第13話 文学少女と天才ピアニスト その十一

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「さて、そろそろ夕食が出来ているだろうから、リビングへ行こうか」


「あれ? もうそんな時間?」


「ああ、だから早く行こうか」


 ぼくがそう言うと、沙音はベッドから立ち上がって部屋を出る。ぼくも沙音に続いて部屋を出ると、リビングへと向かう。そしてリビングに入るとテーブルの上には既に料理が並べられていた。


「あら? ちょうど良かった、今呼びに行こうと思っていたところなのよ」


 お母さんがエプロンを脱ぎながらこちらに寄ってくると、席に座るように促してくる。ぼくたちはそれに従い並んで席についた。


「それにしても今日はやけに豪華だね」


 テーブルの上に並べられている料理を見てぼくは思わず呟く。普段はそこまで豪勢な食事ではない。一般的な家庭料理だ。でも今日は明らかにいつもとは違う雰囲気だった。


「今日は沙音ちゃんのために腕によりをかけて作ったからね」


「ありがとうございます、本当に何から何までお世話になってしまって……」


「気にしないで、沙葉のお友だちならいつでも歓迎だから」


 お母さんは沙音に優しい笑みを浮かべながら答える。沙音はその答えを聞いて、ちょっと照れくさそうにしていた。


「さあ、冷めないうちにいただきましょう」


 お母さんのその言葉でぼくたちは手を合わせてから食事を始める。沙音は最初は緊張していたようだが、徐々に慣れてきたのか笑顔を見せるようになった。


 そのくらいのタイミングで、お父さんが仕事から帰ってきた。


「ただいま」


「あ、おかえりなさいお父さん、今日、沙葉のお友だちが泊まりに来てるのよ……」


「ほう、それは珍しいね」


 お父さんは驚いた表情を浮かべながら、沙音のほうを見る。すると、お父さんは沙音の顔を見て、一瞬固まった。


「君は……」


「初めまして、月城沙音と申します、この度は急な訪問、失礼致します」


 沙音が礼儀正しく頭を下げると、お父さんは我に返って慌てて返事をする。


「ああ……これはご丁寧に……私は沙音の父親です、いつも娘がお世話になっております」


「いえ、こちらこそ……」


 沙音はお父さんに対しても丁寧に挨拶すると頭を下げる。そんな様子をお母さんは嬉しそうに見ていた。


「ふふ……やっぱり沙音は礼儀正しいわね」


「まあ、彼女、名家のお嬢さまだからね」


「そうなの? 知らなかったわ……」


 お母さんは意外そうな表情を浮かべて沙音を見る。まあ、確かに見た目は金髪ギャルだから、あまりお嬢さまという印象は受けないかもしれない。


 それにしてもお父さんの今の反応……何か妙だった。

 ぼくと沙音の顔はそっくりだから、沙音の顔を見て驚いたのかと思ったが……。


 でも、お父さんが沙音の顔を見た時、何か別のものを見ているような……そんな気がした。


「サヨサヨ?」


 そんなことを考えていると、沙音が心配そうにぼくを見ていた。どうやら少し考え込んでしまっていたらしい。ぼくは慌てて笑顔を作ると、彼女に答えることにした。


「いや、なんでもないよ」


「そう? ならいいけど……」


 沙音はそう言うと食事を再開する。ぼくもそれに倣うように食事を再開した。


 お父さんは一旦部屋で着替えてからリビングに戻ってくると、お母さんの隣で座り一緒に食事を始める。


 そして四人で夕食を楽しみながら、他愛ない会話で盛り上がる。


「しかし、沙葉が女の子の友だちを連れてくるとは……感慨深いな……」


 お父さんはしみじみと呟きながら、沙音のほうを見る。


「お父さん……恥ずかしいからやめてよ……」


「でも事実じゃないか、今まで友だちを連れてきたことなんてなかっただろ?」


「そうだけどさ……」


 ぼくはバツが悪そうに視線を外す。確かに今まで友だちを家に連れてくることがなかったので、お父さんの言葉には反論できない。


「中学入るまでは竜也くんくらいしか友だちいなかったじゃない……」


「うう……お母さんまで……」


 ぼくは恥ずかしさのあまり、顔が熱くなるのを感じる。

 確かにぼくは中学時代は内気で人見知りな性格だったので、友だちと呼べる存在はいなかった。


 それは事実だけど、沙音の前でそんな話をされるのは恥ずかしい。てか、むず痒くて死にそう……。


「竜也くん?」


 沙音は不思議そうに首を傾げながらぼくのほうを見る。


「天道さんの名前だよ……」


 ぼくがそう言うと、沙音は少し考え込んだ後、ポンっと手を叩いた。


「ああ!! 天道の!! そういえばそんな名前だった!!」


 沙音は思い出したように言うと、納得した表情を浮かべる。


「沙音ちゃんも竜也くんのこと知っているの?」


「はい、彼とは同じクラスですので」


「そうなの? じゃあ沙音ちゃんも沙葉の一個上なのね」


