七章三話 『工房街の三人娘』
「今日は私のわがままに巻き込んじゃってごめんね。集まってくれてありがとう」
正直案内役など一人でよかったのだが、キリもエリスもユズリハもお互いの推す人物が一番適任だと譲らず、こうして三人一緒に頼むこととなった。
三人ともローレンティアより2つか3つ、年が下の少女達だ。
「いえいえ、とんでもございません!!」
その内の、右端の娘が勢いよく声を上げた。
「この度は、私を案内役に抜擢していただき光栄の極みにございます!
是非、是非今後とも工房街の細事には私めをお使い下さいまし!」
両の掌を首の前で合わせ、目を輝かせる一人目の少女。
服装は商隊の者特有の、白を基調とした動きやすさと上品さを兼ね備えたものに、少女らしい可憐さが上手くアレンジされている。
肩ほどまで伸びる黒紫の落ち着いた髪、そして何より目立つのが、後頭部に据えられた顔の三倍はあろうかという大きな赤いリボンだ。
「失礼、改めまして私、商人見習いナナミノキと申します!
どうぞ私のことは、でかリボンのナナミとお憶え下さい!」
「で、でかリボン………?」
「ええ、皆様そう仰ります。私としては、憶えて頂ければ何でもよいのです。
商人は顔を憶えられてこそですから!
あ、それとローレンティア様には、日頃から父がお世話になっているようで………」
「いやいや、お世話なんて!」
ぶんぶんと手を振るローレンティアに構わずナナミは頭を下げ、赤いでかリボンがローレンティアの視界を覆った。
――――ナナミノキという娘がいます。と、ユズリハは言った。
「赤い大きなリボンをいつもしていますので、一目見ればすぐに分かるでしょう。
私も最初は不思議な恰好をしているなと思ったものですが、あれは自分を憶えてもらうための商人としての戦略なのでしょうね。
抜けているようで存外聡明な娘です」
うんうんと、一人感心したようにユズリハが頷く。
「工匠部隊隊長エゴノキ氏、主婦会会長トレニア氏両名の一人娘なんです。
さすがお二人のお子さんだけあって教養がしっかりしていて利発的ですね。
夢は父親のような商人で、現在工匠部隊でコネクションを広めているのだそうです。
工匠部隊の職人達からしても彼女は使い勝手がいい。
仕事に必要な材料を仕入れるのも作ったものを他所へ売るのも、商人であるエゴノキ氏を通さなければならないことが多いのですが、部隊長である氏は忙しく気軽に話を通せません。
彼女はそこを理解して自分を職人達に売ったのです。
父親であるエゴノキには自分が容易に話を通せ、更に自身も商人であるために些事は軽々にこなせます。
彼女は工匠街に足繁く通い、用事や困りごとがないか訊ねて回ってはそれをこなし、伝手を創り上げてきました」
ユズリハが眼鏡をクイっと上げ、レンズが光る。
「私は銀の団秘書ですから、お二方の言う適任者も想像がつきますが……。
断言します。今回は、彼女が最も適任です」
現在。ローレンティアはナナミに訊ねる。
「……………ちなみに、ユズリハさんとはどういう……?」
「ああ、私が父の仕事を手伝う際に、少なくない頻度で仕事をご一緒させて頂くことがありまして。
私達が物資の輸出入、ユズリハさんが帳簿管理ですからね。
もう、それっからは尊敬しっぱなしなのです!」
「尊敬」
「はい!!あの完璧な仕事っぷり、それを下支えする努力と綿密な下調べ、緻密な計算、それを表に出さない大人の余裕、そしてあの清廉なお姿……。
まさにユズリハさんこそ私の理想の体現者なのです!」
手を組み頬に当て、うっとりとした表情で演説を述べたてる。
真面目、聡明、劇団気質?
うーむと人物像を計りかねながら、ローレンティアは次の人物に目を移す。
「いや~参ったな~。エリスさんにまた声をかけてもらえたのは本当驚きだったけど、まさか団長さんの案内とはねー!!」
頭をくしゃくしゃ掻きながら、その二人目の少女はニカッと笑う。
跳ねっけのある臙脂色のショートカット、表情からは男勝りの雰囲気が滲み出ている。
ところどころ工夫を凝らしながらも質素で活動的な服装は農家の出の者だ。
「あなたがあの、【道楽女王(ミーハークイーン)】?」
「いや~、それ誇っていいのか分かんないんですけどー。
農耕部隊所属、ナズナっていいます!
