十章八話 『二日目:ざわめき』
少し静かになったツワブキとともに、一同は明日の視察に備えた情報共有を進めていった。
地下一階、樹人(トレント)畑の成果。檻に入れられたカルブンコ。
鍛冶師ゴジカの人魂(ウィルオ・ウィスプ)利用。工匠部隊の者達が開く屋台。
「最後に1つ、いいだろうか」
話がまとまり始めた場に割って入ったのは、
王族達を前に沈黙を守っていた彼の言葉に、一同は意外そうな顔を向ける。
「ローレンティア様、幾つか質問をお許しください」
「わ、私ですか!?」
突然、今まで接点もなかったような相手に話を振られ、ローレンティアは慌てる。
「レインリリィ、という人物に聞き覚えはありませんかな。
あなたと同じ年ぐらいの少女なのですが」
「レイン………?いえ――――」
いや、ある。リリィと言えば、彼女は会ったことがある。
爆弾岩で足を負傷し、診療所のベッドに横たわるズミの傍らにいた彼の妻だ。
「それでは、ズミという男には?」
「………いえ、ありません」
その圧に、咄嗟にローレンティアは嘘をついた。それこそ知っている。タマモ班のズミ。
平静を装った答えが、貴族界で百戦錬磨のモントリオ相手に通じたかと問われれば、それは難しい。
モントリオは質問から詰問へと声色を変化させていく。
「申し訳ないがローレンティア様、ご返答は慎重にお願いしたい。
事によっては
「回りくどい。そのレインリリィとズミという者が何だと言うのだ」
国の圧力を持ちだしてきたモントリオに、
「我が領民です。戦後の混乱で難民に紛れ込んだ、正規の手続きを負っていない者でしょう。
所有権は私にある」
「………所有(・・)?」
初日からずっと萎縮し、おどおどしていたローレンティアが、初めて見せた―――。
敵意。
「繰り返しますが、心当たりはありません。それにいかに領主と言えど………。
この銀の団の誰であっても、それを所有するものも、縛るものもないはずです」
絞り出す。
「レインリリィは私の娘だ」
「む、娘………?」
流石に一同はたじろく。それは、それが意味するものは―――。
「
一同は再び驚く。発言者、ローレンティア。
彼女だけが、返し刀でモントリオの言葉を断つ。
もはやおどおどとした雰囲気はない。
あの冴えた目でモントリオを睨み返す、それが銀の団団長の姿だった。
「繰り返します。心当たりはなく、あなたにそれ以上の権利はありません」
「ははは、ひゃーっはっはぁ!!!」
一触即発、の雰囲気に荒い笑い声をぶち込んだのは卓の中央に座る探検家、【凱旋】のツワブキだ。
「はは、はっはっはあ!!悪ぃ、ちょっと抑えきれなくて………。
決してあんたを嗤っているわけじゃねぇんだぜ。ふ、ふひひははあ」
何がツボに入ったのか、顔を赤くして必死に笑いをこらえるツワブキを一同は冷たい目線で見守る。
「その、ひひひ、すまんな、くくく……。
どうもウチの団長様は駆け引きってのには無縁でな。
それ以上やっても無駄だと思うぜ、モントリオさんよ」
笑いに顔をしかめつつも言葉は正しいと見たのか、モントリオ卿はこの場で引き下がる意志を示す。
「ま、お互いまだ時間はあるんだ。ご視察をたっぷりやったらいいさ。
ささ、食事はもう終わったろう。どうぞ皆様、色々見て回ってくれ。
レッドモラード殿よ、行くとしよう」
多少強引な締めではあったが、逆らってあの場を続ける道理はない。
レッドモラードはツワブキと共に席を立ち、思考に耽るローレンティアの隙をついてセトクレアセアも離脱する。
「オラージュ殿。行くぞ」
先手を打つようにモントリオも立った。
顔は変わらぬ鉄面皮だが、僅かな怒りと決意が見て取れる。
「はーい」
「オラージュさん」
席を立とうとする大司祭オラージュは不意に呼びとめられる。
彼女が目を向けると、使用人の一人が距離を置いて立っている。
「んー?私に何か用かな?」
鋭いナイフのような笑み。に臆せず、その者は丁寧に頭を下げる。
「初めまして。私、ローレンティア様の使用人をしております、エリスロニウムと申します」
「ふーん。で、団長の使用人さんが何の用?」
「用と言うわけではないのですが」
用がないのなら話しかけるな、という台詞を、オラージュは言う直前で止めた。
頭を上げたエリスの、その顔つきだ。軽くあしらえない何か。
「勇者御一行、大司祭のオラージュ様に、是非名を憶えていただきたく」
「…………。エリスロニウム、ね」
オラージュの記憶を見届けると、エリスは再度深くお辞儀をする。
「―――ユズリハ。
「どのように?」
食堂から少し離れ、魔王城を歩くローレンティアは、アシタバ、ユズリハと言葉を交わす。
