第25話双子

 

「その通りだ。人を作ると言っても、一から作るわけではない。すでにあるものを流用し、そこに細工を施すことで瘴気に耐えることのできる体を作るのだ。そうすれば、瘴気など気にせずに活動することができる」


 人工聖人計画と私という聖女の関係について考えていると、目の前の狂人はさらに言葉を続けた。

 正直もうなにも喋らないでほしいと思うけれど、そうはいかない。

 そして、その言葉を聞いて、私の状況を照らし合わせて、一つ、思いつきたくなかった考えが頭の中に浮かんでしまった。


 聖人を作るにあたって、肉体は〝すでにあるもの〟を流用したと言っていた。けど、人間の体として使い回すことができるものって、なに?


「そ、れは……つまり……」

「聖人とは、動く死体だ」


 その答えが、これだ。すでに人間の形をしているものを使うのなら、確かに楽だろう。臓器や骨格なんかを気にすることもなく済むし、不具合は出づらいはずだから。


 けど、そんな言葉は信じられない。信じたくない。だってそれを認めてしまえば、私だと思っていた〝私〟は、すでに死んでいることになるのだから。

 そして、私だけではなく、私の記憶の中にいた姉だって……リコだって……。


「……う……嘘です! だって私には、ちゃんと記憶があります! 小さい頃のっ……両親とリコと暮らしていた頃の記憶が!」


 私の中にはちゃんと家族との……姉と暮らしていた記憶がある! だから違う。私は、死体なんかじゃない!

 でも……


「死体の中に残っていた断片だろう。実際に、それ以外の記憶を思い出すことはできるか? 友人知人、近くに住んでいた人物でもいい。何か子供の頃のエピソードでも思い出せるのか?」

「そんなことっ………………」


 言われてから思い出そうとして見ても、なにも……なにも、思い出せない。

 わかっていた、思い出せないことなんて。だって、ついさっき両親のことを思い出そうとして失敗したばかりなんだから。両親すら思い出せないのに、他のことなんて思い出せるわけがない。

 でも、認めるわけにはいかない。だって認めてしまえば……


「できぬであろう? もっとも、姉の事ばかりは多少なりとも覚えていたようだが、それとて断片的なもののはずだ。姉との思い出だけではなく、声や顔すら思い出せないのではないか?」


 この人の言うとおり、私は姉のことを大切に思っていたはずなのに、その姿や思い出をなに一つとして思い出すことができないでいる。

 不確かながらも心の拠り所としていたことが偽りなのだと言われ、ひどい吐き気がする。まるで世界がひっくり返ってしまったかのような、そんな感覚さえある。


「ただ、そうして作った聖人だが、欠点があってな。瘴気が溜まれば混獣として変異してしまう点は変わりないのだが、元が死体なだけあって、一度変異してしまえば元に戻ることができないのだ。《闇》や瘴気に耐性があるといえど、限界はあるからな。その限界を超えての浄化を行えば、器が崩壊し、混獣と変ずる。今のお前のようにな。普通ならそこで速やかに浄化をかければ人に戻ることもできるのだが、お前達の場合はそうなってしまえばもう二度と元の姿に戻ることはできない」


 ついに、私の求めていた、けれど求めていなかった答えを聞くことができてしまいもうなにも考えられなくなってしまった。


 もう私は人ではない。人に戻ることはできない。そもそも、初めから人ではなかったのだから。


 けれど、話はそれで終わりではなかった。


「それを利用して神器のレプリカを作成する『宝器創造計画』。この二つの計画によって、教会はこれまで権勢を維持し続けることができてきた」

「私が……神器に……変わる?」

「そうだ。言うまでもないが、混獣というのは元々あの形ではない。今のお前のように本来の形を崩して変ずる。ならば、その変じ方を調整することができれば、こちらの望むような形——宝器と成すことができる。よく見て見るといい、お前の持っているその杖を」


