄いな」

 ウンケイに頭を撫でられ、子狸は嬉しそうに尻尾を振る。子狸を降ろし、ウンケイが辺りを見渡す。辺りには、ただ真っ暗闇が広がっている。

 「一体なんだここは?」

 暗い中ウンケイが歩みを進める。子狸はおろおろしながら、ウンケイについて歩く。すると、壁にもたれかかって倒れているボロボロの着物を着た骸骨がいこつを見つける。子狸は飛び上がるが、ウンケイは全く動じず、ジッと亡骸なきがらを見つめる。

 「・・・」

 ウンケイは誰とも知らない亡骸の前にしゃがみ、黙って手を合わせ目を閉じる。子狸は不思議そうにウンケイを見つめている。

 「俺は寺にいたが、きょうは一つも覚えてねぇんだ。悪いな」

 そう言うとウンケイが、不思議そうに見ている子狸の方を向き、ニコリと笑う。子狸は更にポカンとしている。するとウンケイが立ち上がり、奥へ続く暗い通路の先を見つめる。

 「お前この先分かるか?」

 ウンケイが子狸に尋ねると、子狸は分かったか分からずでか、付いて来いと言わんばかりに前を歩く。地面に鼻を近づけ、匂いを探りながら歩いていく。ウンケイは亡骸がまとっていた着物を取り、先程折った針先に巻きつける。

 「悪いが借りるぜ」

 すると、ウンケイが薙刀をシュッと擦り付け、着物を巻いた針先に火を付け松明たいまつを作る。

 「ここは何の為の地下だ? 侵入者をぶち込んどくもんじゃ無さそうだな」

 長く続く通路は、松明の灯りでは全く心許こころもとないほど真っ暗だが、子狸はクンクンと鼻を動かし進んでいく。すると、子狸が止まりウンケイの方を振り返る。見ると、大きく頑丈そうな扉がそびえ立っている。

 「何だこりゃあ」

 子狸は、前足で扉をカリカリと触っている。

 「ここを開けろって?」

 子狸はウンケイを見上げ、尻尾を振っている。扉にかかっていたであろう錠は既に破壊されている。ウンケイが扉に手をかける。錆び付いた扉は大きな音を立てて開いていく。扉の中を松明で照らすと、中には大量の武器が敷き詰められ、その黒々とした武器が松明の灯りをゆらゆらと映している。

 「・・・武器庫か?」

 周囲を見渡しているウンケイとは対照に、勝手知ったる子狸は我が物顔で中へ入っていく。

 「・・・しかし一城の武器庫にしては、数が多過ぎねぇか?」

 武器をよく見ると、武器のすべてに「ウリム将軍献上品」の札が貼られていることが分かる。武器庫の奥には、加工場のような部屋も見える。

 「・・・なるほど。ここで武器を作って、ウリムに送ってる訳か」

 「ワン!」

 子狸が奥の方で、ウンケイを見つめて尻尾を振っている。

 「ワンって、犬かよ。そっちに何かあんのか?」

 ウンケイが子狸の元へ行くと、武器の陰にある壁に人一人分程の大きさの穴が開いている。子狸はその穴を指差し、尻尾を振っている。

 「抜け穴か。これが城のどっかに通じてるんだな。でかしたぜ」

 ウンケイが子狸の頭を撫でる。子狸は嬉しそうに尻尾を振る。

 「だが、俺が通るには狭いな。せめて入り口だけでも広げねぇと。お前これで手元照らしててくれねぇか?」

 ウンケイが子狸に松明を差し出す。子狸は松明を口で受け取り、ウンケイの手元を照らす。ウンケイは薙刀の柄の先で壁を突き、穴を広げようとする。子狸はお座りをして松明で壁を照らしている。

 「ぶっ壊すのは訳ねぇが、壁が崩れちゃ困るからな。全く面倒くせぇな」

 ウンケイは壁が崩れないよう、慎重かつ力を込めて壁を突く。すると、松明をくわえて退屈そうに座っている子狸の前を、一匹の小さなねずみが通る。子狸が目で追っていると、鼠は襲って来ない子狸をまるで挑発するかのように、前をちょろちょろと動き回る。

