十章十一話 『二日目:ナナミノキ・プラン』

働き始めたリリィを、主婦会の面々が快く受け入れたかと問われれば、実はそうではない。


主婦会への参加は任意だったが、彼女達の仕事は消化していかなければ日常が回らない。

手の空いている者は手伝うべきで、それをせず部屋に籠っていたリリィは最初、良くは見られなかった。


その辺に意図的に無頓着なセリと、英雄の妻という立場から自由に動けるビスカリアとレウイシアが彼女を輪に入れるべく動いていたが。

彼女が主婦会の一員として受け入れられるのは、それとは全く別の経緯に因る。



「ほら、こっち来な!ぼさっとしてたら捕まっちまうよ!」


「お父さんが連れ戻しに来たんだろう?逃げるってんならもっと気合い入れな!!」


奥方達に手を引かれ、リリィは主婦達の中へと身を隠す形になる。

リリィは理解が追いついていない。

父が来ると聞いた時、自分はここにはいられないと思った。

迷惑はかけられない。自分の味方なんていなかったのだし。

だから危険で当てもないと分かっていたけれど、魔王城を発とうと決意した。


「………どうして。どうして、私達を助けてくれるんですか?」


けれど工房街の職人達は囮役を買って出て。主婦会の女性達も手を貸してくれる。

そのあまりにも今更な質問に、主婦会の面々は呆れ顔を見せる。


「私、皆さんを騙しておりました!

 貴族の出であることも、そこから逃げてきたことも黙っておりましたし、今回の件でも皆さんに一方的な迷惑を…………」


「あんたが貴族のお嬢様なんて、みーんなとっくに知ってたわよ」


「………え?」


あっけらかんと言い放つセリ。リリィはぽかんと立ち尽くす。


「洗濯も料理も掃除もできない。今時そんな村娘がいるかって話よねぇ」


「故郷の話振ってもたどたどしいし、あからさまにおろおろするし」


「だけど食事の時だけやたらマナーがしっかりしているし」


「主婦会に顔出し始めた当初はまぁ、今更来たのか、こんなに何にも出来ないのかとは思ったけどねぇ……」


「ズミ君が何度も何度も頭を下げにくるし、頑張っているのは分かったから………」


リリィは思わずズミの方を見た。

彼女が主婦会で働き始める前後、ズミが何度も主婦会に足を運び妻のことを頼んでいた事実を、リリィは初めて知る。


「最後にどうして味方をするって話だけど……リリィ、あんた世間を知らなさすぎよ」


にやりと、会長トレニアが笑う。


「乙女の大恋愛に味方しない女なんて、いやしないんだから」




ナナミが整えた今回の作戦に対し、協力者への報酬という点ではこれが答えになる。


浪漫(・・)。

もう少し現実味のある言葉を混ぜるなら、貴族への憂さ晴らし。

国の権力者に追いやられた難民も属する銀の団は、太った貴族に対して良く思わない者が多い。

虚実(・・)はともかくとして。


片や、貴族の位を捨て魔王城に逃げてきた、大恋愛(・・・)に生きる若人二人。

片や、河の国マンチェスターの貴族界の重鎮、娘を力づくで連れ戻しに来た権力者。

そこにナナミの、吟遊詩人ばりの脚色が混じれば、団員達の同情を、闘志を、熱気を煽るのは容易い。

自分達を追いやっておいて、娘がいるとなれば偉そうに視察に来る貴族にひと泡吹かせてやろう。

ナナミが煽ったのは、団員達のそういう感情だ。


では、エゴノキが感じた残りの疑問――――利益と、落とし所は?



