第26話生きていることを笑え

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『また会ったな、だと? まるで偶然かのような話ぶりだが、今回はそなたから会いに来たくせに』


 周りは敵だらけで外は血だらけの洞窟内で、俺にだけ聞こえる鬱陶しい声が耳を打つ。こいつは本当に鬱陶しいな。この場所を探るのに多少役に立ったことは認めよう。俺たち以外に見えないという特徴を利用して洞窟周辺、及び洞窟内部の状況確認を行なってくれたのは本当に役に立った。

 だが、こうしていちいちニヤついた顔で笑われるのは、正直言ってウザい。これが実際に存在している人間であれば、迷うことなくデコピンの一発でも入れてやっただろう。


「何だ貴様は! 邪魔をするつもりか!?」


 邪魔をするつもりかと言ったらそのつもりだし、なんだったらすでに邪魔した後だ。何せ、洞窟の外にいた術者たちは仕留めたんだからな。邪魔する気がないならそんなことしてないだろ。

 もっとも、こいつらにとって大事な儀式はすでに止まっている。そのことにこいつらは気づいていないみたいだけどな。


「うっせえ。ちっと話があるだけだから黙って待ってろ」

「やれえ!」


 こうなるとは思っていたが、司教の護衛としてついてきたのであろう武装集団が武器を抜いて襲いかかってきた。


 こういう後ろ暗い作業をする際に使われる集団、特務警護部隊。通称『祈り子達』。

 聖騎士が表の戦力だとしたら、こいつらは裏の戦力。純粋に信者やってる聖騎士達と違って、こいつらは教会の裏を知りながらも、なおも教会に尽くそうとする狂信者、あるいは利益を優先したクズどもだ。


 俺が聖騎士として活動していた頃に何度か顔を合わせたことがあった。その頃から気に入らなかったし、できることなら無くしてしまいたいと思っていたが、大きな勢力であろうとも綺麗事だけではやっていけないことは理解していたので見逃してきた。

 だが、今は状況が違う、立場が違う。今なら殺したって問題ない。

 なんだったらもうすでに何人も殺してるんだ。今更ためらう必要なんてどこにもないな。


「なっ……!?」


 襲いかかってきた祈り子達を、『虚飾』を使うことなく純粋な技量だけで処理していく。

 今まで人間相手に後ろ暗いことばかりをやってきたからか、大した能力はない奴らだった。

 まあ、簡単なことは俺にとっては良いことだ。それよりも……


「……待ってろっつったろ? それとも何か? お前ら今すぐ死ぬか?」


 洞窟の中を歩き、司教の横を抜けてすでに変異をし始めている聖女——リタの元へと向かっていく。


「くっ……貴様、その女を助けるつもりか?」

「そんなつもりねえよ。話があるだけだ」


 そう。俺はただこいつに話があるだけだ。その結果偶然こいつが助かることはあるかもしれないが、それはこいつの選択だというだけだ。


「よお、久しぶりだな」

「……りん、ど、さん……? …………あ。み、見ない、で……」

「悪いが、もう見ちまったから、気にすんな」


 リタは変異した腕を隠そうと身を捩らせているが、その程度で隠すことなんてできやしないに決まってるだろ。

 それに、今までだって似たようなものは見てきたんだ。今更その程度の姿を見たところで、何を思うわけもない。


「それにしても、随分としけたツラしてんなぁ。お前はもっと笑ってる女だと思ったんだが?」


 俺の印象としては、この聖女様はいつだってニコニコと笑みを浮かべているような女だ。辛くとも笑い、不満があっても笑顔で隠す。そんな女。

 だってのに、今はその笑みも綺麗に消え失せている。


 とはいえ、俺だって状況はわかってるつもりだ。こんな状況で笑っていられるやつなんて、正気じゃない。

 だがそれでも、何もかもを諦めて死ぬことを拒みながらも死ぬことを受け入れたようなシケた面をしてるのは、認められない。


 怒りでも不快感でも、どんな悪感情でもいいさ。だから、諦めて絶望に沈んだ顔なんて見せんな。


「……こんな状況で、笑えるわけ、ないじゃないですか。何を笑えっていうんです」

「生きてることを」


 そうだ。笑えよ。お前はまだ生きてんだろ。俺がいなきゃ数秒後には死んでたかもしれないが、それでも俺がここにいる。そんで、お前はまだ生きてるんだ。だったら、それがどれだけ苦しい状況だとしても、死ぬはずだった未来を退けて生きていられる今を喜べ。この先どうなるかわからないけど、生きててよかったって、笑えよ。


「お前はまだ生きてんだろ。腕の一本や二本が混獣に変異した? なら、その腕切り落とせば解決だろ。少なくとも、見た目の上ではな。だから、ほれ。笑って見せろよ。いつも見たく、うざったいくらいの笑みを浮かべながら、しつこく話しかけてみろ。ほれほれ」