 「チッ。意外と固ぇな」

 ウンケイがブツブツ言いながら壁を突く。子狸は、目の前で動き回る鼠に飛びつきたいところを我慢し、咥えた松明でウンケイを照らしている。しかし、それでも動き回る鼠につい我慢できず、松明を咥えたまま鼠を追いかけてしまう。そのせいでウンケイの周りは真っ暗になる。

 「おい! どうした!?」

 武器庫内を逃げ回る鼠を子狸が追いかける。しかし子狸は、松明を咥えたまま走り回る為、武器庫内の至る所に火が移る。

 「おい辞めろ! 全部燃えちまうぞ」

 ウンケイの制止も聞かず、いや元々人間の言葉など理解出来できない為、火を咥えて走り回る。武器に貼られた「ウリム将軍献上品」の札も燃えていく。ウンケイも子狸を追いかけて捕まえようとする。そして、ようやく子狸を捕まえ抱き上げる。

 「この馬鹿野郎! どうしたんだ急に」

 ジリジリジリ。すると、ウンケイの足元で何やら妙な音がする。目線を下げると、足元に真っ黒い鉄の玉が複数あり、玉から出ている紐の先に火が点いている。

 「やばいっ!!!」

 ドガァァァァン!!!! 

 

 

 城内の調理場。しゃらくとお渋が、突如とどろいた爆音と大きな揺れに飛び上がる。

 「な、なんだァ!?」

 すると、おしぶが悲鳴を上げて、咄嗟とっさに近くにいるしゃらくにしがみつく。案の定、しゃらくは鼻の下を伸ばして、ニマニマと笑っている。

 「でへへ♡ お渋ちゃん! 俺がそばにいるから安心しな!」

 すると、お渋はすぐにしゃらくから離れる。

 「ごめんなさい! 驚いてしまって・・・」

 しゃらくは悲しそうに肩を落とす。

 「それにしても何の音かしら?」

 「・・・下から聞こえたなァ。もしかして、ビルサは下にいんのか?」

 「・・・いや。あの男は、わざわざ出向いて来るような男じゃないと思うわ。まさかブンブクちゃんに何かあったんじゃ・・・」

 すると、しゃらくが目の前にあった食べ物を急いで食べ終える。そして立ち上がる。

 「ごちそうさん! お渋ちゃんありがとう! あの狸ならたぶん大丈夫だ。お渋ちゃんはここでじっとしててくれよ。そんじゃ、行ってくるわ」

 しゃらくがニッと笑う。お渋はコクリとうなずき、去っていくしゃらくの背中を見つめる。

 


 一方、城内最上階の大広間。爆音と大きな揺れに驚いた女達が、悲鳴を上げてビルサにしがみつく。

 「何だ?」

 ビルサが家老に尋ねる。家老も飛び上がりそうになっている。

 「・・・何でしょう? 下からのようですね。あの男の仕業しわざでしょうか?」

 ビルサの眉がピクリと動く。

 「・・・原因はそれしかねぇか。派手に暴れてやがって、俺の城を壊す気か。そろそろ懲らしめてやるか」

 ビルサがさかずきに入った酒を一気に飲み干す。

 「ビルサ様。私達どうなるの?」

 女達がビルサに寄り添い尋ねる。

 「なに、大した事ではない。俺がわざわざ出向かねばならんのは気に入らんが、ちとゆっくりしていろ」

 ビルサが盃をカンッと置き、のっしりと立ち上がる。

 「申し訳御座いません、ビルサ様。兵達が力およばず」

 「構わん。暇潰しにちょいと遊んでやる。兵共の始末は後だ」

 家老がビルサに頭を下げる。ビルサは外に向かって歩き出す。

 「しかし、あの男もなかなかの暴れ様。まるで爆弾が爆発したかのようでしたね」

 ビルサがピタリと止まる。そして徐々に汗が額を流れていく。

 「武器庫を見てこい!! 早くしろぉ!!!」

 完

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