一章三話 『咲き月・円卓会議(前)』

スライムの件の翌日。


ローレンティア、アシタバ、エリスの三人は、織り子の作業風景を見学していた。

といってもまだ専用の工房はなく、彼女達は比較的平たい地面を選んで作業に勤しんでいる。

大工班が団員の宿舎スペースから急ピッチで建てているという話だが、職人はまだ不自由するところらしい。

5人ほどいる織り子は、黄色い布のようなものを丁寧に縫い合わせていく。

それは、スライムの口に当たる部分だった。


「上手くいくかね」


アシタバが呟く。

ローレンティアは緊張した面持ちで作業を見守るだけだった。







今思えば、親がそれほど病院にこなかったことを除いても、アシタバは親不孝な子供だったかもしれない。


彼が十四の時、ようやく彼の病気を治す手術が行われた。

手術は無事成功だ。彼はようやく健康な体を手に入れた。

もうベッドの上で多大な時間を浪費することもない。

親からすれば、これからがアシタバの人生だった。


猫がいたのだ。


道路を挟んだ反対側の歩道。出会ったのは、退院して病院を出た直後だ。

黒猫だった。図鑑に載っていたものとよく似た姿。

三毛猫はオスがほとんどいない、という雑学が頭に浮かんだところで、その猫が道路へと踏み出し。

そして数秒後に轢かれるという未来が確定した。


付き添いの母親にも構わず、アシタバは飛びだし。

猫を突き飛ばし――――そして、車に撥ねられた。



なんとも呆気ない。

そしてタイミングの悪い幕引きだった。


彼はそれでも、今際の際で良かったと思ったのだ。

良かった。猫が助かって良かった。

血だまりで重い頭を抱きかかえられ、必死に叫ぶ母親を眺めながら、彼は猫の無事だけしか考えていなかった。


僕より猫が助かって良かった。

少年時代、ベッドの上で、何十何百の図鑑を読み漁っても。


彼は結局、自分の生きる意味を見つけられなかった。









その午後、銀の団で初めて、円卓会議というものが開かれた。


先遣隊の残していった建物の会議室に据えられた円状のテーブルにて行われる、各国の代表者・責任者を出席者とする銀の団の最高決定機関だ。

銀の団の大きな事項は、全てここで議論され決定される。


「不肖ながら第一回円卓会議の補佐を代理で務めさせて頂きます、ローレンティア様の使用人、エリスロニウムと申します。

 今回は銀の団団員が全員揃っていないため、本来の補佐役及び一部の国家代表者が不参加となっております」


こんな場でもエリスは堂々淡々としており、ガチガチに緊張しているローレンティアとは大違いだ。

参加者はエリスを含め、9人だった。

銀の団参加に拒否反応を示す、王国暮らしに最後までしがみ付こうとする貴族は、銀の団入りを可能な限り遅らせる。

だから面子としては良心的な部類がそろった。


「時計回りに参加者を紹介させて頂きます。

 まず銀の団団長を務めます、最高責任者、橋の国ベルサール代表ローレンティア様」


言われて、慌ててローレンティアは頭を下げる。


「同じく橋の国ベルサール代表アサツキ様」


ローレンティアの右隣の男が落ち着いた会釈を見せる。


自分以外に橋の国ベルサール代表がいたのか、とローレンティアは驚き。

そしてそんな彼女に、アサツキという男は茶目っけある笑顔を向ける。

三十代手前と言ったところだろうか、紳士性と若さが同居したような男だった。


月の国マーテルワイト代表、ブーゲンビレア様。

 日の国ラグド代表、ゼブラグラス様。

 砂の国ランサイズ代表、シャルルアルバネル様」


柳のような、聡明さを覗かせる老人。

白髪のオールバックが目立つ、自信に溢れた中年の男性。

機嫌の悪そうな、ローレンティアと同年代ほどの褐色肌の女性。

どれも慣れた対応だった。


「四席飛ばしまして、三部隊隊長のご紹介です。

 工匠部隊隊長エゴノキ様。農耕部隊隊長クレソン様。

 戦闘部隊隊長ツワブキ様」


