「スキルを与えよう」とそいつは言った。真っ白な部屋の中で

@nanami-7733

第1話 スキルを与えようとそいつは言った

「スキルを与えよう」とそいつは言った。


 真っ白な何も無い部屋の中に私はいた。

 ここどこ?スキルを与えようって言った?えっとテンプレですか?

 そんな風に考えても仕方ないと思う。

 だって、スキルを与えようってベタだよね。

 異世界転生とか異世界転移の。

 ん?つまり


 このテンプレ具合から、想像するに、私はひょっとして死にました?


 そう訊いてしまったのも仕方ないよね。


「まあ、そうだな」


 ほら、そうだって。

 そっか。私死んだか。死んでもおかしくないとおもっていたけど、やっぱり死んだか。




 両親が亡くなってから、急に無気力になった。

 親が生きている間はよい娘でいようとして、いいこちゃんで過ごしていた。

 母親はよく私に愚痴を言ってたな。

 だから、うちにはお金が無いんだと思って、ピアノ習いたいとか、思っても言えなかった。

 無趣味だったけど、図書室で本を読むことだけは好きだった。

 それから漫画に嵌まって、アニメを見るようになって、なんとなく外に出て人と付き合うより、一人で絵を描いたりするような子供になった。それも決してうまくなくて。芸術系とかには全く才が無かった。


 あとは本が好きだったから、国語の教科書を読むのも好きだった。だけど国語のテストはそんなに飛び抜けてはいなかったな。平均よりは上だった。

 数学も好きだった。方程式を解くのはパズルを解くみたいな爽快感を感じた。

 でも英語は苦手で、理科と社会も苦手で、理系にも文系にも行けず、それでもいいこちゃんして頑張っていたら、英語も理科も社会も平均並みになって、二流の大学には入れた。


 就活は一発勝負で、女は度胸と思って、就活したら、それなりの会社に入れた。

 それなりの会社で新入社員になって、それなりに頑張って、それなりに普通の社会人になって、三年。

 何気なく、両親と兄妹と一緒に過ごしたお正月。

 いろいろ母は愚痴っていたけど、父は堅実に投資をしていたし、手に職がついていて個人で独立して仕事を請け負っていた。

 いつのまにか両親は豊かになって、結婚して子供が生まれた兄夫婦を支援したり、就職の時期に不景気で思ったような会社に入れなかった妹を支援したり。


「あんたは手がかからなくてよかった」


 うん。私はいいこちゃんだからね。自立したよ。

 両親の支援も受けず、むしろ旅行をプレゼントしたりしたよね。


 そして両親が事故でなくなって、遺言が残っていた。

 父は言ってた。兄は子供がいて大変だからたくさん遺産を残したい。

 母は言ってた。妹は運悪く不景気な時期に就職しないといけなくて、不安定な仕事をしているから私の持っている株とか全部あのこにあげるわ。

 うん、確かに言ってたね。


 あんたは立派に自立しているから。

 うん。そうだね。


 でもね。

 同じ子供なのに私には何も残さなくていいって思ったの?

 兄貴と妹の取り分が多くてもいいよ。

 でも、指輪の一つでも私に残そうって思わなかったの?


