第14話 文学少女と天才ピアニスト その十二

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 それからしばらく雑談していると、一階からお母さんの声が聞こえてきた。お風呂が沸いたようだ。


「沙音、どうする? 先に入るかい?」


「ん~……じゃあ、お言葉に甘えて」


 沙音はベッドから立ち上がると、自分のバッグの中から予め買っておいた下着を取り出す。


「上着はぼくので良かったら貸すけど?」


「あっ、じゃあ貸して」


 ぼくはクローゼットから自分のTシャツとハーフパンツを取り出すと、沙音に手渡した。彼女はそれを素直に受け取ると、そのまま鼻に押し当ててくんくんと匂いを嗅いだ。


「ん~……やっぱりサヨサヨの匂いは落ち着く……」


「ああ……もう、嗅がなくていいから」


 ぼくが呆れていると、沙音はクスクスと笑う。そしてそのまま浴室へと向かうために部屋を出ていこうとすると、沙音は立ち止まって振り返る。


「サヨサヨも一緒に入ろ」


「え? いや、ぼくは後で入るよ」


「なんで? いいじゃん」


「なんでって、恥ずかしい……」


 ぼくがそう答えると、沙音は不服そうな表情を浮かべる。


「あーしはサヨサヨのこと好きだし恥ずかしくないよ? それに女の子同士だから問題ないじゃん」


「いや……そうじゃなくて……なんというか……」


 ぼくが言い淀んでいると、沙音は距離を詰めてくる。彼女の吐息が感じられるくらいの距離まで近づいて来たので、ぼくは慌てて身を引いた。


「ちょ……沙音!?」


「ダメ? サヨサヨ……」


 沙音は潤んだ瞳で見つめてくる。ぼくはその目に見つめられると、何も言えなくなってしまう……。結局、押し切られる形で一緒に入ることになったのだが、これが失敗だったと、あとから後悔する。


「えへへ……サヨサヨとお風呂~」


 沙音は嬉しそうに鼻歌を歌いながらシャワーを浴びている。彼女の白い肌がお湯を弾きながら艶めかしい色香を放っているように見える。ぼくはなるべく意識しないようにしながら身体を洗い始めた。


