第16話 お食事

「ぐぅぅぅぅぅ」

 不意にお腹が鳴った。

「おや、空腹じゃな?」

 そう言えば昨日から何も食べていない。その状態でそのままお風呂でごっそり搾り取られたので、空腹感もひとしおだった。


「じゃあ、上がったら飯じゃな? ……立てるかや?」

 少し不安そうに聞かれる。

「大丈夫です……よっと」

 湯から立ち上がると、視界にキラキラチカチカと星が飛んでいた。

 頭から血が下がった感触がした。頭だけ冷えた気持ち悪い感触がある。

(おお、立ち眩み……)

 変な感心をしつつ、これ危ないんだっけと、他人事のように思い出す。確か、慌てず騒がず立ち上がらずに小さくなるか横になれだっけ? 記憶に合わせて、その場でゆっくりとした動きで横になり、ゴロンと転がる。

 いい歳したおっさんなので、ここで格好つけて怪我をするようなのは選択肢に無い。

「のぼせたみたいです」

 端的に説明する。

「じゃろうなぁ……」

 ヤタちゃんが溜め息交じりに、申し訳なさそうに呟いた。

「お気になさらずー?」

 何故か深刻そうなので、極力軽めに返しておいた。


「大丈夫かや? 膝枕でもいるかや?」

 ヤタちゃんが不安気にしゃがんで膝をつき、こちらの顔を覗き込む。

 しつこいようだが、お互い全裸でタオルも無しである、隠すものは何もなかった。。

 体勢的に、覗き込んでくる可愛らしい顔よりも、今まで以上に眼前に見える、毛も生えていないソレを思わず凝視した。股間が反応する感触が有った。

「大丈夫そうじゃな? 色々な意味で」

 ヤタちゃんが思わず噴き出したような笑みを浮かべて居た。


 そんな寝言はさておいて、立ち眩みはほんの少しの間で、すぐ何ともなくなったので、身を起こす。

「もう大丈夫かや?」

「はい、今の所は」

 特に違和感はない。

「もうちょい待っておれ」

 そう言うと、コップに水を汲んで来てくれた。

「ありがとうございます」

 一口入れると、思ったより甘い。衝動的に一息に飲み込んだ。

「これが入る辺り、思ったより乾いてるなあ?」

 スポーツドリンクではなく、経口補水液の方らしい。続けて渡された二杯目は少し苦く感じる。一口入れて手が止まったので、足りたと認識したのか、ヤタちゃんが頷いた。

「まあ、大丈夫?」

 自分ではよくわからない。

「今日は飯食って寝て、それからじゃな?」

 そんなこんなで御飯、途中で中居さんにバトンタッチしてヤタちゃんがどこかに行ってしまったので、移動中仲居さんを質問攻めにしてみる。


「ヤタちゃんって何者ですか?」

「ちゃん?」

 首を傾げられた。

「ヤタ様はこの旅館というか、この温泉街の元締めですよ?」

「なるほど、大物だ」

 独特の貫禄があるわけだ。若いのに苦労しているのだろう。

 年齢が外見詐欺臭いのは確かだが。

「ミサゴさんは?」

「お嬢はお嬢で、次の若女将ですね」

「なるほど……」

 本当に都合良く地方の有力者であったらしい。


「さてと、御飯、何かリクエストはありますか? 因みに何もないと懐石フルコースとなります」

 割と重そうだった。

「まかない的に軽いのでお願いします。どんぶり的なのがいいです」

 正直豪華過ぎるのもあれというか、根が小市民なのだ。

「はい、丼ですね?」

 オーダーを伝えに、厨房に消えていった。


 ウニ丼に山芋、たくあんに生卵、牡蠣フライ、味噌汁にコズユ、飲み物はザクロジュースだった。

(精力剤か何かかな? と言うか高くないか? 歓迎されてるにしても、対価はどれぐらい要るのだろう?)

 内心で不安からツッコミを入れるが、料理を前にすると、忘れていた空腹感が湧き上がってくる。

 毒を食らわば皿まで、そもそも出て来た以上は、食べない方が失礼に当たる。

「いただきます」

 内心で強引に戸惑いと不安の分を論破して、がっつきそうな勢いを、せめてもの礼儀として手を合わせた。


 気が付くと一瞬で丼のご飯が消えた。

「おかわり要りますか?」

 楽しそうに聞かれた。

「はい、お願いします」

 そっと丼を渡した。

「いやあ、素晴らしい食べっぷりですね?」

 おかわり要求3杯目をそっと出す、思ったよりスルッと入ってしまったが、ご飯が美味しいせいだろう。

「おかわりは?」

 4杯目は流石に重いだろうと思い留まる。『お残しはゆるしまへんで』の精神で、残すからお腹いっぱいいただきましたなんて見苦しいのは問題外だ。御米もおかずも一粒も一品も残さずに食べて綺麗に食べ終えたい。

「十分です、美味しかったです、ご馳走様でした」

 小さく会釈しつつ応える。

「それは何よりです」

 とても嬉しそうな返事が帰って来た。


 食堂からロビーに出て、雑誌と新聞を見つけた。

 情報は大事だな?

 いくつか手にとり、休憩用の椅子とテーブルを占拠して目を通し始めた。

 新聞の年月は確かに2100年5月30日だった。



 追伸

 ヤタ「多分と言うか大分儂のせいだと思うけど、恨まれて無い様子なのでセーフ」

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