リリィ達から遅れて四半刻ほど、モントリオ達が洗濯場へと到着する。


「あー、モントリオはん、ここが洗濯場、主婦会の奥方の仕事場でしてな……」


「失礼する!!」


もはやエゴノキの説明には耳も貸さず、モントリオがその小屋へと足を踏み入れると………。

主婦達が、女性物の下着を洗濯しているところだった。


「なっ…………」



きゃあああああああああああああああ、という、濁った黄色い叫び声が木霊した。


「きゃああああ、何?何!?男の方!??」

「変態よ変態!!覗きに来たんだわ!!」

「貴様らのパンツも視察対象だぞとかいうつもりね!!」


「ちょ、違う――――」


「出ていって!!ここは男性禁制よー!!!」



流石の鉄面皮モントリオも、慌て追い返されるばかりだ。

男性陣が押しのけられた後、洗濯場の小屋の扉は勢いよく閉められる。


「………エゴノキ殿」


「いやいや、儂に言われても。

 娘の考えとることは分からん上に、妻の言うことには逆らえん男なもんで」


「……………………」


モントリオは苛立った顔で小屋を睨む。


「あーモントリオはん、非常に申し訳ないがそろそろ、晩餐会の時間が近づいていて………」


「分かっている。三国の王家が揃うのに遅刻などせん。

 オラージュ殿、ここは頼む。娘を必ず連れ戻してくれ。

 女性のあなたならあの小屋へも入れるだろう………オラージュ殿?」


ふと気付いてモントリオは、周りを見回す。

エゴノキとワトソニアと………それだけしかいない。


オラージュの姿が消えていた。






ナナミの作戦の、落とし所について。


まずナナミノキという商人は、若さに反してと言うべきか、若いからというべきか、ものの勘定に情というものを排して考える。

それが商人としてあるべき姿だと彼女が信じているからだ。


だから今回の件において彼女は、リリィが無事逃げ伸びることを絶対条件として考えていない。

勇者一行に対して何が何でも彼らを逃がすプランを練るなら、多くの損害と二次影響と、危険性を伴うことになる。

割に合わない。だから――――。


蠢く十四の思惑の内の1つ、ナナミの思惑は、リリィ達の逃亡幇助とは別のものを見ていた。

最悪モントリオに彼女が捕まっても、思惑(それ)は果たせる。

腐ってもローレンティアの実兄、セトクレアセア卿が魔王城にいる今、銀の団に悪すぎる結果にはならない。

となればナナミとしては、その目的を果たした上で、リリィの匿いに最善を尽くすべく動く。

一連の流れでナナミが見ていたのは、大司祭オラージュの策敵能力の精度だ。

逃げるというこちらの目的を考えた時、敵はモントリオ自身ではなく、オラージュのそれになる。

工房街では囮をありったけ用意して動かし、本物は最後まで建物の1つに籠らせた。


分かったこと。


彼女の策敵能力は工房街1つを覆う。

距離によって策敵の精度が落ちるかは分からないが、少なくとも街の端から城と反対側へ逃げようとする囮を、彼女は的確に感知して対処した。

一方で、正確な感知ができるわけではない。

リリィとズミ、男女の二人を追う上で、彼女はフウリンとスズランの女同士の囮や、キンバイ・ギンバイのマッチョのオカマ二人にまで反応した。

容姿や特徴まで把握できるものではない。

加えて、籠っていた本物に無反応だったところを見ると、彼女の策敵能力は物体の動きを捉える代物である。


と、ナナミは結論付けた。だとすれば。

馬車で外に逃がす選択肢を取らないのなら、魔王城で彼らを隠すのに最も適した場所は1つに絞られる。

それは、本人達が動かずとも移動できる…………。

主婦会所有、堀から魔王城屋上までを繋ぐ、洗濯物を運ぶリフト。


主婦会の面々に囲まれながらもズミとリリィはリフトの鉄籠に滑り込み、そして洗濯物の山を上から被る。

モントリオ達が洗濯場の小屋に入っている間に、リフトは稼働されていた。

二人を乗せて、上へ、上へ。屋上へ――――。







オリエンテーション・・・・・・・・・ですか」


工房街、ナナミを囲うオラージュの加護魔法の隣に立ち、仕立て人ハゴロモは呟く。


「よく考えましたね、ナナミさん」


「………銀の団ここには旗がないのです」


それこそが。商人見習い、ナナミの思惑、その目的。

父エゴノキの、銀の団を国家と渡り合えるようにするという構想をナナミも共有し、共感していた。

多国籍集団、寄せ集めの銀の団。

今回の視察は銀の団初めての外交、初めて周囲の国家が彼らに直接干渉してきた。


突っぱねるべきは突っぱねる。エゴノキがワトソニアに言った通りだ。

これからも齎されることになる国家からの圧力に抗い得る、強さが彼らには必要だ。

エゴノキは産業を打ち立てることでそれを実現しようとする。

ナナミのアプローチはといえば、団員間の繋がりだ。

生まれた国も、文化も価値観も違う彼らが、侵攻や圧力を受けた際には一丸となって対抗できるような……。


旗のような共通意識。ナナミが銀の団に足りないと思っているのは、それだ。

だからズミ達の逃避行を利用(・・)した。一度経験があった方が、二度目は強かに事を成せる。

いつかのことを考えて、団員達に一丸となって人の権力に抗うという経験を積ませる。

つまり工房街の職人達が一丸となって囮作戦を展開し、主婦会が一丸となってリリィ達をリフトへと逃がした今、ナナミの目的はもう十分に果たされたと言える。


「…………………………」


ナナミは目を細めて魔王城を見る。彼女の計画はここまでだ。

だからこれからのことは彼女の算段外。何の保証もなく。

リリィ達が本当にどうなるかは、これからにかかっている。







「よー、色男。お疲れさん」


屋上で二人を迎えたのは、トウガ班、傭兵の二人組、ヤクモとヨウマだ。


「二人とも、どうして………?」


ズミが問う。今までリリィの観察に徹していた彼は、久しく口を開く形だ。

探検家若手の会仲間の二人は、にやりと頼もしい笑顔を見せる。


「ユズリハさんから伝令があってなー。所々、お前らに手助けするべく役者が散ってる。

 いやぁ、俺達んとこ来てくれてよかったぜ」


「とはいえ、籠ん中入ってな。

 洗濯物の山に埋まって、相手の挙動見て上下運動してるのが一番イケそうな手のはずだ」


「ところが、そうはいかないんだなぁ」


四人が声の方を向く。屋上の端――――。

大司祭オラージュが、そのベールを揺らめかせて立っていた。


「なっ…………」


「いつの間に!?」


「壁を駆け上がったのさ。流石にちょっとキツかったが―――」


あの刺すような視線を、オラージュは四人へと向ける。


「お迎えにあがりました、お嬢様。御父上と御帰りいただきましょう。

 ………抵抗されるならば、力づくで」


剣を抜くヤクモとヨウマと、そしてズミに、オラージュは不敵な笑いで応え。


「金の亡者の次は力づくか。ますます聖職者らしくねー」


笑うオラージュの、その背後。屋上に上がってきたのは、オオバコだ。


「だったら俺も混ざるぜ。【黄金】のオラージュ」


オオバコ一人と、ヤクモ、ヨウマ、ズミの三人で、大司祭オラージュを挟み込む形となった、屋上。


「ま、血気盛んな若者は嫌いじゃないよ。お相手しよう」


英雄と、探検家見習い四人の。


前哨戦(・・・)が、始まった。




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