「保護する。ズミ君達からちゃんと話を聞きたい。
それまで、モントリオさんに対する明確な抵抗は出来る限り避ける。
アシタバ、ズミ君達を探そう。モントリオさんより先に見つける」
「………どうしてそう判断を?」
ユズリハは問う。否定ではない。純粋な確認。
「私が正しいと信じているからよ。
この最果ての地で掲げられるものを、私は守りたい。自由であって欲しいの」
ユズリハとアシタバは、その姿を見守る。
「行きましょう、ユズリハ、アシタバ」
「その必要はないですよ」
不意に笑う。ユズリハのその、猫を被らない笑みを初めて見たローレンティアは少し呆ける。
「………え?」
「その必要はありません。
ローレンティア様、モントリオ卿はあなたの動きを見ています。
今あなたや私が何か動けば、モントリオ卿はその先の、ズミさん達の元へと辿りつくでしょう。
ローレンティア様、あなたは今動くべきではありません」
「で、でも………」
「御心配なさらず。既に事態は動いております」
「………えぇ?な、なんて?」
ユズリハが眼鏡を持ち上げる。
猫を被るのをやめた彼女の姿は、相手にどこまでも底知れなさを感じさせる。
「あなたならそう言うと思っておりました。
モントリオ卿の目的につきましては一か月前から目処はつけていたのですが……。
昨日確信がつきました。ですから既に手はこちらで打ってあります」
ローレンティアは唖然とする。
「………え?もう?」
「独断が過ぎましたか?」
「いえ、そんなことはないけれど………」
「では僭越ながら、私から提言を1つ」
ユズリハが向き直る。
「ローレンティア様―――私達の目の届かないどこかや遠くで、世界は淡々と回るのです。
王であっても、団長であっても、それを全て俯瞰することはできない。
ならばどうするか?銀の団は、集団です。
その団長であるあなたは、任せるということを憶えるべきです」
「………任せる」
「そうです。あなたには仲間がいる。あなたにはできないことをできる仲間がいる。
あなたが全ての事にあたる必要はないんです」
「仕事の分担も王の仕事の内」と、アシタバがフォローを入れる。
「そう!大事な、です。彼女達はやり遂げます。
だから任せて、信じて、あなたはあなたのやるべきことをいたしましょう。
………ご自分の身を守ることにご専念ください。」
つまり、斑の一族のことを。
ユズリハのその真剣な顔つきに、ローレンティアも応え、頷く。
時間は少し巻き戻り、会食が行われる前になる。
魔王城の北、フードを被った二人がこそこそと枯れ木林の合間を進む。
音を立てないよう。目立たないよう。誰かに見つからないよう。
魔王城から、離れていく―――。
「そこのお二人、御待ちなさい!」
びくっと身を縮める二人。仁王立ちで呼び止めたのは、工房街の三人娘の一人……。
“でかリボン”のナナミノキ。
その後ろには、仕立て人ハゴロモ、理容師マダム・カンザシ、装飾職人フウリン、銀細工職人スズラン……。
ローレンティアの専属
「ご警戒なさらず。私はあなた方の味方です。
昨晩モントリオ卿が、銀の団の名簿を閲覧しにいらっしゃいました。
氏の魔王城視察の目的は不透明のままだったのですが、それでようやく見当がついた………。
モントリオ卿には、一人娘がいらっしゃるのです。
先んじたユズリハさんの調査では、どうも最近姿が見えないという噂が立っているとか。
そして同時期、同い年の執事も姿を眩ました………」
「何それ?連続誘拐事件?こわっ」と、スズラン。
「そうじゃないでしょうに。
年頃の男女が揃っていなくなったとなれば、よ」と、フウリン。
「……魔王軍との戦争で、住民票が滅茶苦茶な土地もあったものね。
難民の出自なんか、誰も精査しなかった」と、ハゴロモ。
「つまり意外なことに、銀の団はうってつけだった。
………出自を隠したい、駆け落ちの若人たちには」と、マダム・カンザシ。
四人の前に、改めてナナミノキは立つ。
「今一度申し上げます!
秘書ユズリハさんより密命を受け、視察の間、私があなた方をサポート致します。
この時代、お二人だけで野に出れば、賊に身包みを剥いでくれと懇願しているようなものです。
お守りいたします。どうか我々を信じてください!!」
その言葉に、しばらく二人は相談するような目線を交わし合い、そしてそのフードを脱ぐ。
モントリオ卿の一人娘、リリィこと
モントリオ卿に仕えていた元使用人、タマモ班ズミ。
二人が、静かにナナミを見ていた。
十章八話 『二日目:ざわめき』
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