魔女は聖女になりかわる

三月春乃

聖女召喚の儀式

 国が荒れた。大地は枯れ作物は育たず、人々は飢えた。その原因は明白だ。この国には何年も聖女がいない。

 ここは聖女が治めるディアナ王国。神に愛された土地。しかし今は違う。空はどんよりとした厚い雲に覆われ、いつ嵐になってもおかしくない空気だ。


「なにもこんな日にやらなくてもいいでしょう」

「ならいつやるのだ? 国民は待ってはくれん」


 男性二人が王城内の廊下を足早に通る。そのあとを小さな影が距離を置いてついて行く。先を行く男性達は、あとをつけられていることに気が付いてない様子だ。

 先頭を行くのはこの国の王、〇〇王だ。長いローブを羽織り煌びやかな装飾を身に纏っている。その後を行く男性は王族の補佐官〇〇。彼も正装に身を包んでいるが、何かに怯えるようにあたりを見まわしている。が、薄暗い廊下ではあたりの様子は窺い知れない。中庭に面した廊下へ進むとタイミングを見計らったかのようにバリバリと大きな音と共に稲光が奔る。


「ひぇっ」


 後ろにいた男性は情けない声と共に腕で目を隠す。


「急がないと国が滅ぶ」


 険しい顔をして先を急ごうとするが、何かに気が付き足を止める。


「なぜ、ついて来た」


 男性は廊下の暗がりを見据え声を上げる。それを聞いたもう一人の男性は、暗がりと王を交互に見て震えている。声を掛けられた〇〇は暗がりからゆっくりと出る。


「僕にも参加させてください」

「駄目だ。これは遊びではない」

「分かっています。僕にも知る権利はあるはずです」

「……」

「父上」

「邪魔をしたら追い出す」

「はい」


「陛下! 王太子にはまだ――」

「時間がない。行くぞ」


 補佐官が抗議の声を上げるが一蹴される。二人は大股で急ぐ王のあとを必死についていく。

 

 


 三人が辿り着いたのは普段は使われていない礼拝堂だった。外に面した窓は暗く、中を窺い知ることは出来ない。事前に話が通っていたのか王が扉の取っ手をつかむと抵抗もなく開く。中は意外と広く、壁際にところどころ蝋燭の火が揺らめいている。部屋の隅で動く気配がし、そちらに目を凝らすと何人もの人がこちらの成り行きを見守っていた。


「準備は整ったか?」


 王の声が部屋に響く。一人が中央へと進み出てくる。フードを目深に被っているせいで顔は見えない。


「すでに」


 しわがれた中性的な声が静かに答える。


「ならすぐに始めてくれ」

「かしこまりました」


 そう答えたのを合図に、部屋の隅にいた人たちがぞろぞろと部屋の中心へと集まってくる。暗闇で分からなかったが思ったより多くの人がいたことに驚く。ここにいる人達は年齢も性別や背格好もすべてバラバラだ。彼らはフードを被った人物の周りを取り囲むように集まる。

〇〇達は部屋の隅へと退き、事の成り行きを見守る。


「それでは始めましょう」


 その言葉のあとにフードの人物と思しき声が、何やら唱え始める。やけに間伸びした声は独特な抑揚をつけ紡がれていく。この国で使われている言語のはずだが、一つ二つ単語が聞き取れるだけで何を言っているのか、さっぱり分からない。

 変化はゆっくり訪れた。人々の体から光が漏れでる。暗闇で顔の判別もつかなかった部屋の中が徐々に明るくなっていく。気がつけば昼間並みの明るさになっていた。


「これは」


 アレクは自分の体が光っているのを目を丸くして見ている。


「お前にも魔力があったか」

「どういうことですか?」

「ここに集められたのは魔力持ちだ」

「みんな魔法が使えるんですか⁉︎」

「そこまでの魔力はない。今ではほとんど魔法を使える者はいない」

「それじゃあ」

「いたとしても数人だ。それも大した魔法は使えない」

「ならこれは」


 今行っている儀式を見やる。

 

「だから多くの人の魔力を集める必要があった。これが成功しなければ国は滅びる」

「聖女……ですか?」

「知っていたか。そうだ」


 聖女のいない王国は神に見放されてしまう。通常は前の聖女が亡くなると自然に次の聖女が決まる。新しい神の使いの聖獣が王家へ新たな聖女を知らせにやってくるのだ。

 だが今回は聖獣が現れなかった。今までも数年聖女が現れないことはあった。そのため最初の頃は誰も疑問も持たずにのんびりとしていた。それが五年七年八年と続くうちに徐々に土地は枯れ作物が育たなくなった。作物の育たない土地では人は食べていくことは出来ない。しばらくは食糧庫の蓄えで凌いでいたがすぐに底をつきた。それからは国が疲弊していくのはあっという間だった。

 聖女なんて飾りのようなものだと思っていたが、たった八年いないだけでこの有様だ。聖女という存在がどれほどの影響を持っていたかなど一目瞭然だった。

 この国には聖女が必要だ。でないと国は滅びる。それは御伽話のような空想ではなく事実だ。早急に聖女を探し出さなければならなかった。国は兵を出し国中を探させた。しかし聖女が見つからぬまま一年が経った。

 そもそも聖女だとどうしたら分かるのだろう。城には自分が聖女だと言う者が訪れた。しかし自称聖女は城で贅沢の限りを尽くすばかりで、国の現状は変わらない。これは国民の怒りに触れ、一人残らず処刑された。それからは自分が聖女だと申し出る者はいなくなった。

 誰もがこの国の未来を諦めかけた時、ひとつの古い文献が見つかった。そこには聖女召喚の儀式が記されていた。藁にもすがる思いで文献を読み込み、今では絶滅寸前の魔力持ちを集めて今回の儀式を行っている。これが失敗すれば、あとはもう国が滅びるだけだ。

 部屋は目を開けていられない程の眩しさになっている。呪文らしき言葉はおかしなほど途切れる事なく続いている。中心にいる人物の方に目を凝らすが、眩い光に照らされ影すらも見ることが出来ない。突如、悲鳴に近い叫び声が聞こえ、電気が切れたかのように部屋は暗闇に支配される。先ほどまでの明るさがと響いていた声が嘘のように消えた。

 

「どうしたっ⁉︎」


 思ったよりも遠くから王の声が聞こえる。


「灯りを」


 人々が騒めく気配がし、ガチャガチャと慌ただしくなる。少しして壁の蝋燭に火が点けられ部屋の様子が徐々に分かる。部屋の中心にはフードを被った人が倒れていた。側近が倒れている人のすぐ側で屈み込み確認する。


「どうだ?」

「気絶しているだけです」

「それで……成功したのか?」


 王の言葉にだれも答えない。いや、答えられない。


「……分かりません」


 側近の言葉に王は拳を強く握りしめる。


「探しだせ」

「ですが」

「儀式は成功した。聖女を探すんだ」

「しかし……」

「わかったな?」

「はい」


 側近は慌てて部屋を飛び出す。残された王は腰に携えた剣の柄を握りしめていた。

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