地獄の覇者な大聖女

川崎俊介

第1話 偽善礼讃

 疑問だった。


 どうして偽善者は謗られるのだろうか。


 善人はただありのままの自分を晒しているに過ぎない。

 

 善人に生まれられたから。


 恵まれた環境で生きてこれたから。

 

 善人であれたというだけだ。


 偽善者はどうだろう?


 自分の中の悪性と戦い、偽りであっても善人であろうとしている。善人に見せようとしている。


 素晴らしい。


 讃えるべき努力だ。


 素を曝け出しているだけの善人とは格が違う。


 だからこそ、この私、ウルスラ・アルトマイヤーは、偽善者の魂の中にこそ神性を見出した。


「って、そんな説法したら間違いなく破門だよね……」


 教会の大聖女という立場上、そんな思想は表に出さない。


 幸い、私の側近は金に目のない偽善者ばかりだ。


 天然そのままの善人はほぼいない。皆努力して外面だけは良く見せようと必死だ。


 実にいじらしい。


 愛すべきあがき方だ。


 だが、そんな可愛い側近たちよりも、もっと愛すべき存在が現れた。


「ゼクス様がお会いしたいと仰っております。どうかお目通りを」


「許しましょう」


 私は笑顔で応える。


 この悪魔は、地獄の長ゼクスの第一の配下。ラウレイオーンという名だ。私が地獄から解放してあげた。


「【悪しき者の光は消える。その身を焼く炎は光を放たない】」


 ラウレイオーンのそんな詠唱がこだますると、黒い炎が立ち上る。地獄の業火だ。


「隙だらけの女だ」


「憑いちまうか」


 地獄の扉が開いた隙に、低級の罪人どもが顔をのぞかせる。


 だが、瞬時に黒炎に焼かれ、のたうち回る。


「あぁ、可哀想な罪人たち。悪辣で狡猾なうえに愚鈍なんだね。きっと生まれたときは純粋な赤ん坊だったんだろうに。こんな醜悪な罪人と化してしまうとは、この世界の歪みは相当だね」


 そう。この子たちが悪いのではない。この子たちを歪めた世界が悪いのだ。


「私が許可すれば黒炎には焼かれずに済む。そのときまで辛抱してね」


 私はそうとだけ言い残して地獄の階段を降りる。


 罪人と呼ばれる人々の更生には、これでも尽力してきたつもりだ。衣食住が保証された収容施設を建て、社会復帰できるように活動してきた。おかげで財産は底をついている。


 だが、何も変わらなかった。


 施設職員は虐待をするし、社会復帰しようにも受入先が見つからない人が続出した。挙句には『被害者の会』なる団体から攻撃を受け、施設は崩壊。


 結局、悪人の更生など無理だと悟った。彼らも死ねば地獄に落ちてしまうのだろう。


 だが私は絶望しなかった。


 現世ではどうしても罪人扱いされるのだから、せめて死後は天国で幸せに暮らしてほしい。そう願った。


 だから、地獄なんて無くすことにした。皆天国行きが約束されれば、このうえなく平等で幸せな世になる。


 とはいえ、そうすれば社会に犯罪が横行するのは必至。どんな悪事をしようと天国に行けるのだから。


 だからこのことは秘密だ。私と、地獄の住人たちだけの。


 とはいえ、罪人どもは皆認知がねじ曲がっているので、いくら可哀想でも相手をするのは疲れる。


 偽善の皮をかぶった側近たちが恋しくなる時もある。彼らは邪悪な本性を抑え、罪を犯す一歩手前で踏みとどまっている。それこそ、真に人間らしい姿であり、賞賛すべき在り方だろう。

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