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 後日、静に呼ばれて近くのファーストフード店に連れ込まれた。


「べつに怖がらなくていいよ。君の話が聞きたいだけだから」

「……盗みに誘われるとかないっすか」

 そう聞くと、静は弾けるように笑った。


「そんなことしないよ。それに、俺はよっぽど機嫌が悪くないと盗らないからね。ほら、聞かせてよ。どこに住んでるの?ピアスはいつ開けたの?」

 きっとそのうち飽きるだろう。洸太はもう、諦めにも似た気持ちで彼に洗いざらい話した。


 途中、話している自分たちのテーブルに、他人から何度も視線が注がれていることに洸太は気がついていた。皆静を見ているのだ。静の容貌は際だって美しく、どこにいても何をしても、皆の注目を浴びた。

 その静が今、自分だけを見、自分の話を聞いている。静に注がれたすべての視線が束になるより、ずっと落ち着かなかった。


 会合は何回も行われた。

 洸太に話すことがなくなると、静は自身の話をした。

 兄弟が多いとか、父親は市内にある病院の院長だとか、塾はどこだとか、卒業したらどこへ行くとか。

 大体は噂通りで、洸太とはまるで住む世界の違う人間に思えた。

 噂に聞いていなかったのは、そういう決められた人生から逃げたくなるときに盗むということ、彼がすでに中三の頃から万引きを始めたということ。そして――少し意外だったのが、旅好きだということだった。特に、行き先も決めないような一人旅が。


 そんなふうには見えなかった。冒険とか放浪とか、そんな気配は微塵もなく、彼は徹底して穏やかだった。

 だが彼は実際に何度か、知らない土地で買った土産を持ってきてくれたことがあった。この辺では見ないペットボトル飲料。しぶい郷土菓子。現地のスーパーで買った袋麺、お茶うけ、調味料。


 あるとき、家族旅行で香港へ行ったといって、粉末タイプのインスタントドリンクを寄越したことがあった。

鴛鴦インヤン茶っていうんだって。人生で飲んだものの中で、これが一番美味しかった。洸太も飲みなよ」

 それは洸太が初めて知った彼の好物だった。


 知らないことばかりだった。静のことを、もっと知りたかった。

 それが友情でないことに気づくのに、時間はかからなかった。



 洸太が高校三年生のときだった。


 昔縁のあった不良グループとトラブルになった。


 グループのリーダー格である笠寺は、もともと中学の同級生であった時分から、洸太を含めた周りの不良を可愛がっていた。童顔の割に少し大人びたところがあり、よくないグループと付き合いがあるという噂もあった。

 だが何かと皆によくしてくれたし、洸太も彼を兄のように慕っていた。中学を出て、グループと疎遠になっても、笠寺からの連絡は途絶えなかった。


 高三の秋口に、その笠寺から特殊詐欺の加担をもちかけられた。知り合いのグループがやっていて、ノウハウがある分安全なのだという。だが、それはのやるリスクのある仕事だった。

 洸太は裏切られた気がした。彼が洸太を気にかけてくれたのは、洸太が従順で良い駒だったからなのだ、そう直感した。

 失望の勢いのままに笠寺の誘いを断り、ついでに絶縁を申し入れた。


 ほどなくして、洸太のアパートに空き巣が入った。その数日後には、玄関でボヤ騒ぎ。それも、一度や二度でなく、繰り返し執拗に続けられた。


 笠寺が命じたことは確かだった。

 彼は昔から、弟分の不始末をそうやって罰することがよくあった。それは悪意というより愛情表現の一つだった。

――かわいい弟、これくらいで許してあげるから、存分に苦しみなさい。

 歪んでいるが、愛情には変わりなかった。つまり、たちが悪かった。


 洸太は藁にもすがる気持ちで静に相談した。


 静は洸太から笠寺の連絡先を聞き、彼と接触した。


 それからややあって、ボヤ騒ぎは止まった。

 静が笠寺と何を話したのかはわからない。彼いわく「少し取引をした」とのことだったが、それ以上のことは言わなかった。

 だが、何かあったことは確かだった。静は当時通っていた大学の医学部をやめた。退学処分になったのだと、あとから笠寺に聞かされた。


「お前のせいだよ」

 笠寺は電話口でそう言って笑った。


「お前が星崎を俺に引き合わせなければ、あいつも大学なんか辞めることなかったのにな」


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