一章五話 『意味も理由も』
「
夕焼けの中、ローレンティア達は魔王城の北へ向かう。
北には優先的に建てられた、各国の代表者に割り当てられた館が九軒存在する。
銀の団内では貴族区と呼ばれる場所だ。ローレンティアもそこで寝泊りをしていた。
「
貴女は団長枠として、そして他国と同じ代表者としてこの私がいるわけです。
私が貴族になったのは最近で、元は平民、妻と結婚して爵位を賜りました。
ここへ来ることになったのは、そういった事情からですかな」
はは、と朗らかに笑う。
「………私、知っているんですよ。名前だけで、国までは知らなかったのですが。
今回、銀の団に参加する貴族の中で二人だけ、自ら志願した貴族がいると」
ローレンティアの真面目な切り出しに、アサツキも真剣な顔になる。
「一人は
そしてもう一人がアサツキ卿……あなたです。
お教え頂けないでしょうか。あなたはどうしてこの団に参加したのですか?」
立ち止まり、アサツキはしばらく黙った。
沈む夕日は彼に影を落とし、どこか遠くに感じさせる。
「………ここから、時代が変わっていくと思ったのです」
「時代が?」
「二年前、勇者がこの地で魔王を倒し、半世紀以上続いた暗黒の時代を終わらせました。
私は、次の時代が始まるならここからだと思うのです。
それを見届けるために、あるいは流れに加わるために、私はここに来たのです」
遠くを見やる。彼の焦点はどこか、地平の向こう側だ。
ローレンティアにはまだ見えない。
「ローレンティア様。今回のご提案、お見事でした。
直近の魔王城の水事情だけでなく、各国に残された汚染湖の浄化まで見据えていた。
…………ただ切り出し方が悪かった」
厳しい顔つきになる。ローレンティアもそれは承知していた。
「あなたの思う通りの話運びでなかったのは分かります。
もう少し検証を重ね、円卓会議参加者の雰囲気を掴んでから……。
来月あたり、議題に挙げるつもりだったのですか?しかし結果が全てだ。
円卓会議は国家間関係に影響する場合もあり得ます。
ゼブラグラスを多数決で黙らせた形になったことや、シャルルアルバネルと感情的に対立してしまったことはよくなかった。
特にシャルルアルバネルは言い方こそ悪かったが、案自体は貴女の計画とそれほどずれていなかったはずだ」
「………私が怒ったのはやり方ではありません。彼女の考え方です」
「でも彼女には、自分も試験に参加するという覚悟があった。
飲み込めない部分もあるでしょう。
でもあの議題において、貴女は彼女の味方であるべきだった」
彼が諭しているのは、円卓会議における私の今後だ。
と、ようやくローレンティアは理解し始める。
「シャルルアルバネルは自国の利益を優先すると言った。
それは正しい。あなたは団長という立場上、少し勝手が違いますが……。
私も、
銀の団という混ぜこぜの多国籍団において、我々はあの場で折衷案を模索していかなくてはならない」
アサツキの言葉を何度も反芻する。変わると決めたのだ。
経験値の少ないローレンティアには、成長が急務だった。
「誰を味方につけるか、です」
あの場もまた、戦いだった。ローレンティアは、強く前に向き直り。
そしてアシタバの姿を見つけた。
「お、よーっす」
何とも気の抜けた挨拶だ。
「…………こんなところで何をしているんです?」
「水質調査だ。堀の亜水(デミ)を濾過する方向でいくんだろ?
