七章二話 『適任者』
「何かを成すということについて、師にアサツキ様を選んだのは見る目があると言えますが……。
あの方のやり方は、ツワブキ様の仰りたかったこととは全然違いますよ」
アサツキの部屋から退出した後。
館の廊下、玄関へ向かいつつも、アサツキの使用人ナタネはアシタバに話しかける。
「俺もそう思った。あれはあれで1つのやり方なのかもしれないが……」
「あの方は異端です。見習うべきではありません」
「あんたの主だろ?」
「事実は事実です」
きっぱりと言い切るナタネに、アシタバは少し面喰う。
「でも、あんたはそんなアサツキについてここまで、魔王城まできたんだ。
それってなんでだ?忠誠か?従順か?使用人としての誇りってやつか?
………あれ?あんたアサツキの使用人、なんだよな?」
自分で言って違和感に気付く。
少し軽薄そうなところを除けば、立場も服装も、所作も使用人であるはずの彼女は、しかし使用人という枠に収めるにはズレがある。
「………ふふふ。何を言っているのですか、私はしがない一使用人―――」
「そいつなら
「み、密偵?」
アシタバが声の方を向くと、汗だくで肩にタオルをかけた男………ジャコウが立っていた。
武士のようなきっとした顔つきは、今は汗に塗れている。
「ジャコウ!あなた何、人のことをベラベラと……」
「感づかれていた。それにアサツキの弟弟子だ、隠す相手でもない。
奴に不利なことは言いふらさないだろう」
「それを判断する権利は私にあるはずでしょうが……!」
「あー、まぁ、別に言いふらしたりはしないが……」
密偵というのは秘密主義なのだろうか、ジャコウが安易に情報を漏らしたことにナタネはご立腹だ。
「あーそうでしょうねえ!
ジャコウがアサツキ様の命を狙う刺客なんてことも別に言いふらさないでしょうし?」
「し、刺客?」
「………ま、俺も似たようなものなのさ。
どこぞの馬の骨ともしれない輩が娘に近づいているから、とスノーフレークの父親から遣わされた刺客なんだ」
突発的な暴露大会に、飛び出る物騒な言葉に、アシタバはたじろぐばかりだ。
「ああ、心配しないでくれ弟君よ。
もう俺はあいつの命を狙う気はないし、ナタネも
ここに来た時点でもう俺達はあいつの従者だ」
「………寝返った、ということか?」
「まぁ、そういうことになるな」
かなり突飛な話が多いが、しかしそれは自身に支持を集めるという、自分の知りたいことと共通する部分でもあるとアシタバは判断した。
「なぁ、あんたたちはどうしてアサツキに寝返ったんだ?
アサツキの何があんた達をそうさせた」
きょとん、と二人は顔を見合わせ。
「あの方になら騙されてもいいと思ったからですよ」
「あいつになら殺されてもいいと思ったからだ」
どうにか参考にできるか、と思っていたアシタバは言葉を失う。
「………ですから、見習うべきではないと申し上げたでしょうに。
私達も含めて、アサツキ様の人望関連の話は異端尽くしなのですから」
「………そうみたいだな」
元は探検家の身分でありながら、
魔王城行きの上に、呪われた王女ローレンティアの補佐をするという
ナタネの評価は正しい。彼は異端尽くしだ。
ツワブキの言ったことの手本にはならないし、アシタバが参考にできることはなかった。
二人の使用人に見送られ、渋々アシタバはアサツキの館を後にする。
弟弟子として共に修業に励んだ過去はあるのだが、未だにアシタバは彼という人物が掴めない。
別れてから後のことは尚更だ。
無駄足の徒労感と思い知った兄の得体の知れなさに、アシタバは深いため息をついた。
「はぁ………………」
同刻。執務室でのローレンティアのため息を、同室にいた三人が耳にする。
使用人エリス。護衛キリ。エリスとの打ち合わせで来ていた銀の団秘書ユズリハ。
「ティア、何か悩み事?」
「悩み事というよりご心配なのでは?来月の
キリやユズリハの言葉にも答える素振りを見せず、うーん……とローレンティアは更に頭を抱える。
「別にティアは団長なんだし、応対は誰かに任せて引きこもっていればいいんじゃないの?
