第17話 「もぐら」

 階下から喧騒けんそうが響き渡る城内の最上階。その大広間にて、絢爛けんらんな着物をまとった女達に囲まれ、鎮座ちんざする大男が一人。男は、現在天下統一に最も近いと言われる十二人の将軍達、“十二支えと将軍”の幹部の一人であり、強力な神通力じんつうりきの使い手で、その強さから「恐土竜将もぐら」の異名で恐れられている。

 「グハハハ! おいじじい! 酒が足りねぇぞ!」

 「し、しかしビルサ様! 今はそれどころでは・・・」

 「俺が出向く事ではないのだろう? 貴様がそう言ったんだぜ? それに万一ここへ上がって来たところで、俺の敵ではねぇ。ならば何をしようが問題無かろう。違うか?」

 「・・・い、いえ」

 「たかが活きの良い小僧一匹。何匹来ようが捻り潰してくれる。俺は十二支えと将軍幹部 恐土竜将もぐらのビルサ様だ」

 ビルサがさかずきをカンッと置く。

 

 

 一方、城内下階。ウンケイとその前で仰向けになって腹を見せている子狸。

 「お前、け狸か?」

 子狸は仰向けのまま固まっている。口からは、ベロンと舌が垂れている。するとウンケイが顔を近づける。

 「お前はこの城のもんか? 邪魔をすれば殺すぜ」

 子狸が滝のような汗をかき、ブルブルと震えている。どうやら、ウンケイの言葉の意味は分からないが、威嚇いかくされていることは分かっているようである。

 「そうか。じゃあ邪魔すんな」

 ウンケイが子狸の脇を通り過ぎようとする。すると子狸は、何を思ったかウンケイの後ろを付いて行く。ウンケイはそれに気が付き、立ち止まって後ろを振り返る。

 「何だてめぇ。邪魔すれば殺すと言った筈だぜ」

 ウンケイがギロリと睨む。すると子狸は、またもや仰向けになり腹を見せている。ウンケイはくるりと踵を返し、再び歩き始める。すると、子狸もウンケイの後ろを付いて行く。そしてまたもウンケイが振り返り、子狸が仰向けに倒れる。

 「・・・何がしたいんだてめぇは?」

 すると、子狸が立ち上がり、身振り手振りで懸命に何かをウンケイに訴えかける。

 「・・・外に連れてってほしいのか?」

 ウンケイが窓の外を指差し、子狸に尋ねる。子狸は何度もうなずき、尻尾を振っている。

 「勝手に行けよ。俺は今忙しいんだ」

 ウンケイが踵を返しそうになると、子狸がウンケイの足に抱きつき、何度も首を振る。

 「おい! 邪魔だ、退けよ!」

 ウンケイが足を振るが、子狸は泣きながら必死にしがみついて離れない。ウンケイはあきれ、足を下ろす。

 「分かったから離れろ! それじゃあ交換条件だ。俺はここの一番上に用がある。てめぇは俺をそこへ案内しろ。そうしたら外へ連れて行ってやる」

 ウンケイがしゃがみ、身振り手振りで子狸に伝える。子狸は分かったか分からずでか、何度も頷きながら尻尾を振っている。

 「よし。契約成立だ。早速案内しろ」

 ウンケイが拳を差し出すと、子狸も拳を差し出し、互いの拳が付く。すると、子狸はくるりときびすを返し、尻尾を振りながら歩いていく。ウンケイは黙って子狸に付いて行く。

 「何だか知らんが、これで楽に上がれるじゃねぇか」

 ウンケイは悠々ゆうゆうと子狸の後ろを歩く。城内に侍達の気配はなく、辺りにはただ、静寂せいじゃくが広がっているだけである。

 「それにしても静かだな。ビルサはいるんだろ? あの野郎は何をしてんだ? 何か嫌な予感がするぜ。悪い事でも起きそうだな」

 バリッ!!

