4. 分断

4.1


 春休みが終わり、炉火は四組に、俺と瑞希は八組になった。


 瑞希はあれ以降、炉火と頻繁に会うようになった。

 もちろん校内であからさまにつるむことはないが、下校はいつも二人一緒だった。俺は何度か、駐輪場で親しげに話す彼らの姿を見た。炉火は穏やかな顔をしていた。

 俺にはそれが何故か直視できず、彼らの姿をみとめるとすぐ、踵を返してグラウンドに戻った。二人が消えた頃を見計らってもう一度駐輪場に行く。

 自分でも滑稽だと思う。なぜこんなことをしているのか、俺自身わからなかった。わからないまま、何かに突き動かされている。そういうときに思い浮かぶのは、菜の花の中で見た、炉火の横顔だった。


 時折、部活の休憩時間などに、瑞希から炉火の話題が出ることがあった。瑞希は周りの生徒に気をつけているのか、会話の中で〈炉火〉の名前を出すことはなかった。


「あいつは面白いね。しゃべってるだけで、何時間でもいられる、」


 〈あいつ〉、と呼ばれた炉火は、どうやら先日、瑞希とファミレスで二時間話し込んだらしい。瑞希によれば、炉火はコーラとメロンソーダを一対一で混ぜた飲み物が気に入っているようだった。

 俺が思ったよりも、瑞希たちはうまくいっていた。

 二人でどこに出かけようか、休みの日は、互いの趣味は、何か贈り物をしたほうがいいか。彼女の話は尽きない。そのたびに、俺の知らない炉火の姿が明るみになっていくようだった。



 長い雨が続いていた、ある日のことだった。俺は一応クラスの〈理学委員〉だったので、週に一度、技術棟にある理学資料室を交代で掃除する必要があった。その日の放課後、俺は当番の仕事をこなすため、二階にある資料室に足を踏み入れた。見えるところだけでいいだろうと、適当に窓際の棚を拭いていたときだった。


 ふと、窓の外、雨に濡れた駐輪場に、白いシャツを着た人影をみとめた。炉火と瑞希だ。雨のせいで他に人はいない。彼らは二人で穏やかに何かを話していたが、不意にその体を寄せ合い、口づけを交わした。


 俺はとっさに窓を離れた。視線を部屋の入口に移す。何も見ていないことにするつもりだった。だが、考えないようにするたびに、彼らの姿が強く思い起こされる。暗い資料室にすら、体を寄せる二人の気配を感じるほどだった。と同時に、炉火の唇の感触が、自分のもとに蘇ってくる。

 俺はそれをどうすることもできなかった。部屋にうずくまり、ただ時間が過ぎ去るのを待った。


 結局、その日はほとんど掃除もできず、逃げるように一人で帰宅した。

 家には誰もいなかった。センサーライトだけが俺を静かに出迎えたが、あとは真っ暗だ。小さなリビングダイニングにかかるカーテンの隙間から、灰色に光る空がすこしだけ見えた。テレビをつけても、ニュースか子供向け番組しかやっていない。今日も母の帰りは遅い。

 自室で机に向かってみたが、宿題も受験勉強も、何一つ手がつけられなかった。雨のせいで天体観測をすることもできない。仕方なく適当に食事を作って一人で食べ、風呂に入る。入浴中に来た母のメッセージは、『ごめんね、多分22時ぐらいになっちゃうから、先に寝てて』だった。


 その時、俺に一つの考えが浮かんだ。

 俺は少し悩んでから一人で家を抜け、電車に乗って離れた場所にある繁華街へ向かった。

 ずっと行きたかった店があった。ただ年齢的にも、また道徳的にも咎めるものがあって、今の今まで行けずにいた。今日なら行ける気がした。行ったところで、誰が俺を責めるだろう。誰も俺に興味を抱かない今が、チャンスだった。



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