「ねえねえ、背中洗ってあげる!」


 沙音はそう言ってぼくの後ろに回り込むと、ボディソープをタオルにつけて泡立てる。そしてそのまま優しく背中を擦ってくれた。


「どう? 気持ちいい?」


「うん……ありがとう……」


 ぼくは素直に礼を言う。正直言ってかなり気持ちが良かった。


「サヨサヨの肌すべすべだねぇ……」


 沙音はそう言って素手でぼくの背中に触れる。


「ひゃうっ!?」


 沙音がいきなり触れてきたので、思わず変な声が出てしまった。


「サヨサヨかわいい」


「もう……勘弁してくれ……」


 ぼくが力なく答えると、沙音は嬉しそうに笑う。そしてまた背中を洗い始めたのだが、今度はぼくの胸やお腹周りまで手を伸ばしてくる。


「ちょ……そこは自分でやるから……」


「いいじゃん、遠慮しないで」


 沙音はぼくの制止を無視して、丁寧に洗ってくれる。その優しい手つきにドキドキしてしまう。やっぱりこういうのは慣れないな……。


「はい、終わり!!」


 沙音はそう言ってシャワーを手に取ると、ぼくの身体に付いた泡を流してくれる。


「はぁ……」


 ぼくは大きく息を吐く。なんだかどっと疲れてしまった気がする。


「サヨサヨ、のぼせたの? 顔赤いけど大丈夫?」


 沙音がぼくの顔を覗き込みながら言う。確かに顔が熱いような気がするが、絶対に別の理由だろう。


「大丈夫、大丈夫だから」


 ぼくは慌てて誤魔化すように言うと、手にボディソープを付けて泡立てる。


「じゃあ、今度はぼくが沙音の背中を流すよ」


「えっ……それはちょっと恥ずかしいかも……」


「さっきはぼくの身体を洗いまくったじゃないか、だから遠慮しなくてもいいよ」


 ぼくは意地悪っぽく言うと、沙音の方へと近づく。


「サヨサヨ……もしかして怒ってる?」


「怒ってないよ、ほら」


 ぼくは有無を言わせず沙音の後ろに回ると、ボディソープを手に馴染ませて優しく背中に触れる。


 沙音の肌はきめ細やかですべすべしている。それにとても柔らかい。


「ん……サヨサヨ……」


 沙音はくすぐったそうに身を捩る。ぼくはそんな彼女の反応を楽しみながら、泡立った手でゆっくりと背中を擦っていく。


「ふっ……うぁ……」


 沙音の唇から漏れる吐息が妙に色っぽく感じられる。ぼくはなるべく意識しないようにしながら、彼女の身体に触れ続けた。


「はい、終わったよ」


「……ありがと」


 沙音は息を整えながら振り返る。その顔はほんのり赤く染まっていた。たぶんそれはお風呂にのぼせたからというだけではないだろう。


「じゃあ次は前だね」


「え……?」


「君もぼくの身体を全身を洗っただろう、なら背中だけじゃ不公平じゃない?」


「いや、ちょっと待とうサヨサヨ……さすがに前は……」


 沙音は恥ずかしそうに身を捩る。その仕草が妙に可愛らしく感じられた。


「ダメ、逃がさない」


 ぼくはそう言って沙音の腕を掴むと、そのまま彼女を後ろから抱きしめるような体勢になった。そしてそのまま彼女のお腹に手を回して抱き寄せる。


「ちょ……サヨサヨ!? 胸当たってる……」


「うん、当ててる」


 ぼくは悪戯っぽく言うと、そのまま沙音の身体を洗い始めた。


 ぼくはそのまま沙音のお腹から胸にかけて手を滑らせていく。彼女の身体はとても柔らかく、滑らかで肌触りが良い。ずっと触っていても飽きないだろうなと思うほどだ。


 沙音は顔を真っ赤にして、されるがままになっている。そんな彼女の様子を見ていると、嗜虐心がくすぐられるのを感じた。


 ぼくにされるままとなった沙音の身体を隅々まで洗うと、シャワーで泡を流していく。そして最後に自分の身体についた泡も落とすためにシャワーを浴びる。


「終わったよ、沙音」


「……うん」


 沙音は俯いたまま、小さな声で答える。その頬はまだ赤いままだ。


「大丈夫? のぼせた?」


「いや、あーしの顔が赤い理由、サヨサヨが身体洗ってたせいなんだけど……」


 沙音は恨みがましい目でぼくを見つめてくる。


「ごめんごめん、でも君も同じことしただろ?」


「それはそうだけどさぁ……」


 沙音は納得していないような表情を見せる。だが、これ以上追求しても仕方がないと思ったのか、湯船につかると大きく息を吐いた。


「はぁ……なんかどっと疲れた……」


「いや、ぼくの方が疲れたよ……いきなりあんなのは心臓に悪い」


 ぼくも文句を垂れながら沙音の隣に浸かった。ただ浴槽が二人で入るには狭いので、必然的に沙音に身体をくっつけることになるのだが……。


 ぼくと沙音の肌が直接触れ合うと、お互いにビクッと反応してしまった。


「ちょっと、サヨサヨ……なに意識してるわけ……?」


「いや、君のほうこそ……」


 ぼくと沙音はお互いに顔を見合わせる。なんだか気恥ずかしくて目を合わせられない。


「あのさ……サヨサヨ……えっと……」


 沙音が何かを言い掛けるが、上手く言葉が出てこないようで口ごもってしまう。そしてそのまま黙り込んでしまった。ぼくも何を言っていいのか分からず沈黙が流れる。しかし、その空気に耐えられなくなったのか、沙音が口を開く。


「あの……本当にありがとうね……」


「え?」


 急にお礼を言われてしまい困惑するぼく。何かお礼を言われるようなことをしただろうか? 


