初雪とともに来て春の訪れとともに去る。
さんまぐ
初雪と共に来た春也。
第1話 初雪と共に来た男。
年末。
今年もあとわずかとなった頃、俺は栃木に居た。
寒い駅前で人を待つ。
まだ来ない。
まあ約束より早く到着したから仕方ない。
ボーッと待つしかない。
寒い冬にベンチで人を待つなんてそうそうない。
なんか寒いと思っていると、雪までちらほら降ってきている。
きっと初雪だ。
俺は初雪と共に栃木に来た。
空いているベンチに座って駅前の街並みを見ていると、年末だからというのもあるが人の流れは早くて、俺なんてベンチに置かれた空き缶となんら変わらない。
それが心地よかった。
人を見て
バスを見て
タクシーを見て
自転車を見て
ベビーカーを見て
車椅子なんかを見る
皆目的地がある。
俺の目的地は何処だろうと思っているとだんだん目線は下がってしまう。
足元を見ていると「あれ?春也?もう来てる?」と聞こえてきて俺の前にスニーカーが駆け寄ってくる。
「早いな笑梨。それに久しぶり。3年ぶりかな?」
3年ぶりの笑梨は昔とそんなに変わっていない。
長い髪に切れ長の目元。
切れ長の目元はキツそうに見えてしまうのに、名前の通り笑顔が基本装備なのでキツさを感じさせない顔。
「もしかして一本前?早くない?言ってくれたら早く家を出たよ?」
「いや、待ち時間も心地よくてな」
俺が立ち上がると、笑梨は「あれ?荷物は?」と聞いてくる。
「着替えは宅急便に頼んだから今晩か明日には来るさ。足りないものは後で買い物に行かせてくれれば春まで過ごせる」
「まあそうだけどさ。お母さんに連絡するから待っててね」
笑梨は鞄からスマホを取り出すと、家で待つ母親、俺からすれば叔母にメッセージを送り、「さあ。頑張って道を覚えてよね」と言って前を歩く。
前を歩く笑梨は「ここのケーキはマジうまだよ〜」、「ここのパン屋さんはお惣菜パンが最高でさ〜」と案内してくれる。
「笑梨は食い物しか紹介できないのか?」
「は?春也?何言ってるの?食事より大切なものはこの世にはないんだよ!」
笑顔の消えた笑梨の顔は怖い。
俺は素直に「すまん」と謝って道案内を頼み、笑梨が住む家【秋田家】に到着した。
幼い頃、栃木なのに秋田と揶揄ったのが懐かしい。
今でも「うぅ〜、春也だって秋田なのに!」と返す笑梨に「残念、俺は卯月だ」と返した時の顔が忘れられない。
「お母さんただいま〜!」と言って玄関を開ける笑梨。
リビングから「あらあらようこそ〜」と出てきた人は秋田蒼子さん。笑梨の母親で、この秋田家の家長になる。
「3ヶ月と少し、お世話になります」
「部屋は余ってるんだから春也くんさえ良ければもっと居ていいのよ?」
俺は蒼子おばさんの言葉を愛想笑いで誤魔化して、リビングに通してもらうと仏壇に手を合わせる。
そこには本来の家主で家長の秋田紅一さんが笑顔で写っている。
紅一さんが亡くなったのは約4年前。
笑梨が中学生で俺が大学二年の時だった。
相手は飲酒運転の車で紅一さんは即死。
慰謝料、保険金、生命保険、様々なものが支払われて、建てて数年の秋田家はローンは終わり、笑梨は私立でも問題なく進学でき、蒼子おばさんは専業主婦が出来ている。
俺は蒼子おばさんの「紅一さんも春也くんを息子同然って言ってたんだからいいのよ?」と言う声を聞きながら、遺影になった紅一さんを見ていると「おい!春也!頼む!サッカーのパス連でも野球のキャッチボールでもいい!俺とやってくれよ!」と言ったり、「子供!?2人目?また女の子だった時どうすんだよ?俺には春也!お前がいるだろ?娘が嫌なのか?嫌なわけねーだろ?笑梨第一主義なんだよ!絶対2人目とかどうしていいかわからん!確実に男の子なら欲しかったけど、分の悪い賭けはできん!」と言っている姿を思い出してしまう。
男も女も先着一名様までしか愛せない不器用な人間とよく自分から言っていた。
改めてリビングのお客様用だろう。あまり使われていないソファに通されて、お茶が出てくるので「蒼子おばさん。お世話になります」と挨拶をすると、「ようこそ」と返した蒼子おばさんは「藍ちゃんも大変よね」と言って呆れたように笑う。
そこに笑梨が「藍子おばさんは春には帰ってくるの?長引かないの?」と聞いてくる。
「それこそ誰も知らないな。父さんも知らんだろ?」
「まあ災難よね。単身赴任先で入院してしまうんだから…」
そう。
俺の父、卯月豊は今年の春先に決まった2年限定の単身赴任で神戸に行き、最初なんかは神戸牛最高と送ってきたが、冬になって寝ぼけて階段落ちをして、足を複雑骨折して母藍子は世話の為に神戸に行った。
半分は神戸牛の魅力に負けただけだと思う。
朝同時に家を出たので母はまだ新幹線だろうか?
会話で出てくるまでそんな事も気にできなかった事に自分が嫌になった。
「案外新婚気分で神戸牛じゃないですかね?」
「そうね。藍ちゃんはいつでも笑顔の人だもの」
蒼子おばさんの言葉に、俺は蒼子おばさんも笑顔の人だと思うと言いたかったが言葉に詰まる。
蒼子おばさんは紅一おじさんの葬儀でも火葬場でのお別れの時しか泣かなかった。
「あの人は私の笑顔が大好きなの」
そう言って気丈に振る舞い、笑梨にも「笑顔が大好きなお父さんの付けてくれた名前よ。笑顔でいて欲しいな」と言って訃報から葬儀が終わるまで笑顔を求めた。
その結果、笑梨には笑顔が標準装備になった。
確か記憶の通りなら、父は週が明けて水曜日に手術をして骨をボルトで固定する。
そして傷が落ち着いたら歩行練習をしてからリハビリや通院生活になる。
母が戻るのは大体3ヶ月後。
笑梨の受験も終わり、卒業までのモラトリアムだからどうぞと俺を招いてくれた蒼子おばさんと笑梨には感謝しかない。
次の更新予定
初雪とともに来て春の訪れとともに去る。 さんまぐ @sanma_to_magro
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