水棲の魔物がいないか心配になってな。
あんたが円卓会議にいってからは、ずっと釣りしてた」
初対面の時は何とも無表情に感じられたが、今は不思議と柔らかく感じる。
「……………お。」
「お?」
発言主を見る。ローレンティアの脇に立っていたアサツキが、感動、とでも言わんばかりに目を潤ませていた。
「弟よーーーーーーーー!!!」
叫び、飛びかかるアサツキをアシタバが素早く避け、そして先ほどまで紳士性に溢れていた男が地面に倒れこんだ。
「何故避ける!」
「なんであんたがいるんだ………!」
「し、知り合いなの……?」
再び飛びかからんと腰を落とすアサツキと、じりじりと距離を取り警戒するアシタバに恐る恐る訊ねる。
「血は繋がっていない。正確には兄弟子だ」
「でも、二人は強い絆で結ばれている」
「昔から度を超えた弟馬鹿でな。弟っていうより庇護欲が強いんだこの男は。
自分が守るべきと認識した存在に対して、どこまでも変態になる」
「変態とは失礼じゃないか!!」
「マジでなんであんたがいるんだ………」
それを聞くとアサツキは、元の紳士的な立ち振る舞いに戻った。
「貴族、だよ弟。私は
アシタバが、その貴族的な恰好を観察する。
「…………出世欲の塊でもあったな。
探検家にはならなかったと聞いたが、貴族にまで成り上がったのか」
「そういうお前は、探検家として参加か?」
「ああ」
「ふむ………まぁいいだろう。役目があるんだな?」
無言で肯定するアシタバを見届けると、アサツキは鋭く踵を返し、二人に背を向けた。
「弟は今度じっくり可愛がるとして、私はこの辺で失礼させていただこう。
ローレンティア殿、またお会いいたしましょう」
つかつかと歩いていく後ろ姿を、アシタバとローレンティアはぽかんと見送る。
誰が可愛がられるか、という呟きは、もう届かなかった。
「そうか、スライムの件は上手くいったか」
「何とか、ですね。詳細は結局人任せですが……」
何故だかローレンティアは釣りに付き合うことにした。
まぁこの後予定もなかったし、何かで会議の緊張を解きたかった面もある。
アシタバと合わせても一匹も魔物は釣れなかったが、結果としてはいいことだ。
「そうだ、提案があるんだが」
「提案?」
「あんた、って呼ぶのなんか乱暴じゃないかって思っていたんだ。
でもローレンティアっていうのは長い。
お姫さんとか、団長様とかで呼んだ方がいいか?」
「…………いいえ。なんだか、あなたにそう呼ばれるのは変に感じます」
「まぁ俺もそんな感じはする。じゃあティアって呼んでいいか?
俺の故郷だと名前の一部とって呼ぶのが習慣なんだ」
ティア。
「………………はい」
その響きは、悪くなかった。
「よし、決まりだ。俺の事もさん付けじゃなくて呼び捨てでいい」
「あ」
「ん?」
「笑いましたね」
「笑った?」
少し呆然とした顔で、アシタバが頬に手を当てる。
「なんだか初めて見た気がします」
「そうか………………」
アシタバは驚いた顔をしつつ、釣り糸の垂れる先に目を戻す。
ローレンティアも、同じ方へ向き直った。
「ツワブキにな、言われたんだ。お前はもう少し笑った方がいいって。
ティアにそう見えたんなら、それはいい事なんだろう」
「はい」
「あ、敬語もやめてくれ」
「うん」
「あの初日の演説は良かった。と俺は思ってる。良く響いたよ。
ツワブキは、落下事件がキャッチーだったって言ってたけど……。
俺はあの演説で、ティアに興味を持った奴も多いと思う」
「んん………」
思いがけない角度からの褒めに、少し戸惑いと照れがでる。
「ここは新しいことばかりで、色んなことが変わっていく地だ。
俺も変わろうと思ったんだ。ここなら変わっていけるんじゃないかって。
理由も、意味も、見つけられるじゃないかって思った。
そういう勇気をもらった気がするんだ」
アシタバは思う。
ベッドの上で本を通して世界を見てきた自分は、どこまでも傍観者だった。
だから路上に轢かれそうな猫がいるなら、どこかの英雄譚や悲劇の主人公を思い出して、彼らを真似て道路に飛び出した。
そこに自分の命への執着や、親がどうなるのかという視点はなかった。
本を通してでしか世界を見れない彼は、自分という存在を認識できなかった。
だから、これまで人を拒絶しながら生きてきた。関わろうとはせずに生きてきた。
けれど、ここで、これからは。
もう少し関わってみようと、そう思った。
「だから、俺はティアの味方をしたいと思う。
何かをしたいなら手を貸す。いつでも言ってくれ」
この世界に来て、初めて目にしたのは魔女だった。
眼が隠れるほど目深にかぶった、つばの広い帽子。
黒いぼさぼさの髪は地面まで伸び切っていて、黒い布切れと表現するしかない衣服、右手には老木の杖。
そして左の掌は布でぐるぐる巻きにされており、そのシルエットから、五本すべての指が欠けていることが分かった。
「君はあちらの世界で死んだ。僕が、君をこの世界に呼ばせてもらった」
低く、這いうねるような声だった。十四歳のアシタバは上手く受け答えができない。
それでなくとも、一瞬前までアスファルトの上の猫めがけて飛びだしたところだ。
構わず、魔女は言葉を続ける。
「何故君なのか?大した意味や理由はない。都合とタイミングが良かった。
けれど、君には役割がある」
全ての指が欠損した左の掌をアシタバに突き付け、魔女は告げる。
「これからこの世界は変わっていく。
時代が移ろう。監視者が、評価者が、必要だと思ったんだ。
中立な価値観。既存に捉われない、新たな視点を持つ者が」
それが、意味も理由も持てなかったアシタバに初めて与えられた、唯一の使命と呼べるものだった。
「どうか、この世界を見届けてやってくれ」
一章五話 『意味も理由も』
第一章 了
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