「その……今日、理由も聞かずにお泊まりさせてくれたでしょ?」


「そのことか、別に大したことはしていないよ」


 ぼくは苦笑しながら答える。沙音を助けてあげたいと思っただけだし、これくらいのことで感謝されるとは思っていなかったからだ。しかし、沙音は首を振った。


「大したことあるよ……だって普通はここまでしないもん」


「そうかなぁ……」


 ぼくは納得がいかず首を傾げる。ぼくの反応を見てか、沙音が小さく溜息を吐いた。


「はぁ……サヨサヨってばそういうところあるよね……自分の優しさに無自覚っていうかさ……」


 そう言って呆れ顔をしながら視線だけをぼくに向ける沙音。


「別に誰にだって優しい訳じゃないさ、ぼくはそこまでお人好しじゃない」


 困っている人がいたら、誰彼構わず助けるような聖人や物語の主人公ではない。ただ、自分にとって身近な人の力になりたいと思っているだけだ。


 ぼく自身が周りに助けられて、今のぼくがいると思っている。だから今度は自分が誰かを助けられるのならそうする。ただそれだけだ。


「だから、ぼくにとって大切な友だちである君の力になりたいと思っただけだ」

 ぼくがそう言うと、沙音は驚いたような表情を浮かべた後、照れくさそうに顔を背けてしまう。そして小さな声で呟いた。


「サヨサヨ……そういうところだよ……」


「ん? 何か言ったかい?」


「なんでもない、それよりそろそろ出よ? のぼせそう」


 沙音が立ち上がって浴槽から出ていく。ぼくもそれに続くように立ち上がった。


 お風呂から上がった後、ぼくらはバスタオルで身体を拭いた後、寝間着に着替える。


「沙音、ぼくの服キツくない?」


「大丈夫、サイズピッタリだし」


 沙音はぼくの服を着て、ちょっと嬉しそうに微笑む。彼女の着ている服はぼくのTシャツとハーフパンツだ。


「サヨサヨの匂いがして落ち着く……」


 沙音はぼくの服に顔を埋めて匂いを嗅いでいる。その姿が妙に艶めかしく見えて、ドキッとした。


「沙音……その、あまりそういうことは……」


 ぼくは恥ずかしくなって目を逸らす。すると、沙音がクスクスと笑う声が聞こえた。


「サヨサヨってば照れてる」


「君のせいだろ……ほら、このドライヤーで髪を乾かして」


 ぼくは誤魔化すように沙音にドライヤーを手渡す。


「サヨサヨが先でいいよ、サヨサヨのほうが髪短いし」


「いや、沙音の方が長いから先に使いなよ」


 ぼくはそう言って譲らない。すると沙音は思い付いたかのような顔をして、ドライヤーをコンセントに差し込んだ。


「じゃあ、あーしがサヨサヨの髪乾かすね」


「いや、それは悪いよ……」


「いいからいいから、ほら座って座って」


 結局押し切られてしまった。ぼくは言われるままに沙音の前の椅子に座り込む。彼女はぼくの後ろに回るとドライヤーのスイッチを入れた。


 温かい風が髪に当たる感覚は気持ちが良い。髪を梳くように優しく触れられると、なんだか眠たくなってくる。


「お客さん、痒いところはないですか?」


「なに急に、大丈夫だよ」


「え~つまんな~い」


 沙音は不満げに頬を膨らませると、ぼくの髪をくしゃくしゃと弄る。ぼくは思わず苦笑した。


「もう、沙音ってば……」


「えへへ、ごめんごめん」


 沙音は楽しそうに笑うと、再び手を動かし始める。その手つきはとても優しく温かかった。誰かに髪を乾かしてもらうのがこんなにも心地良いものだとは知らなかったな……。


 そんなことを思いながらもされるがままになっていると、あっという間に髪が乾いたようだ。


「はい、終わったよサヨサヨ」


「ありがとう、じゃあ今度はぼくが君の髪を乾かすよ」


「お願いしまーす」


 沙音はドライヤーを渡して、ぼくに背を向けると、ちょこんと座り込む。ぼくはドライヤーの電源を入れて髪を乾かしていく。沙音の長い髪はとてもさらさらしていて触り心地が良い。なんだかずっと触っていたくなるほどだ。


「これだけ長いと大変そうだね」


「まあね、でももう慣れたし、そこまで手入れも苦じゃないかな」


 沙音は鏡を見ながら答える。確かに彼女の言う通り、手入れが行き届いているようで枝毛や切れ毛などはなさそうだ。


「むしろ、サヨサヨが伸ばしてないのが意外かな」


「ぼくの場合はめんどくさがりなだけだから……」


 ぼくは自分の髪に触れてみる。あまり長く伸ばしすぎると手入れが面倒だし、かといって短く切りすぎるのもなんとなく嫌だ。だからショートボブくらいの長さが一番ちょうどいい。


「サヨサヨの髪も綺麗だよ、なんか長い方が似合う気がする」


「そうかな? まあ、沙音が言うのならそうかもしれないね」


 ぼくは苦笑しながら答える。沙音はぼくを褒めるとき、いつも真っ直ぐな言葉をぶつけてくる。それは彼女の性格によるものだろう。


「よし、乾いたよ」


「ありがとう、サヨサヨ」


 沙音は立ち上がって伸びをする。そしてぼくに向かって微笑んだ。


「サヨサヨ、今日は本当にありがとね」


「どういたしまして、でもお礼はさっきも聞いたよ」


「何回言ってもいいじゃん、あーしが言いたいだけだし……」


 沙音は照れくさそうに笑う。そんな彼女の笑顔を見ると、ぼくまで嬉しくなった。


 その後、ぼくたちは一緒に歯磨きをして寝る支度をする。


 沙音の寝る場所はどうしようかと考えていると、お母さんから布団を一組手渡された。


 どうやら、沙音が来ると聞いてわざわざ買ってきてくれたらしい。


「ありがと、お母さん」


 ぼくはお礼を言うと、布団を持って自分の部屋まで戻る。


 そして、布団が敷けるようなスペースを確保すべく、部屋を少し片付ける。


「よし、これくらいかな」


 ぼくは布団を床に敷くと、沙音を呼びに行く。


「沙音、布団敷けたからおいで」


「はーい」


 沙音は元気よく返事をすると、ぼくの部屋に入ってくる。そして、敷かれている布団の上で横に寝転んだ。


「ふかふかだ~気持ちいい~」


 沙音は満足そうに言うと、枕に頭を乗せる。ぼくもベッドに入って横になった。


「じゃあ、明かり消すよ」


「うん、おやすみサヨサヨ……」


 沙音はそう言うと、すぐに眠ってしまった。よほど疲れていたのか、あっという間に深い眠りについてしまったようだ。


 寝付くの早いな。


 そんなことを考えつつ、ぼくも目を閉じた。今日はぐっすり眠れそうだ。ぼくはそう思いながら眠りについた。

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