熱しやすく冷めやすいというか、昔っから色んな事に手を出してはすぐ次に行ってたりして、ここでも同じようにやってたらそんな呼び名に」
「同じように」
「そ!職人サンに弟子入りしてはお暇(いとま)、を繰り返して色んな工房にお邪魔させてもらっていました。
いや~、まぁ工房街のほとんどの職人サンは師匠だけど、案内っていうのは正直慣れないというか~……」
――――ナズナという娘がいます。と、エリスは言った。
「次々と工匠部隊の職人に一週間弱弟子入りし、そのスキルを学んでは次に行く。
ほとんどの職人とコネクションを持つ少女です。
私のところへも使用人の修業をしたいとやってきたことがあります」
「そ、そんなことがあったの!?」
驚くローレンティア。エリスは淡白に続きを語る。
「そもそも彼女は
この多国籍集団の銀の団で、彼女にも用意できる立場があるのではと私もそれなりに指導をし、彼女の素性についても調査しました」
「ちょ、調査…………?」
「いい加減な人間や経歴に問題のある者に使用人は務まりませんから。
正直、【道楽王女(ミーハークイーン)】などという呼び名を最初に聞いた時は駄目かと思いましたが…………。
存外、呼び名の字面に反して彼女は適当な人間ではありませんでした」
単にこれまでそういった機会がなかっただけなのだが、エリスの口から誰かを褒める言葉が出たことは少し意外だった。
「私がお話を伺った職人の方々の評価としましては、彼女は普段はおちゃらけ気味で礼節にも欠けがちですが、何事にも興味を持ち、仕事は丁寧で面倒臭がらず、元気と思い切りが良い上にとても気が利く。
つまりすぐに弟子をやめることを加味しても、彼女は職人方からいい評価を貰っています。
本格的に弟子に取りたいという方も少なくなかった」
「……そもそも、どうして彼女は弟子入りを繰り返しているの?」
「自らの進路を考えるため、のようですね。
かなり本格的、自主的な職場体験会とでもいいますか……。
色んな仕事を見て将来を考えたいのでしょう。
興味本位や野次馬での弟子入りではないからこそ、職人の仕事について深く理解しようと努める。
ですから私は彼女を推すのです。
彼女は外からの関わりではなく、その内側に入って伝手を広めてきた者です。
内情や機微をよく知っている。
案内役として、彼女でないと説明できないことは多いと考えます」
「あたし、実家が七人兄弟の農家で。
上から五番目だから実家の農業継げそうもないし、親は早く嫁いで家に入れってうるさいんだけど、自分の好きなことをしたくて。
だからまぁ色んな仕事を見て、自分の好きなことが何か探しているんです」
ローレンティアのどうして職場を転々としているのか、という質問にナズナはそう答えた。
「正直ナズナさんは伝手と性格的に商人に向いていると思いますけどね!」
「いや~あたしは一所に居座って何かに打ち込む方が向いているなー」
ナナミの勧誘をのらりくらりとかわす。非常に肩の力の抜けた人物だった。
「ちなみにエリスさんと経験した使用人のお仕事は、やってきた中でも上位クラスに面白かったです!
いやぁエリスさん、かなり何でもこなせますよね。
ああいう陰ながら全方位型万能人、みたいなのあたしの憧れですよ!」
ぐっと身を乗り出し目を輝かせる。元気いっぱい、感情表現豊か。
噂に違わぬ好人物を再確認しながら、ローレンティアは最後の一人に目を移す。
彼女は既に知っている人物だった。
「やぁローレンティアさん。昨日ぶりー」
視線を受けて敬礼のようなポーズをしたのは、金髪のおさげ、ところどころ黒ずんだ青いオーバーオール……。
そう、アシタバの妹アセロラだ。
――――アセロラという娘がいるの。
いや、ローレンティアはもう知っているけど。と、キリは言った。
「そのナナミノキやナズナって娘が工房街に広い伝手を持っていることは分かったけど……。
この職人達が忙しい時期に訪問するなら、案内役に彼女以上の適任者はいないわ」
「それはどういう?」
「職人達は彼女に頭が上がらないからよ」
「頭が上がらない?」
「アセロラは銀の団で唯一の魔物解体家………。
アシタバ達探検家が魔物由来の素材を持ち帰ることもあるけど、専門家である彼女でなければ得られないものも多いわ。
そもそも職人達はこの魔王城へ、己の技術を磨くため、高めるためにやってきた。
つまりそれは魔王軍の技術や、魔物由来の素材の応用を考えてのこと。
魔物素材の提供者であるアセロラとコネクションを持とうとしない職人なんていないわ。
彼女は他の二人とは違う―――職人の方から関わりを持ちたいと思われる人物なの」
アセロラとは何度か顔を合わせていたが、職人達からそう見られているとは知らなかった。
それほどに彼女はなんというか、分け隔てなく親しみやすく、敷居というものを感じさせない。
「人受けの良さも相まって、彼女は人付き合いの苦手な者でも伝手を作りやすく……。
更に彼女は、魔物素材の値段を釣り上げるということはしない。