 そう話しながらリタの頬を掴み、引っ張ることで無理やり笑顔を作らせる。

 だが、やっぱり自然と笑った顔と比べれば随分と不格好になるな。まあ当たり前のことだが。


「や……やめてください!」


 そうしてリタの頬を弄り続けていると、されるがままでいることが嫌になったようで、リタは変異した腕で俺を押し除ける。


 おっと。流石は混獣の腕だ。これまでの聖女だった状態に比べるとだいぶ力が強くなってるな。

 だが、この程度ならまだイケる。


「……このようなところまで、どのようなご用件ですか? まさか、揶揄うためにきたんですか?」

「はっ、どんな用件か、か。いつもは俺が来なくてもお前の方からくるくせに、今じゃ逆転だな」


 今までとの状況や立場の逆転に、肩をすくめて笑って見せる。

 だが、そんな俺の態度がきにいらなかったのか、リタは眉を寄せて先ほどよりもしっかりとした、それでいて拒絶を含んだ言葉が発せられた。


「……なぜ来たのです? あなたなら、今がどういう状況かご存知でしょう?」

「浄化に失敗したアホな聖女が瘴気に取り込まれて混獣となった。で、教会の奴らがお前の体を弄ってどうこうするためにここにきた。合ってるか?」


 教会の奴らの監視を抜けるために手間取ったため、当時の現場にいることはできなかったが、まあおおよその流れとしては間違っていないはずだ。


「……そうです。私は人をやめました」

「正確には、辞めかけている、だがな」

「そんなもの、どちらにしても変わりありません。いえ、そもそも、元から『人』ではなかったのです。このために作られた、ただの動く死体なんです」


 知ってるさ。そんなの、とっくの昔に知っている。

 だからこそ、俺は聖騎士なんてものをやめたんだ。俺が守りたかったのは人であって、死体でも人形でもなかったから。


「死者の体に作り物の魂を無理やり縫い合わせて詰め込んで、そうして人間の皮をかぶせた作り物。それが私です。それが私たちなんです。だから、生きている意味なんて、ないんです。もとより、生きてなんていなかったんですから。神様の作った道理に反する存在なんて、そんなのは悪いもので、いてはならないんです」


 これまで溜まったものを吐き出すかのように、震える声で言葉を紡いでいく。

 だがその言葉は全て、自分を肯定するためのものではなく、否定するためのもの。いや、自分のことを諦めるためのものというのが正しいか。


 これだけ理由があるんだ。だから自分は生きることを諦めなくちゃいけない。

 まるで、自分自身にそう言い聞かせているかのように聞こえる。


「見てください、この手を。人形のものでしょう? 私は……に、人間では、ないんです」


 涙をこぼしながら歪な笑みを浮かべているリタ。その手は確かに人のものではなく混獣の……化け物のものだ。たとえお世辞や誤魔化しだとしても、人間だとはいえないだろう。


 だからどうした。


「お前は、それでいいのかよ?」


 姿形なんて、どうとでも取り繕うことができる。極端な話だが、さっき俺が言ったように両腕を切り落としでもすればそれで見た目の問題は解決だ。あとは体に溜まった瘴気を時間をかけて抜いていけばいい。

 そうやって、生きていくだけならどうとでもなるんだ。だから、大事なのはこいつの思い。こいつの願いだ。生きたいのか死にたいのか。それだけが、今必要な答えだ。


「今まで散々他人に幸せの意味を説いてきたお前だがよお、お前は今、幸せなのか?」


 そんなわけないよな。だって、もし幸せなら、自分から生きることを諦めたりなんてしないはずだ。幸せなら、その幸せがずっと続いてほしいと、まだ生きていたいと願うに決まってる。

 それに何より、そんなシケた面してるような奴が幸せだなんて言っても、俺は絶対に信じない。


「このまま死んでもいいのか? もっと違う生き方があるとは思わなかったのか? 誰かに恋をして、結婚して子供を産んで、家族や友と笑いながら暮らして、そんで、ああ幸せな人生だったと笑いながら死ぬ。そんな人生があったはずじゃないか?」


 聖人と言っても、体は人間そのものなんだ。

 死者の肉体を使っていたとしても、今はちゃんと生命活動をしている。

 これからを生きるのであれば、過去の記憶なんてなくても問題ない。

 混獣のように変異するのだって、それは瘴気に侵されたからであって普通の人間でも起こることだ。ただ、聖人の場合は混獣や瘴気に関わる機会が多いからこうして問題になっていると言うだけ。


 だから、こいつも普通の人間と同じように生きることができるのだ。

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