 それから兄妹とも疎遠になった。

 お墓参りにもいかなくなった。

 そんな風に冷たいから何も残されなかったんだって言われた。

 でもさ、本当に何も残さない、っていわれたら、私は両親にとってなんだったんだろうって思ったよ。


 それからかな。

 私は誰のためにいいこでいたんだろう。

 今の会社の仕事、嫌いでは無いけど、慣れるまでものすごく苦労した。

 決して自分に向いた仕事だとは思わない。

 だけど、必死で食らいついて、なんとか一人前になった。

 でも、もっと違うことがやりたいっておもったことはいっぱいある。

 それでも「それなりにいい会社に入った娘」「立派に自立した娘」でいたかったから、思い切って転職することが出来なかった。


 両親がいなくなって、何も私に残らなくて、本当に私はなくなってしまった。

 それから無気力になって、退社した。

 家にこもった。

 ずっと携帯ばかりみて、動画サイトを見て、なんとなく食事をするのも面倒で。

 何もかも面倒で。


 ああ、そうか。私は餓死したのか。




「ああ、辛いことを思い出させてしまったね。もう忘れる方がいい。しかし、これは想定外だ。どうしたものか?」


 そいつとしかいいようのないものは何やら悩み出した。

 そこに誰かがいるのに、わかるのに、顔を見ようと思っても顔をみることができない。認識できない。

 体型は?背は高い?低い?痩せている?太っている?それもわからない。認識できない。

 声は聞こえる。

 そいつはそこにいる。

 なんとなく人の形をしていることもわかるのに、なぜか見ようと思うと目に映らない。

 ぼーっとすると人のようなものが目に映るのに、焦点をあわせようとすると見えない。


「ああ、脳内で目に映ったものを認識しようとする信号を阻害している。私は見えないよ。声は聞こえると思うがな」


 そうか。

 私の脳はいじられているのか。


「まあ、そうだ」


 何を悩んでいるんです?


「君には君の記憶をもったまま、私の世界に来て欲しい。しかし、君の記憶が君を無気力にさせているようだから、手を入れるべきかどうかを考えていた」


 いやいや、手を入れるとか怖いんだけど。

 でもなあ。

 そうか。

 確かに私は無気力になって死んだからな。


「その無気力状態も君の世界の創造主に実験された結果だと思うがな」


 実験?


「そう。君たちの世界は我らの中では暴走実験場と呼ばれている。君の世界の創造主は君たちを使ってさまざまな実験をして成果を上げている。昔は神と名乗って息子を祭壇に捧げよと言ったらどうなるかという人々の行動形態の探索実験をしていた」


 神か。

 聖書か何かにそんなエピソードがあったかな?


「君が関与した実験は親離れできない形質を取り出して、それを埋め込んで、親が亡くなるとどうなるかを確認する実験だったと聞いている」


 親離れできない?

 私は自立していたが。


「親にとってのよい娘、親の自慢できるそこそこ名の知れた企業に働く娘、と思っていたのだったな。それは自分を親の目線でしか肯定できないと同義では無いか。精神的な自立ができているとはおもえんな」


 親にとってよい娘か。

 確かに親がいて、私がいるという構図だな。


「その意識をとことん強めた上で、親が亡くなる。そうなった場合に親という存在に支えられていた自我がどうなるかという実験だったそうだ。結果は無気力。生きる意志さえ無くすほどの無気力。だが、おかしいとは思わないか?」


 なにが?


「君たちの住む世界では少し歩けば食べ物を手に入れられるし、伝達一つで食事を運んでくれるサービスもあったと聞いている」


 そうだね。


「そんな環境でお金が無いわけでも無いのに、空腹でも動かないということがそもそもおかしい。君の実験は親に依存させることが前提条件で、そういう思考に凝り固めるところからスタートした。その後、親がなくなり、さらには親が死んだあとで実は突き放されていたと自覚させる。普通に考えると絶望する」


 まあ、実際に絶望したからな。


「その際に、親に依存するという思考に凝り固めていた因子がなぜか変に作用して、君の絶望もこり固められた」


 ほう。それで?


「普通の人なら二日も泣けば、精神的に立ち直って食事をしようとなるところだったが、君の絶望は凝り固まってほぐれないから、そうはならなかった。そして何に対しても無気力になり、結果がこうだ」


 それはずいぶんな作用だな。


「君の世界の創造主は狂喜乱舞していた。意識を懲り固めるという新しい実験テーマが見つかったと言ってな」


 自分の生まれ育った世界の創造主のことをこういうのもなんだが、そいつどこかおかしいんじゃないか?


「あいつは昔からそういうものだ。それより、この狭間の領域にきて、その絶望もずいぶん薄れているはずだが?まだ気力は戻らないかね。今の気分は?」


 最悪だな。変な奴にもてあそばれて自殺した気分だ。


「言い得て妙だな」


 だろう?


「ふむ。なかなかよい性格をしているようではないか。私の世界にこないか?先ほども言ったが好きなスキルを与えよう。私の世界は非常に牧歌的で素敵な農耕世界だ。だが、そろそろ変化が欲しい。別の世界の因子で活性化されるか試したい」


 結局実験台になるのか。それで?この話を受けないと私はどうなる?


「魂は輪廻するから回帰する。つまり、元の世界、暴走実験場に戻るだろう」


 そうか。


「こう言ってはなんだが、君の世界は平穏に見えてときどき変な奴が変な事件起こす。戦争も不明確な理由で突発的に起こることも多い。実験場はあまり生きやすそうには見えない。ただ、文明が恐ろしく進んでいることだけは確かだが」


 文明は進んでいる?つまり貴方の世界に行くと、かなり私は生活に苦労すると言うことか?


