第6話リンドの剣

 

『お? なんだ、解放するのではなかったのか? くくっ。そなたの本性が出てきたか?』

「黙ってろ」


 ニヤニヤとイラつく笑みを浮かべながら漂っているクロッサンドラを黙らせ、ボロい鞘に納めてあった剣を抜く。

 鞘から解放された剣は、ボロい鞘に収まっていたとは思えないほど立派な拵えをしており、まるでどこぞの国の国宝だと言っても通用するほどの輝きを放っている。見る者を魅了する魔性の剣だと言われても納得できるほどの美しさだ。

 先ほど切った賊の血払いなどもしていないはずなのに、それでも汚れひとつ見当たらない。


 はっきり言って、異常である。こんな異常さは、特殊すぎる加工が施されているか呪われているかのどちらかだが、どちらにしても厄介ごとの種でしかない。こんなものを他人が手にしたのであれば、即座に売り払って手放すことを勧めるだろう。

 だが、俺はそうしていない。そうできない。何せ、この剣に取り憑かれているから。


 手放すことができず、見ただけで厄介ごとを招く輝きを放ち、ついでにおかしな悪霊も憑いてくる厄介な剣。


 だが、役に立つときは役にたつ。たとえば、今のように。


「——『剥ぎ取れ』」


 そう口にしながら、意識を取り戻し、いつでも逃げられるように待機していた賊を、薄皮一枚分だけ斬る。


「ひっ……!」


 今度こそ殺されると思ったのか、意識を取り戻していた賊の一人が情けない声を上げたが、それだけだ。賊達は死ぬことなくただ一つ小さな傷が増えただけだった。

 そんな俺の行動を脅しだと思ったのだろう。賊は怯えながらもこちらを批難するように睨んできている。


 この状況でそんな度胸があることに驚きだが、こうして聖女から情けをかけてもらいながらもまだこっちを睨んでくるなんて……やっぱりこいつらに救いなんて必要ないな。

 そう思うが、一度助けると決めたのだからこのまま続けよう。


 少し切っただけで他は何もすることなく賊達のことを見ている姿はきっと、はたから見たら何をしているんだと思うことだろうな。何せ、この光景は俺しか見ることができないのだから。


 俺の目には、たった今つけたばかりの傷から、血が流れ出すように光の粉が滲み出しているように見える。その光の粉はキラキラと光を撒き散らしながら、徐々に出てくる量を増やし、傷をつけた俺の剣へと吸い込まれていっている。


 その光の粉が全て出切ったと判断したところで、未だ寝ている賊を蹴り起こし、声をかける。


「お優しい聖女様のおかげで、お前達は殺されることも突き出されることもなく解放されることとなった。これ以上悪事を犯さねえと誓ってから、この場を去れ」

「へ、あ……い……」


 もしかして逃げたところで背中から、とでも思っているのか? そんなことはしないと教えるように、剣を鞘へとしまってから再びここから立ち去るように告げる。


「どうした。さっさと行け」

「い、あ、あの、武器がないと、この森から出るのに危険が……」


 なるほど。確かにこの辺りはまだコールデルの街からさほど離れていないとはいえ、街の外——魔物の領域であることには違いない。武器も道具も置いて行けとなったら、臆すのも無理ないだろう。

 だが……あまり調子に乗るな。


「生かしてもらっただけでも行幸だろう? これ以上贅沢を抜かすようなら、斬るぞ」

「ひぎっ! す……すんませんしたあっ!」


 鞘に収めた剣に再び手をかけて見せれば、賊達はビクリと体を跳ねさせた。

 そして、今度は先ほどのように睨まれることなく、本気で怖がっている様子で走って逃げていった。


「武器を渡しても良かったのではありませんか?」


 逃げていった賊たちの姿が見えなくなったところで、問題の聖女様が不満げに問いかけて……いや、これはただ純粋に疑問に思っているだけか?

 まあどちらでもいいか。どうせ今更何を言ったところで結果なんて変わらないんだから。


「武器ってのは、わかりやすい攻撃の手段だ。普段は気の弱いやつでも、手元に剣があれば他人を傷つけることができる。今は俺が恐ろしくて逃げたあいつらも、手元に剣が残っていれば不平不満を剣に乗せ、悪意を形とするだろう。だが剣がなければ、しばらくは大人しくしているしかない。そのおとなしくしている間に何を考え、どう行動するかは、奴ら次第だがな」


 そう説明しながら、賊達から回収した装備類をまとめ、その内容を確認し、持っていくものとそうでないものを選別していく。流石に、奴らの装備全てを持って旅をする、なんてのは無理だからな。売れば金になるが、二束三文にしかならないもののために無駄に疲れるのはお断りだ。仕方ないが、持って行けないものは捨てるしかない。


