こちら魔王城居住区化最前線

ささくら一茶

序章 王女ローレンティア編

序章一話 『王女ローレンティアは魔王城へ往く』

必要とされないものは、存在するべきなのだろうか。



世界は車輪だ。

途方もなく大きく全貌の見えないそれは、私たちの頭上で回転を続ける。

生きるものは全て、その輪に入らなければならない。


人の社会は循環する。


畑の収穫物は出荷者から消費者まで巡り、誰かの仕事が誰かを支える。

そうやって人は対価を払い、輪の中に入っていく。

他の生物も変わらない。

植物を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べ、死んだ肉食動物は土へと還り、植物への糧となる。

その命を捧げて、あらゆる生物は世界の車輪に参加する。


では、必要とされないものはどうすればいいのだろう。

その輪に入れず、流れの中に混じれずに弾き出された者は。

社会の中に、居場所を見つけられなかった者は。



果たして、存在するべきなのだろうか。








「今より2年前、勇者一行が魔王を打ち果たしたことは、ローレンティア様におかれましても記憶に新しい限りでしょう」


重く、堅苦しい声が響く。


王女ローレンティアは王城内の、いわゆる謁見の間に立っていた。

王族のはずの彼女は、今は謁見する側の立ち位置だ。

そして段の上、謁見される側の席には彼女の母たる女王が座し、娘の姿を無感動に見降ろしていた。

その脇で、おそらく騎士団長か何かだろうか、頑強な体躯と厳格な顔つきをした男性は一層声を張り上げる。


「しかし、凶暴な魔物共を擁する魔王軍が残した被害は甚大であり、我が国を含め各国とも戦後復興に追われているのが今日の状況であります。

 一世紀以上魔王軍と戦い続けた各国に十分な国力は残されておらず、戦災難民への生活支援は不足していると言わざるを得ません」


一般的に言っても、王女ローレンティアは美人と評される顔立ちだ。

かつて王国一と謳われた母親の美貌を継ぎ、少女と呼ばれる年代を終えた彼女は、銀色の髪も相まって白百合を思わせるような美女へと成長を遂げつつあった。

だが今は、その顔も不安に曇っている。


「これを受け半年前の王族会議にて、戦災難民を救済するべく国々をまたぐ一大部隊“銀の団”を結成することが決議されました。」

 

両脇の壁には近衛兵達が整列し、沈黙を守っている。

ただローレンティアに向けられるその目は、自国の王族ではなく、むしろ敵兵に向けられるものに近い。

ローレンティアは知っている。王城は自分にとって針のむしろだ。

知っているから不安に顔を曇らせ、そして冷たく見下ろす母親を縋るように見ていた。


「魔物の侵攻により住む村を失った民、技術的な専門家、対魔物の戦闘員等で構成される“銀の団”の使命は3つ。

 

 その一、魔王亡き後も魔王城に残る魔物を掃討、魔王軍の完全な根絶を行うこと。

 その二、魔王軍の有していた未知の技術及び資源を確保、議会へ持ち帰ること。

 その三、魔王城を改装、居住区化し、戦災難民の自活を促すこと」


救済だ使命だと飾り立ててはいるが、あまり良いようには聞こえない。

誰も本気で魔王城での自活を思い描いているわけがない。

結局のところは厄介払いだ。

自国では賄いきれない国民を未だ脅威の残る魔王城へ送り込み、魔王軍の残党を減らせればそれで良し。

魔物に襲われ全滅しても、口減らしと残存戦力の確認ができる。

これはきっと、厄介払いの計画だ。


「“銀の団”は魔王城に駐在、魔物掃討・居住区設立を行い、各国の代表者がその指示・監督を担当します。我らが橋の国ベルサールも建築に優れた工匠の他、貴族以上の位を持つ代表者を銀の団に派遣することになっております」


それでか。

十年、訪れることのなかった王城に今更呼ばれた理由を、ローレンティアはようやく知る。

強く見上げた目線を受け取った母親は、重く口を開いた。

酷く歪な、十年ぶりの親子の会話だ。


「………王族を派遣するのは我が国だけだそうだ。

 従って、銀の団の最高責任者……団長も、我が国の者が務めることになった」


包み隠さず言えば、王女ローレンティアは忌み嫌われていた。

だから彼女は王や女王、兄弟や兵士からも疎まれ、関わりを断たれていた。

王都から遠く離れた古城で、幽閉されるように暮らし。

彼女は必要とされない存在だったのだ。


それは彼女自身が十分に分かっていた。


「王位第八席、王女ローレンティア。

 お前を銀の団団長に任命する。魔王城にて使命を全うせよ。」


女王は冷淡にローレンティアを切り捨てる。


分かっていたけれども。






「………こんなに堪えるとは思わなかった」


魔王城への馬車の中、ローレンティアは小さく呟いた。


嫌われていないと自惚れていたわけではない。

お前は要らないという両親や兄弟の思いは、身振りや目線で知っていた。

でも実際に言葉にして突き付けられると、要らないと切り捨てられると。


心がどこまでも沈んでく。



馬は歩き、車輪が回る。馬車は、魔王城への道を行く。

同乗者でローレンティアの唯一の同伴者、使用人のエリスは、能面のような顔で外の景色を眺めている。




どこへ行けばいいのだろう。

必要とされなかった者達は、どこへ行けばいいのだろう。




序章一話 『王女ローレンティアは魔王城へ往く』

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