「そうだな。こちらの世界では道具がほとんど進歩しない。進歩はするのは、農業、酪農文化に特化している。そこで君だ」


 私?


「君の世界の知識を持って私の世界に来てくれないか?道具を作って、世に広く知らしめて欲しい」


 いや、作って欲しいって言われても。便利な道具があることは知っていても、その道具を作るなんて出来ないよ。ろうそくのろうだって何から出来ているかよくわからないし。ランプで構造がわかるのはアルコールランプぐらいかなぁ。でもそもそもアルコールの作り方がわからないし。ひょっとしてオリーブみたいな何かを絞って油にして布に染みこませて火をつけるぐらい?


「いや、さすがにその程度の道具であればこちらの世界にも存在する」


 ですよねー。知ってた。

 そうすると電球?フィラメントがタングステンだっけ?竹の炭が最初だったとか?あれは電気を流すんだけど、その前に電気をどうするか。発電って難しくない?


「なるほど。道具を知っておっても、それを作る能力が無いのか」


 そりゃあ、一般人だし。別に技術者って訳でもないし。あ、でも技術者の友達も言ってたけど、一人で全部は作れないって。自分の担当部分ぐらいらしいよ。もっと長く会社で働いていたら別かもしれないけど、入社して三年ってそんな感じみたい。


「では、君のスキルは創造魔法でどうだろう?」


 創造魔法っていろいろ作れる魔法?


「そうだな。普通の創造魔法はレベルが上がると作れるものが増えていくが、それではこの世界のものしか作れない」


 え?創造魔法ある世界なの?すごーい。それって私も習得できる?


「魔法スキルは生まれつき持っているものだけだ。あとは訓練すれば武術ぐらいは身につくかもしれない。この世界だと農業の才能などは比較的目覚めやすいな」


 そっか。でもこの世界のものしか作れないなら、私が行く意味ってなくない?


「そうだな。だから創造魔法とは少し違う魔法だ。創造魔法はレベルが上がると作れるものが増える。君の魔法は何でも作れるがレベルが上がるたびに作れる物の体積が増える魔法にしよう」


 決まった体積以下なら何でもつくれるのね。私の想像力次第で。


「そうなる。ほう。新しい魔法になったな。生成魔法だ」


 生成魔法


「これで私の世界に来てくれるか?」


 レベル1でできることは?


「レベル1だと10センチ四方の大きさの物で君が想像できる物だ」


 わかったわ。


「回数は一日3回まで。レベルアップに必要なのは生成10回」


 レベル2でできることは?


「回数は一日6回に増える。次のレベルアップに必要なのは生成40回。あとは秘密だ」


 わかったわ。


「で、私の世界にくるかね?」


 いくわ。ここまでお膳立てされて、行かないって言うのもどうかとおもうしね。


「決まりだな。では容姿に何か希望は?」


 少し背を高めに。髪の色や目の色は私が行く世界の人間によくある色で。性別や年齢は選べるの?


「選べるな」


 では、女性で。人の中では少し整った容姿で。ただ、人目をひくほどじゃなくていい。


「難しいな。何か身近な人間で例になる者はいないか?」


 何人か知っている人をあげるから、所々からくみ取って。さすがに友人と同じ容姿はいやだわ。


「ふむ。君の考えるぐらいというとこんな感じかね。どちらかというと君の世界の西洋系の顔に近い人類なのでな」


 あら、いいじゃない。友達の誰とも似ていないし、そこそこ整っていて、でも目立つ容姿じゃ無い感じね。

 目も髪も茶色が普通?


「そうだな。ではこの容姿で」


「ありがとう。あれ?」


「声はその程度でいいかね?」


「ええ、いいわ。不思議ね。知らない声が自分の口から出るというのは」


「そのうち慣れるだろう。では、行くがいい」


「いろいろありがとう」


「こちらこそ、私の世界に来てくれてありがとう。そうそう」


「何?」


「私の世界の名前を伝えていなかったなと思って」


「名前?あ、ちょっと!声が遠くなって!あれええええ????」


「行ってしまったか。伝え損ねたな。私の世界の名前を。まあよかろう」

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