7.2


 ぶらぶらと後輩たちの出し物を見て回り、あらかた見終わったあたりで、俺たちは大治と炉火のいる三年四組の〈昭和レトロ喫茶〉に行ってみた。

 教室の前には異常な女子行列が出来上がっていた。俺たちはすぐにそれが大治のせいだということを理解した。

 流石に行列に並ぶ気にはなれなかったが、大治がどんな感じなのかを見ずには帰れないということで、陸上部員の意見は一致した。俺たちはわざとゆっくりその教室の前を通り過ぎ、通りがけにちらりと室内の様子をうかがった。

 奥の机で、黒ベストに蝶ネクタイをつけた給仕の格好の大治が、にこやかに接客をしていた。蒸し暑い日のはずだったが、そこだけはなぜか清爽な風が吹いていた。ヒュー!と口笛を吹きながら、みんなで一斉に階下に降りた。


 昼食を取ったあと、陸上部メンバーは解散することになった。炉火の作品を見に行くかと瑞希に聞いたが、一人で行ってくれと返された。俺はいよいよすることがなくなった。とりあえず一人、暑さをしのぎに技術棟に入ることにした。


 技術棟は、一階にある美術部の展示以外に出し物がない。俺は二階にあがり化学講義室に入った。鍵が壊れていていつでも開放状態だが、そのことを知る生徒はほとんどいない。扉をそっと開くと、思ったとおり無人だった。

 ムッとした熱気が部屋に満ちている。遮光カーテンのせいで室内は暗い。カーテンの四隅からは白い太陽光が漏れ出ていて、窓をあけるとぬるいそよ風が吹き込んだ。


 俺はそのまま少し昼寝をすることにした。もたれた壁はひんやりとして、火照った体を冷やすのにちょうどよかった。窓から、階下の美術室で誰かが話しているのが聞こえる。展示の解説だろうか。そこに炉火の声が混じりはしないかと耳をそばだてるも、その声に当たる前に眠気が来てしまった。静かで、穏やかな眠りだった。このあとのことなど微塵も想像できないほど。


 目を覚ますとすでに17時を回っていた。元々暗かった教室は一層暗く、カーテンの隅から差し込む光の色は黄色じみていた。あけた窓から外を眺める。夕陽に照らされた校庭では、花火の準備が着々と進められていた。


 暮明東高校の文化祭は、夕刻の花火で終幕となる。

 花火、と言っても打ち上げではなく、いわゆるナイアガラ花火だ。校庭の横幅いっぱいに仕掛けた花火に、各クラスの代表が一斉に点火する。薄明の中でグラウンドに流れ落ちる火花は美しく、燃え尽きたあとの火薬の匂いは夏の終りの匂いそのものだ。その寂寥感が俺は好きだった。


 閉会式の18時が近づいている。下を見ると、技術棟の暗がりに何組かのカップルがたむろしていた。その隅には大治の姿もあった。彼は小柄な女子と肩を寄せ合っている。誰だか知らないが、彼女もまた、大治にとって選びきれなかっただけの意味のない恋人なのだろう。

 階下は静かだった。そういえばまだ炉火の展示を見ていない。彼の作品は完成したのだろうか。俺は教室を出て、美術室に向かった。


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