「引き籠りはともかく、お望みであれば接触を少なめにするよう取り計らうことは可能ですよ?」
「それはなりません。白銀祭におきまして、ローレンティア様には
キリやユズリハの提案を無視し、エリスが反論を許さない声色で言う。
「ここで少しでも消極的な気配を見せれば、他国の視察団、各国の代表者、そして銀の団の方々に確信されることでしょう……。
ローレンティア様と
噂はとうに知れ渡っています。しかしだからこそ、実際の行動でそれを裏付けるわけにはいきません」
淡白に言い捨てるエリス。
無表情のキリと困った顔のユズリハは視線を交わす。それは、でも。
「もう1つ。銀の団団長として、これからいくらでもこういった機会はあるでしょう。
この際、自国相手に経験を積んでおくべきだと考えます」
おや、とここでユズリハは思う。
それはエリスが今まで見せたことのなかった、千尋の谷に子を落とすような…………。
親の発想だ。
「………分かっているわ、エリス。引きこもるつもりも逃げるつもりもない」
頭を抱えながらも、ローレンティアの目は澄んだ光を秘めて開かれていた。思考を巡らせている。
「準備をしなきゃ。私が相応しい人間だってことを示さなきゃいけない。
銀の団が煽れば揺れるような集まりじゃないってことも。
………私達がここで半年、しっかりと生きてきたってことを」
照り月、迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)の失敗がローレンティアの中を流れていた。
今度は失敗するわけにはいかない。そして彼女がするべきことはもう1つある。
部屋の窓際に座るキリは、ローレンティアを静かな眼差しで見ていた。
澄み月、
ローレンティアは
「決めた!じっとしていても埒が明かないわ!
ちょっと工房街の方行って職人さん達の様子見てくる!
案内用の話の種を集めておかなくっちゃ!」
意気揚々とローレンティアが立ち上がる。が、意外にも三人は微妙な顔でそれを迎えた。
「………今、職人達は殺気立ってる。白銀祭までに成果を出さなきゃって。
いくら団長といえど、行っても邪険にされるだけかも」と、キリ。
「ええ、私も同意見です。
むしろこの時期の団長訪問など、発破を掛けにきたと取られかねません」と、ユズリハ。
「まだローレンティア様は工匠部隊に伝手が少ないでしょう。
忙しいところにズカズカ入ってくる意外とはた迷惑な奴、という烙印を押されかねません」と、エリス。
「ぐ……………で、でも知りたいんだもの!
書類にも目を通しているけど、専門用語ばかりで言っていることが分からないわ!
それに良い機会だと思う、伝手がないなら作る!」
「どうやって?」
「…………………………」
黙るローレンティアに、三人は少し困った顔を見せる。
「…………こう、何か………人に間に入ってもらって………。
エゴノキさんやゴジカさんは忙しそうだし、あの二人だと威圧感が増すだけよね………。
いかにもオフで来ました感を醸し出せつつ、工房街に顔が広い人……いないかなぁ……」
悩み、つっかえながら何とか思考を進めていく。
「オフで来ました感というのは………。
ローレンティア様と一緒に行かれるのであれば、同世代か下ぐらいの女の子が理想ですか?」
ユズリハの問いかけにこくりと頷く。
「それであれば……………」
「適任者がいるわ」
「適任者がいますよ」
「適任者がいます」
三人、キリとユズリハとエリスは同時に言葉を発し、そして顔を見合わせる。
「やはりお二人も御存じなのですか。リボンが目立ちますからね」と、ユズリハ。
「リボン?そんなものはしていなかったけど。【道楽王女(ミーハークイーン)】のことでしょう?」と、エリス。
「…………リボン?ミーハークイーン?何それ」と、キリ。
三人は黙り、そして互いの言っている人物が別人であると理解する。
その後のことは少し刻んで語るとしよう。
始まったのはお互いの推す人物のプレゼン大会だ。
彼女達はまるで飼い猫を褒め称えるかのように、その適任者がいかに条件に合っているかを主張し合った。
時間は、翌日の朝になる。
ローレンティアの館の前には、三人の少女が集まっていた。
今日一日、工房街を非公式で回るローレンティアを案内して欲しいとキリら三人に頼まれてのことだ。
やがて“工房街の三人娘”と呼ばれる…………。
エゴノキ、ゴジカに次ぐ工匠部隊の中心人物達に、ローレンティアは出会うこととなる。
七章二話 『適任者』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます