第10話 文学少女と天才ピアニスト その八
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「本当にこれを着るのかい?」
ぼくは試着室で渡された衣装を見ながら苦笑いを浮かべた。そんなぼくの表情を見て沙音は目を輝かせながら、何度も頷いた。
「大丈夫!! 絶対似合うから!!」
「いや……そうじゃなくてさ……」
確かに沙音のコーデセンスは悪くないし、基本的にはオシャレだと思う。しかし、自分の格好がこれで良いのか? と聞かれればそれは別問題だ。
「あっ、もしかして気に入らない?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……その……少し可愛すぎじゃないかな? って思ってね」
沙音の言葉にぼくは思わず目を逸らしながら、そう言った。実際、ぼく自身が可愛い系な服装が苦手ということもあってか、こういった服は少し抵抗感がある。
「いやいや!! サヨサヨは普通に顔の作りがいいから何を着ても似合うって!!」
沙音はそう言ってぼくの背中を押すと試着室の中へ入れようとする。
「分かった……分かったから、押さないでくれ……」
ぼくは抵抗を諦めて試着室へと入り、手渡された服を見つめる。
手渡されたのはフリルがあしらわれたブラウスに、白のフレアスカートだった。正直、自分では着る機会が全くない服なので正直抵抗感が強い。
しかし、沙音が選んだものだ、着ないのも勿体ないのでぼくは諦めてその服を着た。
そして慣れない手つきで鏡を見ながら軽く髪を整えると試着室から外へ出る。
「どう……かな?」
ぼくが恥ずかしながら試着室から出ると沙音も同じような服を試着していた。
「……」
沙音は無言でぼくをじっと見つめていた。そしてぼくと目が合うと目を輝かせながらぼくに駆け寄ってきた。
「はわわわ……ヤバイ!! 想像以上にめっちゃ可愛いんだけど!! マジキュンなんだけど!!」
「そ、そうかな……」
沙音の言葉に思わずぼくは照れながら頬を掻く。正直、自分では似合っているかどうかも分からない。
「照れてるサヨサヨも……マジきゃわ!!」
「か、可愛いはやめてくれ……」
沙音はそう言いながらジロジロとぼくを見つめる。沙音は気に入ったのか、スマホを取り出して、ぼくの写真を撮り始めた。
「ちょっと!! 沙音!! 勝手に撮らないでくれ!!」
「いいじゃんいいじゃん!! 減るもんじゃないし!!」
「そ、そういう問題じゃなくて……」
そんなやりとりをしながらも沙音は何度もシャッターを切った。
「はぁ……マジ、あーしが男だったらサヨサヨみたいな女の子と付き合いたいって思うもん……ってか女でも付き合いたい」
沙音はそう言って笑った。正直、喜んでいいのか分からない。
「それは褒め言葉として受け取っていいのかな?」
ぼくは沙音の発言に苦笑しながらそう答えた。しかし、沙音はぼくの言葉に大きく頷いた。
「うん、サヨサヨはマジで可愛いし、性格も優しいし、あーしのタイプだよ!!」
「あはは……ありがとう……」
沙音のストレートな言葉にぼくはお礼を良いながら、彼女を改めて見る。
彼女もぼくと同じコーデをしているが、やはり自分が着るよりも彼女に似合うなと思ってしまう。
「沙音はどんな服を着ても可愛いけど……君はこういった可愛らしい服もよく似合っているよ」
ぼくは思ったことをそのまま口にする。沙音はぼくの言葉に満面の笑顔を浮かべた。
「でしょ!!」
沙音はそう言いながらスマホのカメラをこちらに向けながらぼくとの距離を詰めた。そしてぼくの腕に自分の腕を絡めると少し上目遣いで微笑んでくる。
「ホラホラ、せっかくだから今度は一緒に写真撮ろうよ!!」
「えっ? ああ……うん、そうだね」
ぼくは沙音の言葉に頷くと、カメラに向かって二人で笑みを浮かべた。身体をくっつけて、お互いにピースサインを作る。
「はい、チーズ!!」
沙音はシャッターを切るとすぐにぼくから離れてスマホを操作し始める。
そして撮れた写真をチェックすると満面の笑みを浮かべた。
「見て見て、サヨサヨ、この写真なんて姉妹みたいに撮れてるじゃん」
沙音が見せてくれた画面には仲良く腕を組んでいるぼくたちの写真があった。確かに仲睦まじい姉妹のように見えるが……今のぼくは完全に妹ポジになっている。
それにしてもぼくの顔……ちょっと笑顔が引きつっているような気がするな。
「沙音……これはちょっと恥ずかしいかな……」
「ええ~いいじゃん!! せっかくの姉妹コーデだし記念にもう一枚!!」
沙音はぼくを逃がすまいと腕に力を入れる。そんな彼女にぼくはされるがままになるしかなかった。
そのあともしばらくの間、ぼくたちは色んなお店で買い物を楽しみ、沙音と二人で写真を撮りながら時間を潰した。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気が付くともう日が沈む時間になっていた。
「よし!! じゃあ最後にプリクラ撮りに行こう!!」
「そうだね」
ぼくたちはゲームセンターで最後にプリクラを撮ったあと、帰り道の途中にあった公園で休憩することにした。
公園にはぼくたちの他に誰もいなかったので、ベンチに座って休むことにする。
「いや~今日は楽しかったね~」
沙音はベンチに座ると背もたれに寄り掛かり、ぼくのほうを見ながらそう言った。
「ああ、そうだね、本当に楽しかったよ」
ぼくも沙音の言葉に同意するように頷く。こんな風に同性の友達と遊びに行ったのは初めてのことだったので、今日のことはとても良い思い出になった。
「そう? なら良かった、なんか途中、あーしがサヨサヨを振り回しただけな気もするけど」
「確かに振り回されたりしたが、それはそれで楽しかったよ」
自分とは縁遠い場所だと思っていたとこ行けて、様々なことを沙音から学べた気がする。
「そっか、なら良かった」
沙音はそう言うと笑顔で微笑んだ。そんな彼女にぼくは思わず見惚れてしまう。彼女の笑顔は夕陽に照らされて本当に綺麗だと思ったからだ。
「どうしたの?」
「いや……夕日と君の笑顔がとても絵になるなと思ってね」
彼女の綺麗な金髪が夕陽によってオレンジ色に染まっていく。彼女の姿がとても美しく輝いて見えた。
「なんか、今日のあーしって超ヒロインって感じじゃない?」
沙音はそう言って満面の笑みを浮かべながらぼくにVサインをしてくる。そんな彼女の笑顔につられてぼくも笑みを浮かべる。
「そうだね、確かに君はヒロインみたいだ」
「でしょ? あーし、他の友だちと一緒に何度か遊びに行っているけどさ、何というか……」
沙音はそこで一度言葉を区切ると少し考える仕草をした。
「多分、サヨサヨとが一番良い距離感で遊んでる気がする」
「そうかい?」
「うん、なんだろうね? サヨサヨとは自然と会話が生まれる感じなんだよね、だからめっちゃ楽しい」
沙音はそう言うとぼくの手を握ってくる。彼女の手は少し温かくて柔らかい感触が伝わってくる。
その感触がなんだか心地よくて、ぼくは沙音の手を振り払うことができなかった。
「まあ、確かに……ぼくも沙音とは一緒にいて楽しいな」
ぼくはそう言って彼女の手を握り返す。
彼女に対して嫌悪感とかそういうものはないから一緒にいて楽しいのは事実だ。
何と言うか年の近い姉と遊んでいるような気分になる。
「そう? じゃあ、あーしたちは相性が良いってこと?」
「まあ……そうなるね」
沙音は嬉しそうに笑うとぼくの手をさらに強く握る。そして彼女はそのままぼくの腕に抱き着いてきた。
「ちょっ!? いきなりなにを……」
ぼくは慌てて彼女から離れようとしたが、その前に沙音が耳元で囁いてきた。
それはまるで甘い囁きのようであり、どこか妖艶な雰囲気を感じさせる声だった。その声と彼女の身体から伝わる体温に思わずドキッとする。
「サヨサヨ顔真っ赤じゃん、可愛い~」
「そういう君だって顔が真っ赤じゃないか」
「そ、そんなことないし、あーしは別に普通だし、顔が紅く見えるのは夕日のせいだし!!」
「ならぼくの顔が紅いのも夕陽のせいだよ」
ぼくたちはお互いに笑いながら見つめ合った。
「ふふふ……」
「あはは……」
そしてどちらからでもなく自然と笑みが溢れ、笑い合う。
その後、しばらく二人で笑い合ったあと沙音はゆっくりと身体を離す。
「あ~……なんかめっちゃ笑ったらお腹減ってきたね……」
沙音はそう言いながらお腹をさする仕草をした。ぼくも彼女と同じようにお腹が鳴るのを感じた。
「そうだね……名残惜しいがそろそろ帰るとしようか」
「うん、そうだね」
沙音はそう言うとベンチから立ち上がり、公園から出るように歩き始めた。ぼくもそんな彼女の後を追うように歩き出すと彼女が不意に振り返ってきた。
「またさ、一緒に遊びにいこうね」
沙音は満面の笑みを浮かべてそう言った。その笑顔にぼくは思わずドキッとしてしまう。しかし、すぐに我に返るとぼくも笑顔を浮かべた。
「ああ、また二人で遊ぼうか」
「約束だからね!!」
そう言って彼女は小指を立ててぼくに差し出してきたので、ぼくも自分の小指を絡めた。そして指切りげんまんをする。
「じゃあ、あーしはこっちだから」
「ああ、またね」
「うん、バイバイ!!」
沙音は元気よく手を振ると走っていってしまった。ぼくはそんな彼女の姿が見えなくなるまで見送ると家に向かって歩き出した。
それから帰宅するとお風呂に入り、夕飯を食べる前にスマホを確認する。すると沙音からメッセージが届いていたのでアプリを開いて確認すると『今日はありがとう!! めっちゃ楽しかった!!』というメッセージと共に写真が送られてきた。それは今日のプリクラだった。
ぼくも彼女と同じように返信を送るために文字を打つことにした。
『ぼくも楽しかったよ』と文字を打ち込むとすぐに送信する。そして、ぼくはスマホを閉じると大きく背伸びをする。ふと、目には行ったのは今日買った栞だった。
それを手に取って眺めると自然と笑みが溢れてくる。
「今日は楽しかったな……」
ぼくは栞を眺めながら今日一日を思い返し、そう呟いた。沙音と一緒に遊んだ時間は本当に楽しくて、時間が経つのが早く感じた気がする。
友だちとこんな風に遊んだのは初めての経験だったので、ぼくにとっては新鮮な体験だった。
「また今度も二人で遊びたいな……」
ぼくはそう思いながら栞を机の引き出しにしまったあと、夕飯を食べに行くことにした。
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