ツワブキはいつも通り、どかっと椅子に腰かけ腕組をしていた。

その横、クレソンという男は農耕という言葉に対してダンディな出で立ちだ。

エゴノキという男性は小太りの、商人の恰好をしている。

交渉事には慣れっこなのか、余裕に溢れた人懐っこそうな笑顔をしていた。



各国の代表となる貴族階級、そしてその使用人を除けば、銀の団の団員は三つの部隊に分けられる。


対魔物の戦闘を担当しダンジョンを攻略していく戦闘部隊。

多くの農民が所属し、食糧確保を担当する農耕部隊。

専門家によって構成され、技術的な問題を担当する工匠部隊。

円卓会議では各国代表以外に、各部隊の長を参加者として招いていた。


「以上です。ローレンティア様」


「ええ」


エリスに言葉を促され、ローレンティアが口を開く。台本は事前に教えられていた。


「この度は移住早々お集まり頂き、ありがとうございました。

 この円卓会議は月に一度開催され、前月の団活動内容や今後の方針について各国代表者で協議するものです。

 改めて、私が団長を務めます橋の国ベルサール王女、ローレンティア・ベルサール・フォレノワール。

 長い付き合いになるでしょう。以後、よろしくお願い致します」


そんなローレンティアの言葉で、会議はゆっくりと始まった。




「支援物資の方は大丈夫なのか?

 供給ルートを賊に占領されでもしたら洒落にならんぞ」


「はい、滞りなく。供給ルートは月の国マーテルワイト橋の国ベルサール日の国ラグド河の国マンチェスター波の国セージュから、五本を確保していますので、1つが残る限り大丈夫かと」


「宿舎はそろそろ完成しそうなのかい?寝床は士気にも関係するからね」


「現在農耕部隊からも人手をお借りして建設を急いでいます。

 その後は工匠部隊の工房建築……。

 しばらくのところ、大工班は休む暇がないと言っていいでしょう」


日の国ラグドゼブラグラスや橋の国ベルサールアサツキの質問に、エリスはてきぱき答えていく。


残りの団員は、来月中旬までには到着。

しばらくは物資が厚めに供給されるので、食糧の心配はしなくていい。

ダンジョン探索は一階を制覇済み。

現在は地下一階と二階への階段を封鎖、二階以上は未探索だが、大きな脅威が残っている可能性は低い。

亜土(ヂードゥ)により農業が行えないので、農耕部隊の仕事を考える必要がある。


会議は進み、質問があっては情報が共有されていく。

円卓会議一番の老齢、月の国マーテルワイトブーゲンビレア卿が口を開いたのは後半になってからだった。


「問題は…………夏だのぅ」


重く、響き渡る言葉の広がり方だ。誰もが少し言葉を止めてしまう。


「どこも水不足に陥ることが多い。

 となると水の供給が十分になされるのか?怪しいところじゃ。

 冬も問題じゃな。戦争の傷跡は深く、冬越えの蓄えに余裕がある国は少ないじゃろう」


「…………少なくとも夏までに水を、冬までに食糧を自給できるようにしておいた方がいい?」


月の国マーテルワイトブーゲンビレアの言葉をクレソンがまとめた。


「そういうことだのう」


一つため息をついて、クレソンは顎に手を当て考え込んでしまう。

水の確保も食糧生産も、農耕部隊隊長の彼の仕事だ。

しかし、これといって活路があるわけでもない。


「なんや、儂はその水こそ今日のメインの議題やと思っとったけどなぁ」


切り出したのは隣の工匠部隊隊長、商人のエゴノキだ。

その目はローレンティアに真っ直ぐ向けられる。


「団長さん、何やら掴んだんやろ?

 今朝織り子連れて、実験みたいなのしてるの見たで。

 何やったん?あの黄色いシートは」


訊ねられたローレンティアを、全員が一斉に向く。

今回の会議では、言うつもりはなかったのだが。

しかし状況に従い、ローレンティアは語り始めた。




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