 その言葉に従うように、のろのろとした動きで視線を落とし、私は自身の右腕と、その先に固定されている杖を見つめる。


「その杖についている房飾り。美しい金糸だな。これまで戦いの中で振るい、このようなところで埃に塗れているとは思えない艶だな」


 言われてみれば、そうかもしれない。今の私はきっとひどい姿をしていることだろう。ここに辿り着くまでに何度も転んだし、森の中を駆け抜けてきたのだからなにかしらの葉っぱなんかもついているだろう。

 髪だって、水浴びもしていないのだから汚れているのは当然だ。


 けれど、私の持っている杖は今までろくに手入れをしたことがないのに、こんな悪環境の中であっても艶がある。


 しかしそれがいったい——


「まるで、生きた人間の髪のようだとは思わんか?」


 その言葉を聞いた瞬間、ゾワリと不気味なものを感じ、思わず杖を手放そうと放り投げる。


「っ!!」


 カツンッ!

 けれど、私の腕と一体化している杖を手放すことはできず、ただ地面に叩きつけて乾いた音を響かせるだけで終わった。


「壊さないでくれよ。それは混獣というだけあって瘴気を放っているが、術の効率はだいぶ上昇するのだ。相性次第ではあるが最低でも二倍。今の所の最高は四倍の効率を誇る。もっとも、瘴気を放っているだけあって、瘴気に耐性のある聖人にしか使用することはできないがな」


 神器だと……レプリカではあるが神の道具だと聞いていたはずの杖。それが元は人間だったものを強制的に形を変えていた悍ましいものだと知り、言葉が出ない。


「……なぜ……なぜこのようなことを……。なぜ、私がこんなことに選ばれて……」


 私は……私達はなぜこのような目に遭わなければならないのか。

 なぜ私達なのか。私達は普通に生きていただけのはずなのに。……いや、そもそも生きてはいなかったのか。けれど、私になる前の〝私〟はちゃんと生きていて、家族がいて、姉がいたはず。なにも悪いことはせず、ただ生きていた。それだけのはずなのに、どうしてこんなことに……


「お前達が聖女となったのは、お前達が教会の門を叩いたときから決まっていたことだ。闇祓いの才能がある双子というのはとても珍しい。いくら宝器が神器のレプリカと言っても、元が人である以上は相性というものがある。その相性次第では宝器の性能を引き出し切ることができずに終わる。しかし、兄弟や親子であればその相性も問題ない。それが双子ともなれば、まさに理想的な相性だと言えるだろう」


 そんな……それじゃあ私達は初めから間違えていたと——待って。今この人はなんと言った? 双子ならば、相性が良い?

 私はすでに〝私〟ではないとしても、生きていたいた時にはちゃんと家族がいて、姉がいたはず。そして、姉も一緒に教会にやってきたのは間違いないはず。

 そのことを私が覚えていないとしても事実は変わらない。

 なら、|その姉はどこにいったの(・・・・・・・・・・)・?


「……待って。だめ、いや、うそ……まって」


 頭に浮かんだ嫌な考えを振り払うように頭を何度も何度も横に振る。けれど、その考えはどうどうしたって消すことができず杖をじっと見続け……


「………………ふたご?」


 そう、口にしてしまった。


「気づいたか? お前が先ほど投げ捨てようとしたそれは、お前の姉だ」

「あ……あり得ない。……あり得ない! だってリコは北部の教会で聖女として活動してるんだって、手紙がっ!」


 手紙が来たのだから、その時はちゃんと生きていたはずだ。あの時、あの手紙を受け取ってから三ヶ月近く経っているけれど、私がこの神器を与えられた後にも手紙を受け取っているのだから、その時にはまだ姉は生きていたはずだ。どう考えてもおかしい。私が今持っているこの杖が姉だと……リコだと言うのなら、私が杖を与えられた後に受け取った手紙はなんだったと言うのか。

 だからきっと、今の言葉は私を惑わすための虚言に過ぎない。そうでなくてはならな——


「その手紙に、何か違和感を感じたのではなかったか?」

「……っ!」


 それは……思った。でもっ……!