 「え?」

 ウンケイと子狸が歩く床が破れる。そのままウンケイと子狸は地下へ広がる暗闇へ、真っ逆さまに落ちていく。

 「あああああ!!!」



 一方城内の広場にて、二本牙のキンバ含めたくさんの侍達が倒れている中、しゃらくも仰向けになり倒れている。

 「あァ~腹減ったァ~。動けねェ~」

 すると柱の陰で何かが動く。しゃらくは気配に気が付き、柱に顔を向ける。

 「誰だァ! こいつらが臭ェせいで気が付かなかったぜ」

 しゃらくが倒れたままわめいている。すると陰から、おしぶが出て来る。お渋は周囲を気にしながら、トコトコとしゃらくの元へ駆けて来る。

 「しゃらくさん大丈夫!? 凄い怪我!」

 お渋が心配そうにしゃらくの顔を覗く。しかし、しゃらくは鼻の下を伸ばして、ニマニマと笑っている。

 「お渋ちゃァ~ん♡ おれが心配で来てくれたのォ~?」

 「違います! ブンブクちゃんが、しゃらくさんの後を追って出て行っちゃったんです。それが心配で。見てないですか?」

 話を聞いて、しゃらくが床に沈まんばかりに落ち込む。それでも、落ち込むしゃらくを揺さぶって、お渋が子狸の行方を尋問し続ける。

 「知らねェよォ。見てねェ」

 今度はお渋が落ち込む。そして落ち込んだお渋を見て、しゃらくが更に落ち込む。

 「・・・それより、このお侍さん達は? その怪我は? 一体何があったんですか?」

 「おれがぶっ倒した!」

 しゃらくが威勢を取り戻し、親指を立てる。お渋は驚き周囲を見渡す。すると倒れている侍の中にキンバの姿を見つけ、更に驚く。

 「キ、キンバさん!? ・・・って事は本当に?」

 お渋が目を丸くし、しゃらくを見ると、しゃらくはニコリと笑っている。

 「・・・あなた本当に強かったのね。あなたならあいつを・・・」

 ぎゅるるる!! しゃらくの腹が鳴る。

 「お渋ちゃん! おれ腹減って動けねェんだ。飯食わしてくれェ」

 お渋は頷き、しゃらくの足元へ周って、両の手でしゃらくの両脚を持ち上げる。

 「お腹一杯にしてあげるから!」

 お渋がしゃらくの脚を持って駆け出す。しゃらくは脚から引きずられる形になり、慌てるが動けないので、されるがままである。するとお渋は階段を降り始め、しゃらくは頭をガンガンと打ち付けている。

 「痛ェ! 痛ェよお渋ちゃん! もっと優しくしてくれェ!」

 「待っててねしゃらくさん! 今ご飯食べさせてあげるから!」

 お渋は気にせずしゃらくを引きずり、階段を降りていく。階段を降り切り、長い廊下をひたすら、しゃらくを引きずりながら駆けていく。そして調理場へと辿たどり着く。

 「はぁはぁ。着きましたよ! しゃらくさん!」

 お渋が振り返ると、顔をパンパンに腫らしたしゃらくが白目を剥いている。

 「ぎゃあああ! しゃらくさぁーん!!!」

 お渋はしゃらくを抱きかかえ、目一杯に涙を浮かべる。

 「死んじゃ嫌ぁー!! ビルサを倒してぇ!!」

 「・・・死んでないよ」

 しゃらくが声を振り絞る。お渋は抱きかかえたまま、しゃらくの顔を見ると、しゃらくがパンパンにらした顔で、鼻の下を伸ばしてニマニマと笑っている。

 「いやぁ!! 気持ち悪い!!」

 しゃらくを突き飛ばして平手打ちする。



 調理場内でしゃらくがむしゃむしゃと大量の料理を食べている。その脇でお渋は不安そうに見つめている。

 「明日からのお侍さん達の食事が無くなってしまったわ。どうしよう・・・」

 「はひほおふ! ゴクリ。明日から侍達はいねェんだから!」

 しゃらくがニコリと笑う。お渋はその笑顔を見てふっと微笑む。

 「・・・そうね。これで私も後に引けなくなったわね。私はしゃらくさんを信じるわ」

 しゃらくはグッと親指を立て、むしゃむしゃと怒涛どとうの勢いで食べ進める。するとお渋が顔をうつむかせる。しゃらくは、食べながらもそれに気が付く。

 「どした? お渋ちゃん」

 食べながらしゃらくが尋ねると、お渋は目一杯に涙を浮かべ、ポロリと一雫ひとしずくあふれる。しゃらくは驚き、手を止める。お渋がギリっと歯を食いしばる。

 「・・・私の母は、あの男に、・・・ビルサに殺された」

 「!?」

 完

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