「そうですか」

「……今度は随分と物分かりがいいんだな」


 またぞろ何某かの文句でも言ってくるのかと思ったのだが、どうやら今度は素直に納得したようだ。


「助けていただいたにも関わらずこれ以上我を通すのは、正しい行いではありません。何かを願うのであれば、その代わりとなる対価を差し出すのが正しい人間関係という者です。ですが、あいにくと今の私に差し出すことができるものはありませんので。彼らを解放するという願いを聞いていただいただけで満足し、感謝すべきなのです」

「正しい行い、ね……」

「改めまして、ありがとうございました」

「ああ。気にすんなとは言わないぞ。あいつらを逃した分の金をよこせ」


 その金をもらったらもうさっさと離れよう。こいつと一緒にいたところでいいことなんてないし、何よりも教会との繋がりができることになる。それは嫌だ。

 そう思っていたのだが……


「はい。ですが、現在は持ち合わせがありません。ですので、助けていただいた報酬ついででなのですが、私を次の街まで護衛していただけないでしょうか? 街に着いたらまとめてお支払いいたしますので」

「は? ……騙したってのか? 天下の聖女様が?」

「騙したわけではありません。ただ、支払いの時期を少し遅らせるだけです。実際、街まで辿り着けばきちんとお支払いいたします」


 ……この女、図ったな。確かに、いつ支払えとは言っていなかったさ。だが、わかるだろ。普通ならここで支払うもんだろうが。

 世間知らずで、聖女らしい聖女だと思っていたが、どうやらそれだけの人物ではなかったようだ。教会にいるお綺麗なだけの奴らと違って、なんとも強かで人間み、俗っぽさのあるやつだ。


 ……なんでこいつはこんななんだ? 俺の知っている聖女っていうのは、もっと違う、人形臭いやつだっただろ。


『……くくっ。何度も強かな聖女だな。ただの甘ちゃんではないようだぞ』

「なら、今持ってる有金全部寄越せ。それで手を打ってやる」

『おーおー、まるでそなたの方が賊のような言動だな』


 クロッサンドラが器用に横に倒れて笑いながら空中を漂っているが、虫を払うように軽くてではたき落として黙らせる。


『ぷぎゅっ——何をする! 無礼者め!』


 はたき落とされたクロッサンドラは笑うのをやめて怒りをむけて叫んできたが、無視だ。


「どうしてもなりませんか? 私の護衛は、今いなくなってしまいましたから、守っていただけるとありがたいのですが……」


 だが、巡礼聖女は名前の通り街の外に出て巡礼をするため、魔物に遭遇する危険がある。そのため、ある程度の戦闘能力は持っているのだ。この程度の場所であれば、一人で街に戻る程度余裕でこなせるはずだ。


「聖女ならこの辺の魔物は余裕だろ」

「倒すだけならば問題ありませんが、旅の間ずっと警戒し続けると言うのは流石に厳しいものがあります。ですので、交代で休むことができる方がいてくださると安心できるのですが……」

「騙されて売られかけたのに、出会ったばかりの他人を信じて安心だと? どんだけお人好しなんだよ」


 騙されたと知ったはずなのに、その直後に出会ったばかりの他人に護衛を頼むって、どうかしてんだろ。それは他人を信じるというよりも、他人を疑うことをしていないと言っていいだろう。その二つは、似ているようで決定的に違う。


 というか、旅の間、なんて言ってるってことは、こいつは街に戻らないでこのまま進んでいくつもりかよ。素直に戻って聖騎士団を連れてこいよ。


「人を疑って悩むよりも、笑いながら信じていた方が楽しいですよ」

「その結果騙されたとしてもか」

「その時はその時です」

「呆れたもんだ」


 そう言ってから、俺は実際に呆れを含んだため息を吐き出した。

 この聖女がそう言っていられるのは、絶望を感じるほど追い込まれたことがないからこそだ。本当に人に騙され、嘆いたことがあれば、そんなことは言っていられない。

 つまり、結局こいつは世間知らずのお嬢ちゃんってわけで、こいつの考えが俺と交わることはないということだ。


「それで、護衛していただけませんか?」


 まだ言うのか。もう断っただろうに。お前だって、俺と自分の間にある溝ってやつを理解してるだろ?


「……」

「……」


 だがそれでも俺から目を逸らさずにまっすぐ見つめてくる聖女の視線に根負けし、俺は今日一番大きなため息を吐き出した。

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