「お前の姉はお前よりも精力的に活動していた。だが、その理由はお前のように〝民のために〟などというものではなく、己のためであった。また、教会の命にも背く扱いづらい存在だった。そのため、人工聖女として利用するのは早々に諦め、代わりに双子を宝器として使用した場合の実験に移ることになった。そうして、一年ほど前だったか? ついでに聖女がどこまで瘴気に耐えることができるのかの実験を受け、混獣となり今のその形となったというわけだ」


 言い含めるように丁寧に説明をされ、私は改めて手元にある杖へ恐る恐る視線を向ける。

 そうして見た先には、植物のように変異した右腕の先に、絡みつかれるように固定され、ドクドクと|心臓のように脈打つ(・・・・・・・・・)杖が存在していた。


「——う……うえええええっ」


 杖を見て、〝そう〟なのだと理解した瞬間、私は自分の体にかかることも気にせずに吐き出した。

 けれど、逃げ出してからろくに食べていなかったせいでなにも出てくることはなく、そのせいで吐き出すことができたという感覚が訪れない。

 胃の底に溜まった気持ち悪さを吐き出すために、空っぽの胃の中身をさらに空にするように呻き続ける。


「自身の姉を相手に酷いのではないか?」


 そんな私を見てどう思っているのか、狂人が笑みを浮かべながら話しかけてくる。


「お前は実に役に立ってくれた。本来ならばまだ聖女として活動してもらうつもりだったが……こちらの行動計画を無視して勝手な行動をし、瘴気が抜け切る前に祓い続けたのだからそうなるのも当然というものだ。仕方ないのだと諦めろ」


 その言葉が合図だったのか、直後、私の体に苦しみと共に凄まじい違和感が訪れた。


「うっ……あぐうううっ」

「ようやくか。逃げないようにと引き止めるために話をしたのだが、不思議に思わなかったのか? なぜ私がこんな話をしているのか、と。もっとも、こちらは楽で助かったがな」


 右腕が疼く。今にも勝手に動き出しそうな腕を、左腕で押さえつけることで強引に落ち着かせようとするが、今度はその左腕にも疼きを感じ、気がついた時にはもう遅い。

 右腕だけではなく、それを押さえていた左腕までもが植物のように変異してしまっていた。


 ああ……私はこのまま終わるしかないのか……。

 騙されたまま、笑われたまま、私は何者にもなることができず、願いを叶えることもできず、誰も救うことができずに……


「——せめて、誰かの助けに……」


 死ぬのであれば……私が私でなくなるというのであれば、せめて私が生きてきた意味を残したい。私がこれまで頑張ってきたことには意味があったのだと、誰かのためになったのだと、そう思いながら死ぬことができれば、少しは満足して死ぬことができる気がするから。


「最後まで誰かを助けたいと言うか。やはりお前は聖女となるに相応しい人材だったな。こうなったのが残念でならない。だが、喜べ。人々を助けたいというお前の願いは、叶うこととなるだろう。聖女としてではなく、宝器として姿を変えてではあるがな」


 変異が進んだのか、ぼやけて霞む視界で、私を見下ろす者たちが笑う。


 きっと私はこれから本当に道具に変えられる。そしてそれは、この人達が言ったように結果的に人を助けるために使われるのだろう。

 その行いに是非はあれど、長い目で見れば私が誰かを救うよりも、多くの者を救うことができるのかもしれない。今後数十年、数百年と誰かを助けるために力を使うことができるのなら、それはきっと良いことのはず。

 だから私は私を諦めよう。だって、誰かを助けるのは良いことのはずなのなんだから。


 ——————けど、やっぱり私は……死にたくない。

 もうすでに死んでいるはずの自分がそんなことを思うのはおかしなことかもしれないが、そう思ってしまった。


「最後まで自分じゃなくて誰かを思うだなんて、どこまでお人好しなんだよ」


 そんな私の願いを叶えるかのように、突如洞窟の入り口がある方向からどこか安心感を感じる声が聞こえてきた。


「何者だ!」

「指名手配犯の極悪人だよ、クソッタレども」


 マルコ司教の護衛達から放たれた怒りに満ちた問いかけに、乱暴な言葉が返される。

 だがそれと同時に、赤い液体と人の頭が飛んだ。


「——よお、クソッタレな聖女様。また会ったな」

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