手に入れる難しさに見合った値段はつけるけど、ついでで手に入るような素材はただで譲る時もある。
要望のあった素材で、魔王城や一般の市場で手に入らないものは探検家組合(ギルド)での自分の伝手を使って都合をつけたり。
要するに、彼女という人物は職人達にとって非常にありがたく大事な存在。
たとえ忙しい中お邪魔しようとも無碍にする職人はいない。
他の二人にはない案内役としての長所と考える」
説明を終え少し見下したように他の二人を見ると、ユズリハとエリスも負けじと応戦する。
「ですがお二方は将来有望とはいえ、農家出身の生娘と魔物解体家………。
案内をする、説明をする、という点においては、商人として経験を積んできたナナミさんが最適かと思いますがね」
と、ユズリハが言えば、
「説明の内容によるでしょう。素材の準備屋や品物の捌き屋ではなく、職人達の身内として経験を積んできたナズナにこそ語れる内容があるというものです」
と、エリスが反論し。
「説明の能力や説明の内容ではないわ。そもそも説明ができるかという問題よ。
アセロラを連れていけば、職人達は必ず訪問を受け入れてくれるわ」
と、キリが断じる。
「いいでしょう。それで、ローレンティア様はどなたをお連れになるので?」
にこやかに、エリスがローレンティアに話を振る。
「…………え?」
優柔不断と言えばいい。
とにかくローレンティアは、三人とも会ってみないと分からないかな、といい。
こうして急造の視察団………。
王女、ローレンティア。
商人見習い、でかリボンのナナミノキ。
農家の娘、【道楽女王(ミーハークイーン)】ナズナ。
魔物解体家、【解体少女(スプラッタガール)】アセロラ。
以上四名が、工房街を回ることとなる。
貴族区の更に北。
人の気配の少ない枯れ木の林の中で、キリが一人佇んでいた。
いつも無感情で表情の読めない彼女だが、今回ばかりは普段以上に無感情だ。
マフラーに顔をうずめる度合いもいつも以上。
いや、銀の団以前の姿といった方が正しい。
「早いじゃないか」
人がいないはずのその林に、しんとその声が響いた。
キリが身を寄せていた枯れ木、その裏側にいつの間にか女性が立っている。
キリと似たような装飾、民族衣装……マフラーまで一緒だ。
「そちらが遅いだけでは?」
「はは、いやはや、将来有望な娘というのは怖いな。族長が若かった時も……」
「無駄話はいいわ、イブキ。
私も密会用の時間を作るのには苦労しているの」
イブキというその女性は、彼女達の例にもれず美人で清楚な顔立ちだ。
さらさらの長い黒髪が風に揺れていた。
「そう、では単刀直入に言うわ。
キリ、我々としてはもうあなたの仕事を待てない」
「…………え?」
キリは少し呆ける。
「澄み月以来のあなたの挑戦を、我々が低く評価しているわけではないわ。
呪われた王女には毒さえ効かないと分かってからは、眠り粉過剰摂取による影響、日常的な毒の投与、魔法的干渉、魔力暴走(オーバーフロー)、様々な角度からの取り組みは見事だった。
………一方で未だ結果は出せていない。王女ローレンティアの暗殺は成功していない」
キリは珍しく冷や汗を流す。焦る。
「呪いに毒が効かなかったのは諜報部と上の見誤りでしょう。
それに基づく現状は私の責任ではないわ」
「ええ、分かっている。あなたは状況下で最善を尽くしてきた。
だから今回に限ってはキリ、あなたに責任は問わない。
ただ、もうあなた一人に任せる段階は止める」
「………待って。もう少し待ってもらえれば結果を出すわ。
他人に介入されるまでもない」
「残念ながら既に決まったことよ。
今回は国が相手である以上、悠長に構えてはいられない。
先方がたもそろそろ結果が欲しいと仰っているしね」
「…………。先方
キリの鋭い反応に、イブキはすぐに口を噤んだ。
「……私に関係すること。それの共有は私の権利だと思うけれど?」
「……今のは私の落ち度ね。これ以上をあなたに言うことはできないわ。
とにかく、我々としては来月………。
銀の団員ではない者が多く出入りする白銀祭に合わせて決行する。
それまでに焦って失敗して、警戒されたら困るのよ。
だからその時までキリ、あなたは何もしないで」
「…………」
「ローレンティア王女の暗殺が無事成功したら………。
キリ、私達と一緒に里に帰りましょう」
キリが振り返ると既に、イブキの姿はなかった。
そう。
来月、舞い月。
4つの国が魔王城を訪れ、職人達が互いの成果を持ち寄り、銀の団が総力を挙げて開催する白銀祭。
その裏で世界最強の暗殺集団、斑の一族が大きく動こうと暗躍を始めていた。
キリは深い、深い息を吐く。
もう嘘の報告で先延ばしにできる段階は終わった。
斑の一族が動くのなら、彼女もまた動かなければならない。
誰もいない林の中で、彼女は息を整えて――――。
その澄んだ眼で、しっかりと前を見据えた。
七章三話 『工房街の三人娘』
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