「はい、そうです」


 沙音は嬉しそうに答えると、今度はぼくのほうを見る。


「ねえねえサヨサヨ、やっぱり天道を家に連れ込んでるじゃん!!」


「連れ込んでるって……人聞きが悪いことを言わないでくれ」


「事実じゃん!! さっきはぐらかしたのってそういうことだったんでしょ!?」


「別にそういうつもりで言ったわけじゃないよ」


 沙音はムッとした表情を浮かべながらぼくのことを睨んでいる。ぼくはそんな彼女の視線を苦笑いで受け流しながら、お母さんのほうを見る。


 お母さんはどこか微笑ましそうな目でぼくたちのことを見ていた。


「どうしたの? お母さん」


「こうして二人並んでると、姉妹みたいよね……そう思わない? お父さん」


「……そうだね」


 お父さんは何か思案するような表情でそう答えると、少し間を置いてから再び口を開いた。


「そういえば、月城さんは髪は染めているのかい?」


 お父さんが唐突にそんなことを尋ねる。


「はい、地毛は黒なんですけど、高校に入ってからはずっと染めています」


「えっ!? 沙音って元々金髪じゃなかったの!?」


「そうだけど? あれ? 話してなかったっけ?」


「初耳だよ……」


 沙音の返事にぼくは呆然としてしまう。彼女の髪はとても綺麗に整っていて、とても染めているようには見えない。


「いまって、こんなに綺麗に染めれるのね……」


「最近は綺麗で簡単に染められるカラー剤があるんですよ」


「そうなの……知らなかったわ……」


 お母さんは感心したように呟くと、沙音の髪をじっと見つめている。沙音はちょっと照れくさそうにしながら、食事を続けた。


 そんな様子をお父さんは見つめながら、何か考え込んでいる様子だった。


「これもあの人の巡り合わせか……」


 お父さんが小さな声で呟いた言葉は、ぼくの耳には届かなかった。


「ごちそうさま」


 ぼくはそう言って手を合わせると、席を立つ。すると沙音もほぼ同時に食べ終わったようで、同じように手を合わせた。


「ごちそうさまでした、とても美味しかったです」


「お粗末様でした、二人とも綺麗に食べてくれて嬉しいわ」


 お母さんは嬉しそうに微笑むと、食器を片付け始める。ぼくも手伝おうと食器を下げる。


「あっ、サヨサヨ、あーしも手伝うよ」


「いいよ沙音ちゃん、お客様なんだからゆっくりしてて?」


「いえ……お世話になっている身なので……」


 沙音は申し訳なさそうするので、ぼくは彼女の手を引いて椅子に座らせる。


「いいから、今日は甘えておいてくれ」


「むぅ……サヨサヨがそう言うなら……」


 沙音は不満そうな表情を浮かべるも、素直に従ってくれた。それからぼくとお母さんは食器を片付け終わると、あとはお父さんが引き受けて、ぼくたちは二階の自分の部屋へと戻った。


「ふぅ……美味しかった……」


 沙音は部屋に入るとすぐにベッドに上に座る。ぼくも彼女の隣に座ると、沙音はぼくに体重を預けてくる。


「沙音、大丈夫? 疲れたのかい?」


「ちょっとね……でも平気、サヨサヨと一緒にいると元気出るから」


 そう言って沙音は笑う。その笑顔を見るとぼくまで嬉しくなる。


「サヨサヨのご両親は良い人たちだね、ご飯も美味しかったし」


「そう言ってもらえると嬉しいよ、お父さんもお母さんも、君に会えて喜んでいたから」


「そう? なら良かった」


 沙音は安心したような表情を浮かべる。彼女も緊張していたのかもしれない。ぼくはそんな彼女の頭を撫でた。


「なに? サヨサヨ?」


「いや、なんとなく撫でたくなってね……」


 ぼくがそう言うと、沙音は悪戯な笑みを浮かべて、ぼくの方を見てきた。


「サヨサヨって結構あーしのこと好きだよねぇ」


「そうだね、君といると楽しいし落ち着くよ」


「ストレートに言われると照れるなぁ……」


 沙音はそう言いながらもその声はどこか嬉しそうだ。現にぼくの手から逃げることもなく、撫でられたままになっている。


「あーしもサヨサヨのこと好きだよ、こうやって一緒にいるのも好きだし」


 ふと、沙音はぎゅっとぼくを抱きしめてくる。彼女の柔らかい感触と甘い匂いがぼくの思考を鈍らせる。


「沙音?」


「なんか、落ち着く……」


 沙音はそう呟きながら、更に強く抱きしめてくる。ぼくはそんな彼女の背中に腕を回して抱きしめ返すと、優しく頭を撫でた。


 沙音は特に嫌がる様子もなく、気持ちよさそうに目を瞑っている。その姿はまるで猫みたいで可愛かった。


「サヨサヨ、その……いや、なんでもない……」


 沙音は一瞬何かを言い掛けたが、すぐに口を閉じてしまった。何か言いかけたような気はしたが気のせいだろうか? ぼくは気になったけれど追及はしなかった。

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